第12話 アラサガシタウロス君
店の近くまで来ると、向かいから歩いてくる見知った顔が目に入った。ヴィロミアだ。彼女も私に気づいたらしく、手を振りながら近づいてくる。
しかし、私はとても手を振り返す気にはなれなかった。それどころか、彼女と知り合いだと思われたくない気持ちに駆られ、顔を背けたい衝動すら感じてしまった。
原因は、彼女の服装だった。下はくるぶしまである丈の長いデニムで、足が細くて長い彼女によく似合っている。問題は上だ。白いTシャツ。ここまでは普通だろう。森に行くわけでもないし、街中ではラフな格好が一般的だ。
しかし、普通ではないのは、そのTシャツにプリントされているキャラクターだ。
そこには、鼻が異常に長く、睾丸がやたら大きいケンタウロスがデカデカと描かれていた。
それはない!
服に無頓着な私ですら絶対に選ばないだろう代物だ。
「早いわね」
彼女は目の前まで来て話しかけてきた。これでもう、知らない人のふりをするわけにはいかなくなってしまった。
これはツッコミ待ちなのだろうか?
彼女の自信に満ちた表情を前に、私は混乱していた。
一緒に歩きたくない! 仲間だと思われたくない! 知り合いだと思われたくない!
「どうしたの? 行かないの?」
呆然と立ち尽くす私を見て、彼女が不思議そうに尋ねる。
よし!ツッコむぞ! 「ダサすぎやろ〜」って言うんだ私! 勇気を出せ! 言えッ!
私はTシャツを指差しながら、口を開いた。
「それ……昨日買ったやつですか?」
私の意気地なし! もしツッコミ待ちだったら、ボケ潰しになってしまう。誰かがツッコまないと、この気まずい空気は終わらないというのに……!
しかし、考えてみればまだ知り合って間もない人にそんなことを言えるわけがない。覚悟を決めて、私は彼女と並んで歩き出す。
ヴィロミアは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに服について語り始めた。
「そうなのよ。このキャラクター、『アラサガシタウロス君』っていうらしいわ」
弱点だらけタウロス君に改名したらどうだろうか。
「面白い名前ですね」
「なんでも、鼻と睾丸はデカいけど器は小さいのが特徴らしいわ。優れた嗅覚で相手の欠点を瞬時に見抜いて、それを大袈裟に批判するのが趣味みたい」
器が小さいにもほどがあるだろ……
「悪趣味ですね」
「ちなみに、鼻と睾丸はコンプレックスらしくて、イジられるとあり得ないくらいの形相でブチギレて暴れるんですって」
なんて業が深いキャラクターなんだ……
「たまにいますよね、そういう人」
「なんか哀愁漂わない?こういう長い鼻って、本来なら毒霧を浄化するのに使われる形状なのに、より濃い毒にして吐き出すなんて。もしかしたら、本能なのかも。毒を嗅ぎつけたら濃くして吐き出すしかない……ほら、この悲しそうな目を見て」
そう言いながら、彼女はシャツをつかんでキャラクターを私に見せてくる。
う〜ん、その目つき…なんだか、見下されているような気分になってくる…私の感性が歪んでいるのだろうか…
「私にはいやらしい目にしか見えませんね…」
ふと目に入った彼女のシャツの背面には、アラサガシタウロス君の後ろ姿が描かれていた。
その大きな背中から不覚にも孤独感を感じてしまった自分が恥ずかしい。