第四十五話 圧倒的戦力差①
殺し合いにおいてもっともセンスが問われるのは何か。
的確に急所を狙う技術。いかに相手の身動きを封じるかの思考。状況に応じた判断ができる適応力。確かにこれらはセンスがものを言うだろう。しかし、『多聞流』での教えはこうだ。
【闘争を愉悦に感じるイカれた脳を持て】
これが俺と先生の流派である『多聞流』のセンスの使い方。闘争とは正義と正義のぶつかり合いではなく、強者が弱者に向ける一方的な殺戮衝動。己が強ければ強いほど、この闘争心というものが様々な対象へ向けられる。
「なんじゃ闘うのは問題児だけか。騎士道とやらを教えたつもりはないんじゃが……なッ!!」
シュォォンッッ!――
超長身の刃が一瞬にして俺の目の前まで迫ってきた。空を斬る音がはっきりと聞こえるほどの力があり、さすが師範代といったところ。俺が道場を出てまだ数ヶ月しか経っていないのに、先生と刀を交えるのが久しぶりのように感じる。
ガギイィィンッ!――
物干し竿をからくり刀で弾き返し、先生の体勢がほんの少し乱れたところへ蹴りをいれる。
しかしこれを読んでいたのか、先生も蹴りを繰り出し俺の蹴りを相殺する。自分の体を操る感覚が染み込んでいるのだろうか、思考の余地もなく無駄の少ない動作に、俺は少しビビった。
「お前ら、俺に構わずセンセーに斬りかかれ!」
この人に俺がタイマンで勝てるわけが無い。だから先生も全員でかかってこいと言ったのだろう。実際それが正解だし、この人相手なら10人がかりでもしんどい。
俺の号令に反応し、他の9人が各々の武器を抜刀した。
集団戦というのはハマれば強いがハマらない場合が多い。お互いの攻撃射程に入り上手く敵へ攻撃できないことや、味方からの攻撃を恐れて自身が攻撃に加われない、など。
「てやー!」
そんなことお構い無しに大槌を振り下ろして戦線へと入ってきた花香。それを事前に察知したのか、大槌に当たらないよう2歩か3歩ほど引いて攻撃を逃れる先生。だがそれに続き五十嵐と坂東が先生の着地点へ刀をなぎ払い、確実に反撃の隙を潰して先生を牽制する。
しかし長く重いリーチというのは1対1にも多対1にも有効で、先生はそれを遺憾なく発揮する。牽制役の2人を、まるで子供と戯れるように物干し竿の切っ先で遊ばせ、坂東の『刀』も、五十嵐の『大太刀』も、難なく捌いて戦力差を見せつける。
「まだまだ青いのわっぱ共!」
ガチイィィンッッ!――
美麗かつ強烈な超リーチの一閃。先生の力で刀身の軌跡が残るほどの速さが加わった物干し竿は、容易に大人の男2人を弾き飛ばすほどの豪然たる一撃へとなった。
「青いわっぱ行きまーす」
『深紅の大剣』を先生の頭上から急降下させるゾウさん。しかしこれも紙一重で先生は躱し、彼の首元へ長い刃を伸ばす。
ゾウさんはその黒鉄色をした右腕の義手で先生の刃を受け止めようと、鋭く薄い物干し竿の刀身へ手を伸ばした。
「――ッ!?」
しかし何かを察知したのか、彼は刃を止めることを諦め、全力で体を逸らして自分の首を断っていたであろう刃を避けた。
「ひゅ〜、今のを避けるか!」
「今度はアタシだ!」
メリケンサックを握りこんだサトリが先生へ大振りの右フック。バチン! と痛そうな音がしたが、サトリのパンチを喰らって出る音ではなかった。
「くッ……!」
よく見るとサトリの右拳は先生の左手に止められており、ガッチリと彼女の右手首を掴んで勢いを殺していた。彼女のパンチを初見で見切る先生の動体視力はやはり半端では無く、本当に70歳を超えているのかはなはだ疑問である。
しかしここで諦めるサトリでは無い。
右の拳を止められたなら、左の拳で殴れば良い。そんなシンプルかつ唯一無二の解答は、サトリにとって朝飯前の事だった。もう22時近くになるが。
「オラァ!」
スピードも重さも乗っているサトリの左ボディブローは先生の右肋骨の数センチまで迫っていた。
あともう少しで一撃入れられるというところで、先生は右手に持つ物干し竿の頭の部分を思い切り彼女の拳へ打ち付ける。
「いっでぇぇ!!」
悶絶するサトリと、それを見てニヤニヤする先生。
早々にJACKのメンバーの半分ほどが先生の恐ろしさをその身に浸透させている。だが闘争心とセンスが爆発している先生の本当の恐ろしさは、たった数分のやり取りでは感じ取れないと思う。
なぜなら先生は、これでも実力の30パーセントほどしか力を出していないからだ。
俺にはわかる。先生の実力を一度だけ見せてもらったことがあり、それと比べたらこんな攻防戦なんて、文字通り子供を相手しているようなもの。
圧倒的戦力差を前にし、俺達はこの老人をどう攻略するか頭を悩ませた。




