第三話 体力試験①
バァン!――
凄まじい破裂音が至る所で聞こえる。足に力を込め地を蹴る音だ。
中にはブースターで浮いているズルいやつもいる。走ってない。
200から300メートルを超えてくるとそれぞれの持久力に差が現れ始める。ずば抜けて最前線にいた人達は徐々にスピードが落ちていき、逆に初速が出なかった人達は速度を維持しつつ走る。中にはスピードが上がる人もいる。
俺は順位で言うとちょうど真ん中より少し早いぐらいだ。このまま速度を維持しつつ走ればドベになることは無いだろう。
1000メートルを超え、1500メートルを超え、折り返し地点に来た。ここでちらっとタイマーの方に目をやると、まだ1分47秒だった。いいペースで走れていると自分で自分を褒め、さらにスピードを上げ走った。
2500メートルほどまで走ると、周りには俺の前後を走っているやつと、大幅に後ろを走っているのがチラホラ、もう既にゴールしているやつもいる。ここでペースを上げれば周りを少しは出し抜けると思い、もっとスピードを上げた。
すると俺からかなり離れたところから並走していた1人の男がこちらに近づいてきた。
「ふっ。ふっ。君、本気、出して、無いだろ?」
なんだコイツ、全力で走りながらよく喋れるな。というか誰だよ。
「残り、100メーターのところから、勝負、しないか?」
パッと見、右腕が義手の半サイボーグ。なぜか上半身は生身で、腰には衣服を巻いているようなデザインの装甲、下半身は黒鉄の鎧殻に覆われている。背負っている武器は、変形機構と合体機構を兼ね備えている深紅の大剣。そして珍しいことに、彼の鎧殻の頭部は兜型ではなくマスク型だった。
普通は鎧殻を起動する際、兜型の頭部プロテクターも展開されるのだが、俺は好きじゃないから展開していない。そして普通の人は頭部プロテクターの兜型を備える方が多い。彼のように、わざわざ守りの薄いマスク型を選ぶ人はかなり少ない。
マスク型を選ぶようなヤツは、余程のバトルジャンキーか、死にたがりの2パターンしかいない。
「パーカーに、ジーパン、兜も展開しないなんて、余力を、残してますとしか、見えないぜ」
ハァハァと息を切らしながら話しかけてくる。たしかにコイツの言う通り、俺は全然全力で取り組んでいない。
俺の18年間はだらける事に全力だった分、何かを全力で取り組む事が出来なくなっているのかもしれない。もしかしたら、全力を出すことがダサい事だと思っているのかもしれない。
最悪、御家人試験で引き抜かれなくても、一般採用で御家人になることは出来る。しかし、俺の夢でもある征夷大将軍になるには、より力のある武士の御家人になる方が良い。
「いいッスよ、競走」
俺はこれからの人生のために全力を出せるよう、本気で隣の半サイボーグと競走をしてみることにした。
1800メートルを通過。
1850メートルを通過。
1875メートルを通過。
1895。
1896。
1897。
1898。
1899。
「「スタート!――」」
全力で走り始めてからは一瞬だった。
1900メートルから隣のヤツとの競走。そんな事頭から抜けるほど全力で走ると、周りの景色も消えて視界が前方の一点になり、どんどん自分が風を切る感覚が強まった。
ゴール手前で減速する癖が出そうになったが、俺は意識してさらに脚を熱くさせ走った。
ピー!――
機械音とともにゴール。俺はだんだんスピードを落とし後ろを振り返った。すると俺のほんの少し後ろを走るヤツがいた。
「俺、の……、勝ち、ッスね」
息を整えながらヤツに話しかけた。
「マジか……、オレ、本気で走った、のに」
時計に目をやると、2分46、47と、3分切っていた。俺は3000メートルを走る時、だいたい3分から3分半というタイムなのだが、チンたら走るよりも大幅にタイムを減らした。
「ふー。やっぱり本気じゃなかったのか君」
「俺と同じぐらいのところにいたって事は、おたくもあんま熱心に取り組んでなかったんじゃないすか?」
へへっと笑いながら彼はマスクを外した。イマドキ風の少し長めの髪をかきあげ、俺に手を差し出してきた。
「オレ『増山 勝牙』。ツレは増山からとって『ゾウさん』って呼んでる。よろしく!」
コイツ意味わからんな。と思いつつも、何かの縁だと思い、俺は差し出された手を握り返し握手をした。
「俺は『霜山 颯太』。よろしく」
増山勝牙はなぜか俺の事を気に入ったらしく、持久走の後続を待っている時の休憩中も俺の近くにいた。
その時の話は、俺の武器がどうの、ツレがどうの、まさに大昔の人間のようなつまらん話だった。しかしハニかんだ表情で話す彼はなぜか憎めない。
「『霜』はなんでそんなやる気ない感じで来たん?」
もうあだ名かよ、なんて思ったが、俺も暇だったため彼の暇つぶしに乗ることにした。
「俺、夢あってさ。極力楽して生きたいんだ。サボり癖というか、楽癖というか。だから全力出さなくても生きていけるならそれで良いなって」
征夷大将軍になる、というのは言わないでおいた。初めて会う人間に話すような事では無いし、バカにされるかもしれない。
俺の話を聞くと、彼はガハハと豪快に笑った。
「良いじゃねえか。そりゃ確かに全力出さなくても生きていけるならそっちの方が良いわな」
俺の話をニコニコして聞いてくれた反面、彼の次の言葉はとても真面目なものだった。
「でもな、絶対どこかで本気で何かをしなきゃいけない時が来る。さっきの競走もきっと、霜が本気で走ろうとして掴み取った結果だと思う。適度に全力を出さないと、全力の出し方が分からなくなっちまうからな」
妙に説得力のある言葉だった。彼の言うことは俺にとって気づきとなり、俺が本気を出そうと思ったきっかけにもなった。
「なんだよ颯太、かなり個性的な知り合い居たんか」
短距離走を終えた岳陽が俺に話しかけてきた。
「こいつは増山勝牙。なんか走ってる時に競走持ちかけてきた変人」
「おいおい、変人じゃなくてゾウさんな? あんたは霜の知り合いか?」
「あぁ、こっちは池田岳陽つって……」
ここで少し3人での交流があり、これが後々天下統一を目指す物語の始まりになろうとは、この時の俺は微塵も思っていなかった。