第11話 私の魔法
扉を開けると、独特な刺激臭が鼻をついた。湿った土の熱気に、獣が冬籠りした後の洞穴のような濃い獣臭が混じり合った匂い。胃の中が逆流しそうな吐き気に襲われ、口内に酸味が広がる。
うっ……ぐぅっ……一体なんだ…これ……
頭がくらくらする。
目の前には大皿に山盛りになった黒い物体。それらを笑顔で食べ続ける三人。空いている席に腰を下ろすと、隣のヴィロミアが微笑みながら声をかけてきた。
「安心して、あなたの分はちゃんと取り分けておいたわ」
え!? なぜ!?
「あ、ありがとうございます……」
動揺しつつも、私はなぜかお礼を口にしてしまう。
「これはなんですか?」
「睾丸焼きよ」
なん……だと……?
目の前の皿に積まれた大量の睾丸焼き。それを食べ切らねばならないのか。この1日分の食事にも相当する量を……まだ味も知らないのに…
周りを見渡すと、黙々と食べ続ける三人の姿。皆、目が泳いでいる。
なんなんだ…この異様な空間は……なぜ誰も話さない? なぜ水すら出てこない?
目の前がぐるぐると回り始める。気づけば、手にしたフォークでその黒い物体を突き刺し、ゆっくり口へと運んでいた。
やめろ……頼む、止まれ! 止まれぇぇーーー!
――はっ!?
突然、意識が布団の中の自分へと戻った。
そうか……夢か…夢だったのか……
悪夢だった。明日は「悪魔のキノコ味わいセット」が出てくるかもしれない。
誰か助けてくれ……
いつも通りの日課を終えた私は、街の地図を見ながら「新緑のキノコ亭」へ向かう。
あの悪夢を現実のものとしないためにも、早めに行動しておこう。せめてメインの大皿だけでも普通のものを頼みたい。
そもそも睾丸焼きの大皿が本当に存在するのか怪しい。激臭をスパイスで誤魔化している料理が、大皿で出てきたら部屋中がその匂いで埋め尽くされるだろう。そんな匂いを好む種族でもなければ頼む人はいないはずだ……たぶん。
そんな考え事をしながら店へと向かう途中、ふと昨夜のことを思い出す。
ヴィロミアさんの解毒魔法、あれは本当にすごかった。
適度に酔いを残しつつ、アルコールをゆっくり分解する彼女のオリジナル魔法。おかげで、今の体調は絶好調だし、昨夜は酔いの心地よさを楽しみつつ、思考に集中することもできた。
「血液中のアルコール濃度をうんたらかんたら、脳機能の麻痺をどうこう」――彼女が説明する原理はさっぱり理解できなかったが、「急に酔いが冷めて、現実に引き戻されると惨めな気持ちになる」という言葉には深く共感した。
私も飲んだ後はアルコール解毒用のハーブティーを飲むくらいで、次の日に残ったら解毒魔法を使うことにしている。
考え事は昨夜からの議題――固有魔法《自分のこと》に移行する。
羊毛の性質と使えそうなこと………
吸水性と絡みやすさを生かして掃除用スポンジにする。羊毛は無限に増やせるから汚れたらすぐ交換できるし、使い勝手は良さそう。
でも、戦闘には役に立たないよな……
膨張性を利用して壁を作るのはどうだろう? 木と木の間に羊毛を膨らませて絡ませれば、即席の壁になるかもしれない。中に硬いものを入れれば投擲物くらいは防げそうだ。
ただ、森の中では視界が悪いのに、さらに遮るのは下策だよな……
もしくは、膨張性を利用して敵の体内で膨らむ? いや、どんだけ大きい敵を想定してるんだ。呼吸は止められるかもしれないけど、私も呼吸できなくなって死にそう。
それに、わざと敵に食べられるなんて絶対に無理。怖すぎる。
保温性を活用して、冬場に体を包む暖房具にするのは現実的かもしれない。動かない時には良いかもしれない。
しかし、移動中の服として使うには枝に絡まって歩きにくそうだ。
やっぱり、今度ヴィロミアさんに相談してみよう。
彼女ならもっと良いアイデアをくれるはずだ。