第19話 パーティー戦
早朝、拠点を出る頃には雨は上がっていたが、地面はぬかるみ滑りやすくなっていた。
私たちは足元に気をつけながら、最初の目的地であるキノコの群生地へと向かう。
採取を順調に終え、次の果実の群生地へ向かう。
そこはゴブリンの住処に近い。
遭遇率が高いため、私たちは慎重に進み、その群生地手前の茂みの中で止まる。
まずは索敵だ。
事前の打ち合わせ通り、皆が動き出す。
ヴィロミアがひび割れた岩の塊と木彫りの蛇を手のひらに乗せ、詠唱を始める。
「大地の底に潜む不滅の業火よ。深淵よりその無限の力を呼び起こし、無慈悲なる圧倒で、万象を抱く広大さを示せ!
…魅せられし者。その抱擁は甘美なる終焉。芽吹く大地を這い、飢えた顎で、命の鼓動を捕らえ、逃れられぬ蛇環の理へと繋ぎ止めよ!」
とても丁寧な詠唱だ。魔術師の多くは詠唱に意味を持たせる者が多いと聞くが、彼女もその類の人だろうか。
その詠唱に呼応するように、岩は脈打ち、大きさを増していく。ひびは亀裂となり、内在する熱――マグマのような赤黒さを露呈させる。
蛇の木彫りも生命を得たようにうねりだし、岩に牙を食い込ませる。そして、螺旋を描きながら伸び、片手サイズの杖の形を取った。
ヴィロミアが静かに呪文を紡ぐ。
「土魔法・探知の蛇」
地面から四匹の土でできた蛇が這い出し、地を滑るように果実の群生地の方へと進んでいく。彼女は目を閉じ、腰を落とした。
感覚を蛇と共有しているのだろう。
私も望遠鏡を構え、遠くを探る。
ウィローラは濡れた地面に筒を刺し、足音を探る。
ケレアニールは氷の剣を手に、周囲の警戒にあたる。
………
「…いるわね」
最初に呟いたのはヴィロミアだ。私も確認する。
「私も見つけました。棍棒持ちが二体と、弓使いが一体……?」
「いや、棍棒三体、弓一体、魔術師一体………少し開けた場所だから、奇襲は難しいわね」
ヴィロミアが正確な情報を伝える。
「ひとまず視認できる距離まで、慎重に近づこう」
ウィローラの指示で、私たちは息を潜めて前進する。
敵の姿が見え始める。
ヴィロミアの言う通り、敵は五体だ。
一列目:中央に棍棒持ち一体。その背後には弓使い。
二列目:中心に魔術師。左右には棍棒持ちが一体ずつ。
後衛を守るように前衛が配置されている。
五対四。こちらが数では不利だが、まだ気づかれていない。
一列目の二体を先に潰せれば、流れは一気にこちらに傾く。伏兵がいたとしても、連携さえ崩されなければ勝てるだろう。
ウィローラが小声で全員に確認する。
「いけると思うけど、どう?」
全員が頷く。皆、同じ意見のようだ。
それぞれが武器を構え出す。ケレアニールの氷の剣が静かに輝き、ヴィロミアは杖を握り直す。ウィローラはハンマーを抜き、私は左腕の小盾を展開した。
戦闘の気配が高まる。
軽く作戦を確認し、まずはヴィロミアが魔法を放つ。
背後から静かに響く呪文。
「土魔法・拘束の蛇」
敵魔術師の横、私たち側の棍棒持ちの足元から、長い土の線が四本伸びる。それらは蛇のように螺旋を描きながら敵の足と腕に絡みつく。
ゴブリンは叫び声を上げて暴れ出すが、固定された足や腕はびくともしない。他のゴブリンたちは呆然とその光景を見ていた。何が起こったのか理解できず、硬直している様子だった。
無理もない。ヴィロミアの魔法は唐突に地面から発動したのだから。
本来、人や魔物は放たれた魔力の気配を察知できる。
攻撃魔法の場合、魔力は発動者から一直線に放たれる。そのため 「どの方向から飛んできたのか」 で大まかな位置が分かる仕組みだ。
地面に伝わせた魔力も例外ではない。「どこから伝わってきたのか」でおおよその発動位置を察知できるはずだ。
だが――あの魔法は違う。
敵の足元にしか、魔力の気配が感じられない。
ゴブリンはきっと地面に攻撃されたか、地中に敵が潜んでいると思うだろう。
だが……どうすれば良い?
地面に攻撃すればいいのか? 逃げればいいのか?
魔力の出どころが分からない以上、即座に判断ができるゴブリンなどいるはずがない。
私だって、もしあれをされたら、どう対処していいのかわからない。
敵の足元だけが不自然に震え、魔力が這いずり出るようなあの光景。
いったいどんなイメージで魔法を行使しているのか?
――まるで、想像が及ばない。
私たちはこの隙を見逃さない。ヴィロミアの魔法を確認すると、私、ウィローラ、ケレアニールの順で茂みから飛び出し、一気に駆け出す。
足音でようやくこちらに気づいた敵が、慌てて武器を構える。
次は私の番だ。役割は盾。
敵の攻撃を防ぎ、弾く――それが仕事だ。
最前線に立つ「タンク役」。一歩間違えば命を落とす。
気は抜けない。
たった一撃、それだけで人間なんて、あっけなく死ぬ。
まず弓使いに石を投げつけ、こちらを狙わせる。飛んできた矢を盾で受け止め、前列の棍棒持ちに接近。
振り下ろされる棍棒を盾で弾く。
敵は体勢を崩し、無防備な腹を突き出す。
そこに背後からウィローラが飛び込み、ハンマーで横殴り。
鈍い音とともに、ゴブリンは地面に転がり、動かなくなる。
同時にケレアニールが弓使いに氷を放つ。
腹に突き刺さるが、敵はまだ倒れない。
私は一気に距離を詰め、ナイフをその首に突き立てる。
「魔術師の左後ろの木に一体隠れている!」
索敵していたヴィロミアの声が響く。
視界の隅で、魔術師がこちらに魔法を放つのを感じる。
盾で受け止めつつ、伏兵の警戒も怠らない。
ケレアニールは魔術師に向かって氷を複数放つが、木に遮られて命中しない。
「左は私たちが!右お願い」
叫ぶウィローラと私は、自由な棍棒持ちの方に駆け寄る。
盾で攻撃を弾き、ウィローラがとどめを刺す。
隣では、ケレアニールが拘束された棍棒持ちを両断していた。
正面を確認。魔術師の動きが止まっている。
木々から伸びたツタがその体を拘束している。
ヴィロミアさんか…?
「私がやる!」
ケレアニールが氷を連続で放ち、魔術師の体を貫いた。
最後の一体、伏兵だ。
私は隠れている木の後ろに、盾を構えながら、素早く回り込む。
瞬間、足元の感覚が崩れる。
倒れ込む体。
振りかぶられた棍棒。
あ、死んだ………
視界が暗転する。
硬い宝石が砕けるような鋭い音が微かに聞こえた直後。
ゴォーーン!
鼓膜を突く轟音。鐘のような音。その余韻は何重にも反響する。
来るはずの衝撃の代わりに響く音。
閉じていた目を見開く。
!?!?棍棒は!?
目の前で止まっていた。
その後ウィローラが敵の脳天にハンマーを振り下ろすのが見える。
「間に合ってよかった」
ヴィロミアの声が聞こえる。
彼女曰く、物理障壁の魔法らしい。
よく見ると、薄青の半透明な球体が、私の周囲を覆っていた。
命拾いしたが、衝撃音が頭に響き、耳鳴りが止まらない。
地面に触れている手からほんのりと冷たさを感じる。視線を落とすと、そこは凍っていた。滑ったのはケレアニールの魔法の影響だったようだ。
「そこまで気が回らなかったな……」
自嘲気味に呟く。
倒したゴブリンを一箇所に集め、解体しながら反省会をする。
特に、私への反省が多い。
「ごめん、ケレアニールの氷魔法を甘く見てた」
「私も、なかなか攻撃が当たらなくて……イライラと焦りで、必要以上に冷たくしちゃってた。ごめん」
ケレアニールがフォローしてくれる。
「まあ、こういうことを知るために今回、森での戦闘を組んだんだし。目的は果たせたんじゃない?」
ウィローラが肩をすくめ、あっけらかんと言う。その言葉に、「そうよ」とヴィロミアも同意してくれた。
少しホッとしたところで、ヴィロミアが私に尋ねる。
「そういえば、メーケシャさん。腰の剣は使わないの?」
確かに、今回の戦闘では一度も抜いていない。
「これは、左の盾とのバランスを取るために持ってます。あとは地面に刺して、盾への衝撃を逃がすのに使ったりしますね」
話しながら、ゴブリンを袋に詰めやすいように切り分けていく。
反省会は、解体が終わるまで静かに続いた。
ちなみに物理障壁は魔力の消費が激しいため、魔石を消費して使うものらしい。コスパ最悪だから、いざという時の保険だと、ヴィロミアは漏らしていた。
その後は適当に果実を摘み、野営場所のレンジャー拠点へと歩みを進める。
拠点に着くと、さっそく後始末開始だ。
ゴブリンの死体を拠点にある専用の解体器具を使い、肉と骨、皮に綺麗に分けていく。魔術師が使っていた魔具も売れるため、回収してある。
「この器具、こうやって使うものなのね」
ケレアニールが燻製用の筒――焚き火台上部に設置してある煙の通り道に肉を詰めながら、感心したように言う。量が多かったので、半分は燻製に。残りは今夜の焼肉になる。デザートは森で見つけた果実だ。
その夜の見張りから、ケレアニールも加わった。
4日目、5日目は別ルートを辿りつつ帰路につく。
道中、キノコや薬草の群生地に寄り、収穫も忘れない。ケレアニールはすっかり森に慣れたのか、初日とは打って変わって怖がる様子は見られなかった。
5日目の夜、森の出口に辿り着く。
疲れからか、皆無言で歩き続ける。
ギルドに到着すると、常設依頼と季節依頼の素材を買い取ってもらい、余った分は併設されている倉庫で買い取ってもらう。
その場で報酬の分配をしながら、ウィローラが皆に声をかける。
「討伐祭もこのパーティでいいよね?」
皆、疲れた顔で黙って頷く。
疲労が溜まっていそうなケレアニールとヴィロミアを先に帰し、ウィローラと共にギルドの受付へ向かう。そこで、討伐祭の参加届を提出し、そのまま解散した。




