王子のおかん
絹枝は重々しい空気に臆する事なく中に入るとこの国の女王アデルが絹枝を険しい表情で待っていた。
「お世話になっとおります。」
「マリアベル、よく何にもないかのように私の前に現れましたね。」
アデルは何もないかのように飄々としている絹枝に苛立ちながら言った。
「仕方ないでっしゃろ。若いっちゅうのはそういうものや。ほら、あのおたくのチャーミング。」
「エルメデスです。あなた、この国の皇太子であり婚約者の名前もまともに覚えてないのですか。」
「仕方あらへんやろ。そんなややこしい横文字の名前なんておばちゃん覚えられへんて。」
「呆れた事、そんな事だからエルメデスが妹の元に行くのよ。」
アデルは笑いながらやり過ごしている絹枝を睨みつける。
「そんで、ご用件はなんですか。婚約指輪を返せと言わんで下さいね。昨日売ってしもうてあらへんので。」
「あの指輪を売ったですって!」
「ええ、かなりええ値で売れましたで。流石に将来の王様のくれるものは訳が違いますわ。」
「あなたにはプライドというものがないのですか。長年連れ去った婚約者を奪われて悔しくないのですか。」
「そんな馬鹿らしい考えないですわ。おばちゃんそこまで若こうないし、そんなくだらない事で時間を費やすのは無駄でっしゃろ。」
絹枝は面倒くさいと言わんばかりにアデルに返す。
「時間の無駄とは何ですか。王族からの贈り物を売っただけでなく、王家を侮辱するのですか。」
「それを言うならおたくのチャーミングやろ。おたくの馬鹿息子が婚約破棄なんて言わなければおばちゃんだって指輪を売りませんよ。」
絹枝は大きく口を開けてガハハと笑い出す。
「本当に品がない事。これが公爵家の令嬢だなんて信じられない。あなた、猿か何かなんじゃない?」
「女王さんもええとこにめがいくな。おばちゃんもそう思ってるんや。けど、猿は言い過ぎやで。おばちゃんはおばちゃんなんやで。」
絹枝は我慢できなくなり部屋中に聞こえるくらい大きな屁をこいて大笑いする。
「すまへん。ここ来る前に芋食うたから我慢できんかった。許してな。」
絹枝は周囲の雰囲気をお構いなしに言った。アデルは顔を真っ赤にして絹枝を睨みつけると扇子を強くテーブルに叩きつけた。
「出て行きなさい。もうあなたの顔なんて見たくありません。」
「心配せんでも、おばちゃんはこの国から出て行きますんで。」
「この国を出て行くですって。」
アデルは流石に予想外の返答に鸚鵡返しに言った。
「せや、ずっとやってみたかった事がおばちゃんあってな。婚約破棄はほんまありがたかったんや。どうもお世話になりました。」
「あなたにとって、王家との婚姻は望まぬものだったと言う事ですか。」
「そうでっしゃろ。あんな色仕掛けに弱い王子さんなんていりませんわ。おばちゃんにはずっと心に決めた人がおるんや。その人以外嫌やもん。」
絹枝は怒りで震えるアデルに言う本音をぶちまける。その様子は周りの家臣を凍り付かせるのに十分で絹枝にこれ以上アデルを刺激するなと視線を送るものもいた。
「もうええですか。引っ越しの準備があるもんで。」
「勝手になさい。」
怒りで我を忘れそうなアデルは絹枝に言い放つと絹枝は軽い足取りで城を出て行った。
王宮を出てやるべき事やった絹枝が馬車で屋敷に戻ろうとすると王子と同じ茶髪の優男が絹枝の方へ走ってきた。
「マリアベル様。」
「おう、きよしちゃんどうしたの?」
「僕の名前はエルドラです。マリアベル様、今回の事本当に申し訳ありません。」
「かまへんかまへん。あのチャーミングともおかんとも縁が切れてスッキリしたわ。」
絹枝は持ち前の明るさで深々と頭を下げるエルドラに言った。
「兄上はこんな聡明な人を手放すなんて信じられない。あの、カール商会で話を聞いたのですが、この国を出るって本当ですか?」
「そうやで。いつまでもここいてもしゃあないし、やりたい事あるんや。」
「考え直してもらえないですか。」
エルドラはダメ元であったが、絹枝に懇願する。
「もう決めた事や引っ越しの準備も済んでるさかい。」
「そうですか。」
「そんな気を落とさんでな。可愛い顔が台無しや。」
絹枝はわしゃわしゃと頭を撫でてエルドラに言った。
「おばちゃんいなくなっても元気にやるんやで。それと、これは独り言なんやけどな、チャーミングと妹の婚約発表の時聖水を用意しておいた方がええで。」
「聖水ですか。」
「そうや。ほなおおきに。」
絹枝は首を傾げるエルドラの肩を叩くと馬車に乗り込んで颯爽と去って行った。