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第18話 二日目野営

その後の薬草の群生地では特に問題もなく目的を果たし、予定通り野営地であるレンジャー拠点に到着した。


晩飯は捕らえた鳥を使った鶏鍋だ。臭み消しに先ほど採取した薬草を加え、火にかける。鍋が煮える間、鳥の羽やくちばし、骨を洗い、売却用に乾かしておく。売れるものは多ければ多いほど良い。


途中、ヴィロミアが得意げに採取した悪魔キノコを鍋に投入していた。

…大丈夫だろうか?

不安を感じつつも、味見をしてみると、意外にも悪くない。苦みや癖はあるものの、むしろ風味が増した気すらする。最後に塩で味を整え、鍋は完成した。


火を囲んで皆で食べる。

温かい湯気とともに、体も心もほぐれていくようだった。


食事を終え、洗い物を済ませると、まだ寝るには早い時間だった。私たちは再び火の周りに集まり、翌日のゴブリン戦について話し始めた。

やはり、ケレアニールは森での戦闘に不安を感じているようで、その胸の内を少しだけ漏らしていた。


「これだけ木々が密集している中で、上手く立ち回れるか不安…」

「あまり心配しすぎなくていいよ。戦闘時の周囲の警戒はヴィロミアさんがしてくれるから、私たちは信じて自分の役割に集中すればいい。少しくらいミスしても、皆でフォローするから!そのためのパーティーでしょ!」

ウィローラがそう声をかけると、彼女は少し安心したような顔を見せた。


その後もしばらく明日の戦闘についての話をしていると、ウィローラが唐突に静まるようにジェスチャーをする。


魔物か?だが、警報装置は反応していない。

耳を澄ますと、かすかに遠くから聞こえてくる音に気づく。


「行こうか」

私はウィローラにそう声をかけた。彼女は微笑みながら頷き、ヴィロミアとケレアニールにも伝える。

「雨具を着て、少し出かけませんか?珍しいものが見られるかもしれません」


ケレアニールが怪訝そうな顔をしながら質問する。

「雨なんて降ってないけど、雨具?」

「これから必要になってくるのよ」とウィローラが微笑みを浮かべて答える。

準備を整えた私たちは、レンジャー拠点を抜けて闇に包まれた森の中へと足を踏み入れる。


雨具を身にまとい、茂みの中を進む。夜の森は静まり返り、私たちの足音と衣擦れの音だけが微かに響く。

闇に包まれた森の奥で、かすかな光が私たちを誘うようにちらついた。やがてたどり着いたのは、小さな泉。

その中心には、水晶のような完璧な真球が浮かび、その表面は月明かりを反射して輝いている。球からは白いしぶきが滝のように溢れ落ち、泉全体を淡く照らしていた。


その周囲には数多の精霊たちがいる。

空には、羽衣をまとったかのような風の精霊たちが、柔らかな曲線を描きながら漂い、舞っている。

水面には、水滴が集まり人形の姿をした青白い精霊たちが、さざ波に溶け込みながら戯れている。

苔むした岩の上では、大地の精霊たちが力強く岩の拳を突き合わせ、その衝撃で小さな光の塵が舞い上がる。

そして、泉を囲む木々の間では、頭に花冠を咲かせた木の精霊たちがゆったりと体を揺らし、枝葉を軋ませて静かな旋律を奏でていた。


それらの精霊たちは、淡い光の粒でできた人形のような姿をしているものもおり、その存在はまるで夢の中でしか見られない神々しさを帯びていた。それぞれの属性ごとに規則的なリズムに従って踊り、動き、互いに絡み合うように見えるが、全体として一つの調和した舞踏を描いている。


森の暗闇は、この場所を境に引き裂かれているかのようだ。この場だけが静止した時空に取り残され、月光と精霊の光だけが世界を満たしていた。


茂みの陰からその光景を見つめる私たちは、ただ見ることしかできなかった。

その美しさは、人の言葉や絵では到底表現できない。

呼吸をすることすら忘れ、視界に広がるその景色に、ただ圧倒される。私たち自身が風景の一部と化したように、時間の流れから切り離されていた。


胸に湧き上がるのは、この瞬間に立ち会える奇跡への感謝だけだった。


やがて、泉の上空で風の精霊たちが渦を巻き始めた。それに呼応するように、他の精霊たちも動きを変え、空気が張り詰めた。風が草木を揺らし、湿った空気が重みを増していく。


――ポツリ。


葉を叩く雨粒の音が静寂を破る。続いてまた一粒、そしてもう一粒。徐々に雨は音を増し、周囲を濡らしていく。


雨具のフード越しにヴィロミアを見ると、彼女の頬を涙が伝っていた。精霊である彼女には、私たち以上に何かを感じ取っているのかもしれない。


雨が本降りになり始めたので、私たちはそっとその場を後にした。ケレアニールとヴィロミアは、帰り道でも興奮冷めやらぬ様子で、何度もその感動を口にしていた。


拠点に戻る道すがら、ケレアニールがウィローラに尋ねた。

「どうして雨が降るってわかったの?」

「あれは雨乞いの儀式だからね」

ウィローラはさりげなく答え、小さな笑みを浮かべる。


拠点に戻ると、ヴィロミアが余韻で興奮して眠れないと言うので、彼女に最初の見張りを任せた。その次はウィローラ、最後は私の番だ。

ケレアニールも手伝うと言ってくれたが、明日の戦闘に備えて彼女には十分な休息を取ってもらうことにした。


拠点の天上には防水の布が張ってあるので、濡れる心配はない。

寝床に入ると、屋根の布越しに聞こえる雨音が心地よく響く。疲れた体を包み込むように、意識が深い眠りへと落ちていく。


見張りの交代で起こされる時間になっても、まだ雨は降り続いていた。

焚き火台でコーヒーを淹れる。

滴る雨音を聞きながら、夜明けを待つ。


結局、雨は朝まで止むことはなかった。

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