第24話 たった一つの思いのために
「メーーーケーーーー!」
聞き馴染みのある声が響く。
自然と顔を上げてしまう。
ウィロ……?
ぼんやりした意識の中、上半身を起こす。
声のした方を見る。
全力でこちらに走ってくるウィローラ。
彼女は息を切らしながら叫ぶ。
「弓どこっ!?見てっ!」
ゆみ…弓……? なんだ……何を言っている……戦うつもりか?…無理だ…この数のゴブリン…私とウィロだけではどうにもできない…抗うだけ、無駄だ……
彼女の声が再び届く。必死で、切実で、何かを訴えている。
だけど、もう聞きたくない。
静かにしてくれ…頼む……もう放っておいてくれ……
力が抜ける。
視線を落とし、そのまま地面に横たわる。
目を閉じる。
もういい…何もしたくない。何も考えたくない。
ただ終わりを待つだけでいい。
全てを諦めた私に、もう彼女の声は届かなかった。
………
ゴォォォォーーーーン!
耳をつんざくような強烈な轟音。
咄嗟に顔を上げる。
視界に飛び込む。
ハンマーを振り下ろしたウィローラの姿。
「立てっ!!」
怒鳴り声。声が枯れ切るほどの大声。
「ここで死ぬのか!!何のために生きてきた!私何も知らない!!メーケの使命も!やりたいことも!夢も!!!」
言葉が、押し寄せる波のように流れ込む。
ウィローラは叫び続ける。
「このままいなくなるなんていや!絶対にいや!そんなの耐えられない!自分が許せない!前を向け!立ち上がれ!使命は何なんだ!!言え!!!」
力強い声。だが、今にも泣き出しそうな震えた声。
反響する鐘の音さえかき消されるほど、胸に直接響く。
彼女のハンマーが再び振り上げられる。
だが、今度はゆっくりと、力無く振り下ろされた。
コン、と小さな音。
彼女は下を向き、拳を握りしめたまま声を絞り出す。
「私は……メーケが好き…大好き…大切……だから…失いたくない……これまでさんざん失ってきた……もう…もう、あんな思いはしたくないよ……」
涙をこらえるような、押し殺す声が響く。
「…だからお願い…いなくならないで……」
ウィローラの訴えるその姿が、深く胸に刺さる。
私は俯き、小さく声を絞り出す。
「私は…使命なんてわからないし…やりたいことなんてもっとわからない……」
けど…けど…それでも……
声が震える。
胸の奥が締め付けられるように痛い。
それでも、言わずにはいられない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
この思いだけは、どうしても押し殺せない。
頭の中でぐるぐると言葉が交錯する中、ひとつの感情だけが浮かび上がってくる。
ウィローラ。
彼女の顔を思い浮かべるだけで、胸がじんわり熱くなる。
役に立たない浄化魔法を自慢げに披露するお調子者のウィロ。
「かっこいいから」で武器選んじゃう単純なウィロ。
人見知りな私のためにいつも最初に自己紹介を買って出てくれる優しいウィロ。
コーヒーが飲めなくてハーブティーばっかり選ぶ子供舌なウィロ。
「ダサっ!」って思ったことをすぐ口に出しちゃう素直なウィロ。
面白いと思ったら、すぐにいたずらっ子のような笑みを浮かべて悪ノリし出すウィロ。
森では仲間のことを気遣い声をかける、思いやりのあるウィロ。
「祭りだから」って理由を付けて、派手な服を着させようとしてくる楽しげなウィロ。
「メーケ!メーケ!」って嬉しそうに私の名前を笑顔で呼ぶウィロ。
いつも元気いっぱいで、その笑顔は私の心を温かく満たしてくれる。
ああ……ウィロ……
いつの間にか私の中でこんなにもかけがえのない存在になっていたなんて……
隣にいるのが当たり前すぎて、その重みをちゃんと感じ取れていなかった…
彼女のいない人生なんて、想像するだけで胸が締め付けられる。
考えたくない。そんな未来なんかいらない。
彼女を守れるのか?
正直、自信なんてない。
すぐに死ぬかもしれない。
何もできずに終わるかもしれない。
それでも、やる。
やりたいんだ。
この思いだけは譲れない。
私はウィロを失いたくない!
湧き上がる熱。決意。
「けど……けど!けどっ!!!」
立ち上がる脚が震えているのも気にしない。
「私も好き!!ウィロが好き!大好き!!失いたくない!絶対!!今はそれが!私の全てっ!!!」
拳を固く握りしめ、心の底から叫んだ。
涙でぐしゃぐしゃになったウィローラの顔が、少しずつ笑顔に変わる。
「絶対生きて帰ろう!」
「うん!絶対!」
もう余計なことは考えない。
使命なんかいらない。
ただ、彼女と共に生きて帰る――それだけでいい。




