第27話 魔法を「使う」ということ
羊毛で作った壁が目に入る。目印だ。
私はケレアニールと共に壁の後ろに身を隠し、ウィローラはその前に立つ。
まずは目くらましの発光。
壁の羊毛には、光を遮るために土や樹の皮、ゴブリンの死体、キノコなどが詰め込まれている。
さらに、私の毛でケレアニールと私自身の目を覆い、腕でも視界をガードする。
手を叩く音が聞こえる。
予定地点に敵が到達し、ウィローラが発光したのだろう。
「メーケやっちゃって!」
彼女の声に応え、私は壁から駆け出し、設置していた羊毛を一気に膨張させる。
最大密度で圧縮させた羊毛は、敵の四方を囲むように足元、腰、肩の高さにそれぞれ配置してある。
それらが瞬時に膨らみ、雪崩のように敵の全身を包み込む。
膨張した毛はよく絡みつくため、抜け出すのは容易ではない。
すかさずウィローラが動く。
ウンディーネのヒレの髪留めを手に持ち、雨の魔法の詠唱を始める。
「恵のしずくよ。冷たく静寂の幕を張り巡らし、万物に清らかな息吹をもたらせ。さすれば大地は再び緑の衣を纏わん。我が祈りと共に天より降り注げ!天上の慈雨」
羊毛の上に黒雲がたち込み、雨粒を落とし始める。
「メーケ!しっかり当ててよ!」
「こんな大きな的外すわけない!」
私は角に溜めていた雷を前方に解放する。
目の前には自分の身の丈ほどもある大きな的。適当に撃っても当たる。
そして、羊毛は今十分な水分を含んでおり、電気をよく通す。もちろん、濡れた体も例外ではない。
高圧の電流は全身の皮膚を焼き、筋肉を痙攣させ硬直状態にする。臓器も無事ではすまないだろう。再生器官の破壊もしくは再生能力の許容量を超えれば倒せる。
放たれた雷は膨張した羊毛に次々と吸い込まれていく。
雨雲に当たると、そこからも雷が落ちる。
焦げた肉の匂いが辺り一帯に漂い始める。
雷を撃ち尽くしたら、素早く羊毛を増やして三人を包み込む。
ダメ押しの一発だ!
私はサラマンダーの魔具を手に詠唱を開始する。サラマンダーの体表から放たれる熱波のイメージをより強固なものとして、自己世界へと浸透させるための呪文。
「真紅の鱗に宿りし炎竜の護り手よ。その身を覆う鎧は、冷たき風を退け、穏やかなひとときを紡ぐ慈愛。柔らかな熱となりて周囲を癒すその祝福は、寒夜を照らし、冷えた大地に再び生命の灯火を灯す!抱擁する暖炎」
ゆっくりと鱗に魔力を流し込む。
すると、応えるように熱が返ってきた。それを感じながら、私たちを包む羊毛へ熱を広げる。
「いいよ!ケレアニール!」
準備が整った私は合図を送る。
「最大出力でいく!」
彼女の声が力強く響く。
パキッパキッと音を立てながら、霜が地面を、木々を、葉を、急速に覆い尽くしていく。
あっという間に目の前の景色が真っ白になる。
だんだんと姿を現してくる白い冷気の渦が勢いを増してく。それはワナの羊毛を巻き込みながら、風の牢獄を作り出していく。
私も負けじと熱をさらに高める。
低く唸るような風切り音が次第に大きくなる。凍りついた葉が次々と落ち、ガラスが割れるような鋭い音を響かせながら砕け散る。周囲の木々は軋む音を響かせながら、内側から裂けて深く大きな亀裂を生み出し続ける。
天まで届くほど高く渦巻く冷気の渦がしばらく続く。
圧倒的な力の奔流。
その脅威的な暴力の嵐から目が離せなくなる。
やがて、渦はゆっくりと勢いを失い、静寂が訪れる。
残ったのは、葉一枚の緑すら存在を許さぬ渇き。
木々は亡者の腕のように白みがかった灰色に変わり、細ぼそと飢えていた。
まさに死の間。地獄の森。
中央には氷の塊。それは螺旋状に天へと細く長く伸びていた。木の年輪のような規則正しさ。水流が渦巻き深海へと誘うように、地上の魂を天へと吸い上げているかのようだ。
最初に口を開いたのはケレアニールだった。
「えええぇぇぇ、ここまでするつもりはなかったんだけど……」
この光景を作り上げた張本人が、一番驚いている様子だ。
「木も死んでるね」
ウィローラが冗談まじりに言う。
「羊毛が暖かすぎて、いつもより奮発しすぎちゃった」
ケレアニールが申し訳なさそうに笑う。
「奮発しすぎね」
ウィローラが肩をすくめながら返した。
一応生死を確認することになり、包んでいた羊毛を解き、熱魔法もやめる。
瞬間、信じられないほどの冷気が全身を襲う。
まるで真冬の朝に布団を剥がされ、頭から氷水を浴びせられたような感覚。
冷気の中心から少し離れた場所にいるにもかかわらずこの寒さ。
きっとあの空間内で生命が生存できる温度を保つことは不可能だろう。
「寒いぃぃぃぃ寒い!寒い!寒い!」
三人共叫びながら、再び羊毛の中へもぐり込む。
生死の確認は救援が到着してから行うことにする。
暖かな羊毛に包まれ、ぬくもりがじんわりと体に戻ると、ほっと一息をついてしまう。
その心地よさに浸っていた時、ケレアニールが唐突に口を開く。
「思いついた!」
途端、何かが私の頭をよぎる。
ん…!?なんだこれは……既視感…デジャブ…フラッシュバック…
とんでもなく嫌な予感がする…思いつくこと…?……あ!パーティー名!
ままままま、まずい。まずいぞっ!どうすれば!どうやって黙らせればいい!ああ、もう!わからない!せっかく気持ちよかったところなのにっ!
「技名はモコモコバリバリブリザードでどう?」
「やはりダサい!」
思わず本音が口を突いて出た。
「そんなはっきり言うことないじゃない!ウィローラちゃんはどう思う?」
むくれっ面のケレアニールに振られたウィローラはいたずらっ子のように笑いながら答える。
「あり得ないくらいダサいけど、そのセンス、私は好き」
「う〜ん、褒められているの?けなされているの?」
首を傾げているケレアニールは置いておいて、私はまたぬくもりに浸る。
その後、救援らしき人が森から現れ、氷の彫刻と白く枯れた木々に驚いていた。
事情を伝え、ウィローラのハンマーで氷を粉々に砕いてもらう。
しばらく観察していたが、ゴブリンが再生する様子はなかった。
ついでにヴィロミアさんのことも聞いたら、既に森の外にいるとのことだったので、私たちも森の外へ向う。
森を抜けると、丸太のバリケードが随分と森側へ寄っていることに気がついた。さらに、地面には引きずったような跡がくっきりと残っている。
もしかして魔術師のゴブリンが二回目に引っ張っていたのはこれか?
確かに、あの時随分と手こずっていた理由がわかる。これは相当に重い。
城壁付近まで歩いた時、限界を迎え三人とも大の字になって寝転ぶ。
ようやく落ち着けると思った瞬間、体がずっしりと重くなる。




