第9話 胸の棘
酔いも回り、程よくお腹も満たされた頃、ウィローラが私に目を向けて言った。
「そういえば、メーケってケレアニールちゃんと知り合いなの?今朝も初対面じゃないような反応してたし、買い物中も仲良さそうに話してたから。同じ教会出身だったりする?」
不意にケレアニールと目が合う。彼女は笑っている。
忘れかけていた記憶が徐々に蘇るにつれ、心臓の鼓動が不自然に速くなり、胸の奥が息苦しくなる。酔いが少し醒めるのを感じる。
「そうだよ。同じ時期に生まれたから、教会で一緒に教育や戦闘訓練を受けてた」
努めて軽い口調で返す私に、ケレアニールが言葉を足す。
「小さな村だったからね。教会も一つしかなくて、子供も私を入れて六人だけだったよね」
私は頷いた。
シスターも三人しかいなくて、子供たちはいつも一緒に過ごすのが当たり前だった。同じ年のケレアニールと私は特に。
蘇る懐かしさと、それに絡みつくような胸のざわめき。
「やっぱり、二人は同じ年だったんだ」
ウィローラは私たちを交互に見る。
「教会が一つしかないって、相当小さな村よね」
ヴィロミアが興味深そうにケレアニールに尋ねる。
「そうですね。村全体でも50人ほどしか住んでいませんでした。なので子供も大人の手伝いで、農業とか、魔物の討伐や解体とかの日々でしたね」
その言葉に私は小さく息を飲む。
彼女が当たり前のように話すその中に、私のできなかったことが一つだけ混じっていた。
「魔物の討伐はケレアニールしかやってなかったでしょ。私は弱かったから」
思わず口に出てしまう。
「そうだっけ?」
ケレアニールは首をかしげ、覚えていないような様子を見せる。その態度に、心の奥底に小さな苛立ちが芽生える。
子供の頃の記憶なのだから忘れていても仕方がない。それはわかっている。
けれど、あの光景は鮮明に覚えている。大人たちに混じって魔物討伐へ向かう彼女の小さな後ろ姿――まるで私とは違う、手の届かない大きな存在のように感じたこと。
「じゃあ、あんまり遊んだりする余裕は無かったの?」
ウィローラが問いかけてくる。その声に私は彼女の方へ向く。
「そんなことは無かったよ。昼食後には多少自由時間があったし、一緒に教会で暮らしていたから、夜は皆で過ごしてたからね」
ケレアニールは微笑みながら小さく頷き、つぶやくように言った。
「私、メーケシャの毛で作ったベッドで昼寝するのが好きだったな~」
「わかる!あの、ふわふわな雲に全身が包まれる感じ!あれは一度体験したら忘れられないよね!」
ケレアニールとウィローラが意気投合して盛り上がる。
「あ~良いわね~今度体験させてもらえないかしら」
ヴィロミアが期待に満ちた目を向けてきたので、軽く頷いて返す。
再びケレアニールに目を向け、心の中に浮かぶ言葉を発する。
「でも、魔法ならケレアニールの方がすごいでしょ。よく物語に出てくる剣とか城とかを氷で再現してたじゃん。すごく綺麗だったな~。光に当たるとキラキラと、無数に輝いてさ」
「伝説の剣とか好きだったからね〜懐かしいな~」
ウィローラとヴィロミアはお酒を片手に、私たちの話を楽しそうに聞いている。
「それに、何より強かったよね。氷の剣を飛ばして魔物を貫いたり、真っ二つにしたりしてさ〜かっこよかった。それにすごく憧れたな〜」
魔物を一撃で切り伏せるその姿に圧倒され、自分との差を感じて情けなくなったことを思い出してしまう。まるで「お前にはできないことを私はできる」と後ろ姿が語っているようで、どうしようもなく嫌だった。
「そんな風に思ってくれていたなんて知らなかった。なんで言ってくれなかったのよ?」
ケレアニールが驚いたように目を見開いて言う。
なんで言ってくれなかったのって……言えるわけがないだろう。言ってしまえば、もっと惨めになるだけだ。少しは私の気持ちを考えてくれ……
胸の奥で渦巻く感情を抑えきれず、言葉が溢れる。
「恥ずかしかったんだと思う。ケレアニールみたいになりたいって思ったこともあったけど、私は羊で、竜にはなれないってことは最初から分かってたから……討伐に連れて行ってもらっても足手まといになるのは、子供ながらに理解してたし……」
酔いのせいか、それとも苛立ちのせいか、余計なことまで言ってしまった気がする。空気が重い…このままでは駄目だ…
話題を切り替えないと。誰か、何でもいいから話してくれ……
意識を紛らわすため、グラスのお酒を一気にあおり、網の上にいくつか肉を置き、それをじっと見つめる。顔を上げるのが怖い。惨めなやつだと思われたくない。胸が締め付けられるような居心地の悪さが、じわりと広がっていく。