第2話 朝食は心理戦
私は日課を終えると、この大通り沿いにずらりと並ぶ屋台で朝食を取ることを、一番の楽しみにしている。
さて、今日は何を食べようか〜
歩きながら、色とりどりの屋台を見渡す。
クラーケンの丸焼きか。う〜ん、今日はその気分じゃない。
サラマンダーのテールスープは……ありだな。あれ、美味しいんだよな〜
そして、ミノタウロスの搾りたてミルク。これは安いけど量が少ない…初心者がハマりやすいワナだ。玄人の私は簡単には手を出さない!
………でも、たまに飲みたくなって飲んでしまう。そして必ず後悔する…
いかんいかん、せっかくの朝食だ。気を取り直して次に行こう!
お、マンドラゴラと歩きキノコのオリーブ炒め。さっぱり系か…悪くないけど、今はがっつりいきたい気分なんだよな〜
次!
魔狼の睾丸焼き……来たな、珍味枠!
挑戦してみたい気持ちはある。でも、その一歩を踏み出す勇気が出ない。失敗したらせっかくの朝食を無駄にしてしまう。私はそれが怖い。
もし不味かったら?――絶対こう思うに違いない。「あ〜サラマンダーのテールスープにしておけばよかった」って。頭の中でテールスープの美味さを妄想しながらまずい睾丸焼きを食べる。そんなの耐えられない。
しかし、もし美味しかったら?――今後の選択肢が増える。選択肢が多いのは良いことだ。考える楽しさが広がるからだ。
……どうする?本当にいくのか?…
隣のウィローラが私を覗き込んでくる。
「目がマジすぎて怖いよ…私はいつものところ行ってくるから、ギルド前で待ち合わせね!」
そう告げて、彼女は足早に去っていった。
ああ…またあのパンケーキか。
あれは確かに美味しい。たっぷりのベリーと甘いナッツ、その上からこれでもかと木の蜜をかけた一品だ。
ただ、甘すぎる。一緒に出てくるハーブティーで口直しはできるが、またすぐに蜜の甘さが襲ってくる。
よくもまあ、あれを毎日食べれるもんだ。私は一日が限界。翌日は違うものが食べたくなる。
……いや、そんなことを考えてる場合じゃない!今は屋台の選択にすべての集中力を注ぐ時だ!
さあ見ろ!考えろ!私!最高の朝を迎えるために――選ぶのだ!
肉キノコの串焼き。ああ、ここ屋台のやつは特別美味しいんだよな〜でも昨日も食べたし……どうしようか、
迷いながら歩いていると、気づけばその屋台の目の前に立っていた。
はっ!?な、なんだ!?確かに大通りを歩いていたはずなのに…どうして昨日の朝見た、屋台の親父が目の前に!?
あ、慌てるな…まだ間に合う。そっと何事もなかったように立ち去るんだ。
「一本ください。」
はぁ!?何を言っているんだ私!まだ他の候補を考えていた途中じゃないか!
で、でもまあ、注文した以上引き下がるわけにもいかないし……もういい、今日も肉キノコにするか…
心の中で「内心嬉しいくせに」と冷やかすもう一人の自分を感じつつも、もうそんなことはどうでもいい。頭の中は肉キノコの妄想でいっぱいだ。
肉キノコの串焼きは、キノコ二つと味変用の花二つで一セットだ。
キノコは二層構造になっており、内側が筋肉で外側がキノコだ。歩きキノコと似た構造のため、共通の祖先を持つとも言われているが、真偽は不明だ。
味変用の花は辛味、酸味、甘味、塩味など、豊富な種類があり、自由に組み合わせを選べる。
この選択の自由さがたまらない。
冷静に考えれば組み合わせは30通りにも満たないだろうが、この選択の瞬間だけは無限のバリエーションがあるように感じる。
今日はどんな味にしようか!まずは…気分的に辛味は欲しいな、後は…よし!シンプルに塩でいこう!
親父にリクエストを伝え、金を渡す。
彼は手際よくキノコを半分に切り、花と交互に串に刺していく。そして、キノコの断面を下にして網に乗せる。すると、花がじわじわと開花を始める。私の妄想も少しずつ絶頂に達する。
串焼きが焼き上がり、それを手にギルドへの道を再び歩き出す。
まずは肉キノコだけを一口。根元にかぶりつくと、さっぱりとした肉汁が口いっぱいに広がる。
あ〜染み渡る〜このさっぱりとした肉汁!獣肉と違い脂の重さを感じさせない味わいと、それを余すことなく吸い込んだキノコ生地。
まさに朝食にぴったりの一品だ。
素材の味を堪能したところで、楽しみにしていた味変へ。
花は多肉植物のため、花弁は肉厚だ。それを一片もぎ取り、キノコ部分に刺し、かぶりつく。
う〜ん、溢れ出す肉汁から顔を出すこの辛さ!スパイシーというよりまろやかな辛味だ。口に入れた瞬間はコクのある辛味を感じさせ、その後はだんだんと旨みへ変化していく。
この絶妙な味のシンフォニー!
私には見える。深い森の中に突然姿を現す小さな泉。月明かりを反射させ、辺りをほんのりと照らす。そこに次々と集まり出す妖精や動物たち。虫の羽音や鳥がクチバシで木を叩く音が前奏となり、だんだんと増えていく楽器たち。鳴り響く、鳥やカエルたちの鳴き声。木々が軋む音。それに合わせて、神秘的な輝きを放つ妖精達が踊り出す。森の音楽隊。
まさに…調和そのものだ…
次は塩味の花弁と共に口へと運ぶ。
見えた!今度は山間を流れる清流だ!
積み上がる岩石の落差から流れ降りた激流は、だんだんと流れを穏やかなものにしていく。そのコントラスト…動と静の矛盾しない一体感。それが摂理であるかのような、普段気にも留めない自然…
その流れに逆行するかのように、飛び跳ねる一匹の魚。それが肉キノコだ。いかようにして味を変化させるのはなにも花だけではない。肉キノコもまた同様。変化する味が生み出す景色の中で、その存在を自在に変化させるのだ。
夢中になって食べ進めていると、いつの間にかギルドの前に着いていた。
残り少ない肉キノコを一気に口へ放り込み、串は近くの食虫植物の中へ放り込む。
今日も最高の朝食だった…
ギルドの壁にもたれかかり、ウィローラを待つ。
しばらくすると彼女が駆け寄ってきたので、合流してギルドの中へと入った。