『ストーカー』と書いて『純愛者』と読むby私
あぁ…素晴らしき春の空。意味もなく澄み渡ったあの青空は、今の私を馬鹿にしているのかもしれない。
いや、きっとそうだ。
分かったわ…負け犬の今の私を馬鹿にしているのね!文句があるならかかってきなさいよぉ!!
「いつか…いつか倒してやるんだから!!」
私は、人類初とも言える空への先制布告を叩きつけた。
そんな私はトボトボと、学校の近くに流れている川の河川敷を意味もなく歩いている。
特に目的地は無い。このまま隣の県まで歩いてやろうか。
そんな簡素で無気力な思いだけが今の私を動かす原動力だった。
何でふられたんだろう…何であんな嫌そうな目で私を見たのだろう…何で―。
―家までついて行っちゃいけないのだろう。
それは、時を遡る事数時間前。
〇
「ごめん。君とは付き合えないよ…そのぉ、気持ちは嬉しいんだけど…さ。えっと」
「え、何で? どうして!? 私が嫌いなの? 可愛くないから? 別に好きな人がいるから!?」
「い、いや!葵さんは可愛いと思うよ? 本当さ!だけど…」
大好きな彼の言葉が途中で濁る。なんか言いづらそうな、もじもじと口を動かす。
「だけど…?」
「き、君が…」
「私が…?」
しばらくの空白が空き、彼は意を決したように。
大声で、そして力強く私に言い放った。
「ストーカーだからだよ!!!」
今日一番の大きさで、大好きな彼の声がこの澄みきった青空に響いた。
何故今日一番か分かるかって? だって学校に着いてから、ずっと見ていたからだよ?
〇
そして現在に至るわけだ。
放課後は家に帰る気力もなくなり、こうして無作為に歩いているのだ。
私は、葵春香。町内の高校に通う二年生の、健全な女子高生の一人だ。
自分を出来る限り客観的に考察すれば、まず最初に、勉強面では私はかなり出来る方だ。
運動も人並みより頭一個上で、容姿も自分で言うのもアレだが、悪くはないと思う。髪型は腰まで長いロングヘアー(勿論大好きな彼の好みに合わせて)で、スタイルも特に目立った点はない。
友達関係も上々で、他人との小競り合いなど起きないし、誕生日には友達みんなが私に賛辞の言葉をくれる。
ただ一つ、私に欠点があるとしたらそれはただ一つ。
世間一般的に言うなら私は、所謂『ストーカー』なのである。
だが、そんな低俗な言葉で私は自分を見ていない。
私は、自分をこう解釈している。
『ストーカー』であると。
昔っからだ。私は好きになった人を、つねに長くこの目に映しておきたいという衝動が激しかった。
小学校低学年の時は、好きな男子をただ後ろからジーッと見つめるのが日課だった。
だが五年生になった頃には、クラスの中だけでは収まらず、その男子がトイレへ行く時に際も私は後ろから追跡した。
六年生になった時には、学校の範疇を超え、その男子の自宅まで勝手について行く程にまでなっていた。
そんな私は六年生のある時、自分がニュースとかで見かける低俗な『ストーカー』であることに気が付いた。
あの時の私は、今まで生きてきて経験のした事のない憤りと虚無感を感じた。
別に自分が『ストーカー』だったからではない。
『ストーカー』という、何とも陳腐で低俗で下品な名称でしか、今の自分を言い表せなかったからだ。
毎日毎日、必死にこの忌々しき事態を打開するための妙案を探していた。
そして、ついに私はある画期的な案を閃いた。
「なんだ、自分で名前を付ければいいんだ」
かくして私は、自分の事を『ストーカー』ではなく『純愛者』として定義したのだった。
「そりゃ最近の私は色々したよ? 勝手に家までついていったり、毎日ポストに無記名のラブレターいれたり、エトセトラエトセトラ。それなのに…今日やっと勇気を出して告白したのにっ!」
「はぁ~」と大きなため息をこぼし、私はその場に立ち止った。
「結局、今回の彼も私を『ストーカー』として見てたんだ…はぁ、いつになったら私の気持ちを理解できる、素敵な男性が現れるんだろう…」
そのまま私は河川敷に座り込み、眼下に流れている川を虚ろな目で眺めた。
日も傾き始め、空の色がオレンジ色に染まりつつある、そんな時だ。
右辺の方から誰かが来るのを感じた。私はその方に首を回す。
十メートル程先、ジャージ姿で肩には白いタオルをかけながら走ってくる、一人の男性の姿が見えた。
その男性は随分と足が速く、私が姿を確認した頃には、すでに私のすぐ近くまで来ていた。
「すっすっはっ」と整息をしながら、私には目もくれずそのまま私の後ろを通り過ぎて行ってしまった。
あのジャージ、うちの高校と同じだ。
チラッと見えた彼の顔には、かすかに見覚えがある。
脳の海馬を働かせ、なんとか名前を脳の隙間から絞り出す。
「えっと…あ、思い出した!確か陸上部のエース来栖君だ」
今まで特に注目はした事はなかったが、一瞬だけしか見えなかった彼の顔は、ひたすらに夢を追いかけるカッコイイ顔だった。
「来栖君……か」
沈みかけた夕陽のせいか、私の顔は随分と赤かった。
〇
翌日。
いつもより早い時間に登校した私は、そそくさと己の教室に入る。
すると、友達の一人が私の登場に気付き、挨拶をかけてきた。
「おはよ~、葵」
「あ、おはよう」
「お? 葵。あの長ーい髪の毛、ついに切っちまったのか?」
「あー、うん。まぁね」
「突然だな~。あんなに頑なに切らない切らないって言ってたのに。どした?」
「ちょっとね~」
鞄を手にしたまま、私は教室の窓から下を見据える。
そこには校庭のトラックを走っている一人の男性がおり、私は一点に彼を見つめ、新しい大好きな彼に向って大きくほほ笑んだ。
〇
オマケというか、後日談。
「なー、来栖。お前さぁ、最近調子悪いみたいだけど、どした?」
「いや…ちょっとな」
「何だよー? 何隠してんだよ? 俺達親友だろ。話してみろって」
「…実はさ。ここ連日俺の家のポストに無記名の手紙が入ってるんだ。それに最近、帰り道に誰かに見られてる気がするんだよ」
「げ、マジかよ。それってお前、アレじゃね? 確実にさ」
「あぁ…だよな。俺もそう思う」
「「純愛者だ」」