マリアベルのおとんとおかん
屋敷に戻るとリリコは必要最低限の荷物を荷馬車に積み込み終えた所であった。
「1人で任せてしまってすまなかったな。」
「大丈夫です。こちらは一通り終わりましたので何かお手伝いしましょうか。」
「大丈夫や。おばちゃんの荷物なんて大した量じゃあらへんからすぐ終わる。」
絹枝は積荷を一通り確認すると自分の部屋から今まで貯めた金と売れそうな宝飾品をバッグに詰め込むと実家から持ってきた封筒に入った書類を手に取った。
「何があった時のお守りやからな。」
絹枝は少々後ろ髪を引かれる思いでバッグに仕舞うと1年間住み慣れたテールズ家別邸の外に出た。
「随分と騒がしいな。婚約破棄されて夜逃げでもするのか?」
屋敷を出た絹枝を待っていたのは絹枝もといマリアベルの両親だった。
「あらあなた。夜逃げは夜するものよ。こんな真っ昼間からするものじゃありませんわよ。」
2人とも絹枝を馬鹿にしたように笑う。
「あれま、おとんにおかんやないの。どないしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない。お前がエルメデス王子に婚約破棄されたと聞いてな、様子を見に来たのだ。」
「そうでしたか。まぁ、ご覧の通りですわ。」
「相変わらずに家族と思えない品のなさね。全く、あなたの母親を見てみたいものだわ。」
マリアベルの母親が死んだ直後に後妻に入った女は関西弁の抜けない絹枝を見下したように言った。
「言っておくが、婚約破棄されたからと言ってうちに入れると思うな。そんな荷物をまとめてもお前の居場所はうちにはない。だからと言ってこの家に居続けられても困る。ここはアリアが住むのだからな。」
「えろう勘違いされとるようですが、別におとんとおかんのとこに戻ろうなんて微塵も思っておりませんわ。そもそも、あんたらとはもう縁が切れたもんだ思っていたんで何でいるのかおばちゃん不思議で仕方ないわ。」
「ふざけるな。首都に近い別邸に住まわせてやっている恩を忘れたのか。」
「これはおばちゃんのもんや。ここに住む時に権利ごとをおとんから買ったやないですか。それを忘れたんでっか。」
絹枝は権利書の入った封筒を父親であるテールズ侯爵に見せる。
「ここに住んでいた1年間、あんたらから一銭もお金はもろうてへんで。全部自分がやりくりして稼いだ金や。使用人の給料も全ておばちゃんのポケットマネーや。それを住まわせているなんて言われる筋合いあらへん。」
「お前の噂は国中に広がってるんだぞ。そのおかげで私達は金にがめついと社交界で笑いものだ。おまけに王子からの婚約指輪を売ってくれたおかげで私達がどんなに恥ずかしい思いをしているか分かってるのか。」
「あほらしいな。そんなの気にせんでええやないですか。」
「私達はあなたのような恥知らずとは違うのよ。アリアだっで王子との婚約が決まったといってもこんな意地汚い女がテールズの家の人間だと言うだけで、後ろ指を指されてるのよ。」
公爵夫人はヘラヘラと自分達の思う通りにいかない絹枝に叫んだ。
「それなら都合がええですわ。おばちゃん達はこの国出るさかい。もうこの国に戻って来ん予定や。おばちゃんの事は婚約破棄されたショックでどっか行ってしもうたと言って死んだ事にしてもええ。そうすれば、これ以上家名に傷が付くような事があらへんやろ。」
「国を出てどうするつもりだ。私達はお前の為に金なんて払わないぞ。」
「払ってもらうつもりなんてあらへん。おばちゃんだってあんたらとさっさと縁切りたいんや。」
「あなた、そこまで言うならこの国を出て行ってもらいましょう。死んだ事にすればいいじゃない。」
「おかん、たまにはええ事言うやん。」
「それなら、この別邸の権利書を置いてどこへなりとも行くがいい。」
公爵は絹枝の持つ権利書を取ろうと手を伸ばすが、突然現れた白い手に妨害される。
「それは困ります。テールズ公爵。」
「社長、遅いで。」
「申し訳ありません。商談が長引いてしまったもので。」
ナストは絹枝に笑って言った。
「何だね、君は。」
公爵はナストの手を振り払うとナストを睨み付けた。
「この屋敷はマリアベル様から先日、買い取らせていただいたものになります。テールズ公爵、お引き取り下さい。」
「ふざけるな。この屋敷はな、テールズ家の由緒ある別邸だ。それをこんな恩知らずとお前みたいな胡散臭い輩に渡せるか。」
「ですが。この屋敷は私の手元に渡る前は間違いなくマリアベル様のものでした。権利書は間違いなく本物でしたし、公爵の筆跡もありました。そして、今はマリアベル様から私が正規の手続きを踏んで譲り受けたものです。お疑いなら契約書と権利書をご覧になりますか。マリアベル様の持っているものはその控えになりますので、公的な効力はありませんので。」
ナストは雄弁に公爵に反論する。
「どうされますか?」
ナストは追い打ちをかけるようにテールズ公爵に畳み掛けると公爵は舌打ちを打ち絹枝とナストを睨みつけた。
「勝手にしろ。こんな屋敷くれてやる。」
「あなた、それではアリアの屋敷はどうされるのですか。あの娘だけ屋敷を持って不公平じゃないですか。」
「うちがあるだろう。新しく屋敷を建てなくても嫁ぐのだから必要ない。」
テールズ公爵夫婦はそう言うと家の柱に蹴りを入れて馬車に乗って行った。