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呪いの洗礼

『俺には幾つもの呪いが掛かっている。最初に犬っころや、ラフを殺した時にも同じ呪いが発動している。

だが、あれは単に一つの呪いが発動したわけじゃない。幾つものある呪いのうちの一つが連なっているだけだ。

どれくらいかるかって?そうだな、ざっと108程度か、くだらないものからガチなものまで含めてさ



誰かに認識されないままでいると徐々に刀身が錆びていく呪い


その日誰とも話さないでいると翌朝鶏の声で鳴き出す呪い


一日一回皮肉を言わないと刀身が臭くなる呪い


羊が鳴いた数時間以内に水を掛けられると暫くカエル語しか喋れない呪い


ウサギの糞を刀身で斬ると暫くウサギが寄ってくる呪い


獅子にやたら敵意を向けられる呪い


鼻歌を聞いていると眠くなる呪い


ジャンケンで絶対に勝てない呪い


ジャンケンで絶対に負けない呪い


足が三本になる呪い


クラリッセの髑髏を貪る呪い


人参が嫌いになる呪い


所有者が斬ると願えば触れたものが可能な限り斬れる呪い


所有者の死に至る事象を10回まで周辺の人間に不特定で肩代わりさせる呪い


チョコレートの匂いだけ解る呪い


ちょっとウザくなる呪い


海水を浴びると酔っ払う呪い


死神が見える呪い


死神に裸足で逃げられる呪い


巨乳シスターを見ると視界がぼやける呪い


名を知らぬ者が柄を握ると死ぬ呪い


名を知れば死者は可能な限り蘇生される呪い


名を知られ蘇生された者は魔剣とその所有者に母のような感情を抱かせる呪い


刺殺した人間の名前の後ろに「ギャリ」をつけて呼ぶとと死体が空に浮く呪い


名を与えた者に希望を抱かせる呪い


所有者が死にたくないのに死ぬと代わりに用意した心臓一つで生き返る呪い


眠れなくなる呪い


イルカニの純粋なる呪い


ホプキンスの意思の呪い


たまに聞こえた音を口真似する呪い


所有者が「デデリコバビコポロポロピン」と唱えると山より高く跳躍してしまう呪い


亀が怖くなる呪い


理解不能な言葉を言い続けると世界がそこに魔力を集約させてしまう呪い


百足を見ると近くの百足全てが爆発する呪い


所有者以外が刀身に触れて魔剣に好意を抱くと体が微塵に裂ける呪い


ヤクシャに巡りやすくなる呪い


一週間に1度の頻度で所有者の足がカックンする呪い


卵を生で食べられない呪い


家族がいずれ死ぬ呪い


家が焼かれている時に塩を撒くと花火になる呪い


脳みそを直視するとそこに手と足が生える呪い


コップ一杯の水を6秒以上直視していると毒になる呪い


猫に好意を抱くと猫がスプリガンになる呪い


雷の避雷針の代わりにはなれない呪い


ゲレルハビトの恋慕の呪い


ギギル病にふれると蔓延させる呪い


コルフォトリーゼの夢の呪い


アダルガ・セトによって聖者を殺せる呪い


目に入った麺類が食べる直前に伸びる呪い


触れた塩を砂糖に変えてしまう呪い


自分で動けない呪い


望めば厄災を人間に変える呪い


人間に変える呪いが発動したときその人間が記憶によって選定された者になる呪い


呪いを相手に対して一回だけ肩代わり出来る呪い


転がるビー玉を真っ黒にさせる呪い


山より大きな竜を殺す呪い


所有者が死ぬと一時的に本来の姿を取り戻す呪い


所有者に殺意を向けた人間の前に銃が現れる呪い


所有者がいくら歩いても疲れない呪い


過去の思い人を永遠に忘れられない呪い


所有者に「うそつき」と言われると死ぬほど激痛が走る呪い


マダー・クロスを直視すれば殺せる呪い


純潔のナダミア人の全てを抹殺させる呪い


イカダをバラバラにする呪い


魔物の属性を2つまで言い当てる事の出来る呪い


白紙を5秒見続けると過去に逃避してしまう呪い


目視したテセル・ニギア王城を光の裁きによって破壊する呪い


炎の精霊を呼ぶと精霊が怒り狂う呪い


プリンがおいしそうに見える呪い


小さな亀も恐れてしまう呪い


過去に呼ばれた名前を壊される呪い


所有者を魔王にする選択が生まれる呪い


斬った人間の血の味がポテトのキッシュになる呪い


ヤクシャが一人出てくると一度だけ必ずもう一人のヤクシャが現れる呪い


生のタマネギが臭いと感じる呪い


猫の声真似をするとなぜかバレない呪い


隣人の飲む酒がやたら美味しくなる呪い


隣人の食べるごはんがやたら美味しくなる呪い


所有者の記憶力がすごくなる呪い


真名を呼ばれると呼んだ人間の心臓を爆発させる呪い


刀身に触れた苺の種が全部取れる呪い


ガギハノアの砕けた空の呪い


吸血鬼を見ると殺意が湧く呪い


流れる歌に希に「ぽ」が紛れる呪い


流れる歌に希に「ぽ」が紛れる呪いが発動した瞬間「ぽ」の前に「ティン」が鈴の音で入ってくる呪い


魔女に呪いを解除させられなくなる呪い


絵本を読むと燃える呪い


襲いかかるサメが刺身になる呪い


斬った赤い花の悲鳴が聞こえる呪い


羊にふれると羊の毛が一瞬で抜ける呪い


不死王リッチーが膝まづく呪い


骸骨の髑髏に「おはよう」というと「おはよう」と返ってくる呪い


階段の登った時と降りた時の数が数えられなくなる呪い


シスターに声を掛けるとシスターにビンタをされる呪い


亀がどんな姿に変身しても元が亀なら恐れる呪い


白うさぎを見ると焦る呪い


鍛冶師に打たれると女の子みたいな喘ぎ声を漏らす呪い


鍛冶師に打たれると女の子みたいな声を漏らした瞬間鍛冶師に恋されてしまう呪い


氷を斬ると空から周辺に対して10秒間無数の氷柱が降り注ぐ呪い


ピエロに胸がざわつく呪い


明日の晩御飯の事を考えると必ずと言っていいほどポテトのキッシュが出てくる呪い


ラビリンス・デイの終焉の呪い


月が赫く見えると触れた泉が血になる呪い


死ねない呪い


愛おしく思えた人が死ぬといっぱいの白百合の花が周囲に現れる呪い


アズィーへの復讐を誓う呪い


アズィーに逆らう事の出来ない呪い


アズィーによって魔剣にされた呪い




…そうさ、俺は魔剣にされたのさ。あいつの手によって…』









―空が徐々にオレンジジャムを撒かれたように黄昏に染め上げられていく。

馬車はその車輪で地を削り、石を蹴飛ばしながらガラガラと忙しく回り続ける。



森の木陰が少しづつ増えて、少々の暗気味。

小鳥の囀りはもはや聞こえる事もなく、烏が代わりに、その届く限りの耳に夕暮れを伝える。




「もう少しで森へ抜けるはず。ほら、山もこんなに近い!」



アキオが霊山を指さしてそう叫ぶ。



『そういえばニド。お前は、銃を知っているか?』



「うん。村の人が群れる烏を追い払う時に使ってたのを窓から見たことがある。とてもうるさかった」



『そうだ。人間が屁の代わりに臭い硝煙まき散らしながらバンバン鳴らして弾を撒き散らして。人様に迷惑を掛ける。それが銃だ』



「でも、なんで銃の話をするの?」



『ああ、念の為だ。お前は使い方を知っているか?』



ニドは首を横に振る。



『ま、無理もないか。いいか、その小さくて可愛い可愛いお手手で、剣を握るみたいな場所があるから、そこを握るんだ。

そんでもってそのさらに小さくて可愛い可愛いお母さん指を、丸いリングの内側にあるレバーに掛けるんだ。そんで、指を強く引いて、バン!だ』



「バ、バン」



『そうだ、バン!だ』



「バン!」



『バン!!』



「バン!バンバン!」



「う、うん」



『…伝わった?(てか、ちょっと引いてる?)』



「あの、多分」



(あ、これわかってねえや)



『まぁ、その時が来たら、もっかい教えてやるよ』



遠くで鐘の音が聞こえる。それは徐々に近く感じ、それと同時に木々で隠れていた山の麓の教会が見えてくる。



『あれが例の場所か』



「…ねえ、ジャバー」



『ん?』



「私、まだ解らない。どうすればいいの?そこに行けば何が解るの?なんでそこに向かうの?」



『…』



魔剣は暫し黙っている。しかし、やがてこのように話し始める。



『前に言ったよな。厄災は、だれかが心を高みへと望む時に捨ててしまったものの化身だと』



「うん…竜も、そうなんだよね」



『教団…教会ってのは神の教えを説く場所だ。自身に普遍的な視点を与えてくれる場所なんだ。学び、自分から救われ、教えられた事に感謝する。

だが、その理解を履き違えれば人はその場所に都合良く自分自身の汚いものを捨てていく為の場所になってしまう。

辛い事も、悲しい事も、幸せに罪を覚えた事も、全部が、神に因んだものだと勘違いしてしまう。だからこそ、

そこは人が高く望む為に捨ててしまった全ての“掃き溜め”になっちまうんだ』



「じゃあ…あの竜は…」



『まだ解らない。だが、竜の子…竜の子供ってのは不可解なんだよ。あれはそういう風には出来ていない。

だが、そういう風に嘯く事は出来る。例えば、教団が…その因子を厄災の形に出来る術を持っているとするならば…』



「…なら…それなら…ジャバー。カーニーとニナを殺した竜は…」



ニドの心がざわつく。この感情は、竜と対峙した時に感じたそれに似ている。理解を求める為の原動力。



憤り…



『まて、俺はまだ、あくまで推測を言っているだけだ。お前はそれをその目で確かめて、その全てを知ればいい』



「…でも、それじゃあ何をすればいいか解らない」



『そうさな。なら、その竜の子が公開処刑される場所で、大きく叫んで見たらどうだ?「私が、その黒竜を殺した!」ってね―』











…一方で教会の広場での準備は既に整っていた。

何度も水を浴びせられた竜の子は今もただ震え、自身の置かれている状況に思考を持たずとも、疑問を持ったままだろう。


入れられた檻の外で、教会騎士団の数十名が規則正しく並んでいる。

暗くなる前に松明に火を点け、その様子に誘われるように商人を含めた数人の野次馬が、ゾロゾロと集まっている。


その場所より遠く離れた場所で、護衛兵に囲まれながら

司教と監査官と呼ばれた男はその様子を見守っていた。




「さぁて、そろそろですかねぇ」



「監査官、とくとその目に焼き付けてもらいたい。我々の身の潔白、そして彼ら教会騎士団は日頃から清廉なる身を持って神に奉仕している事を」



「身の潔白…何をいいますか?あなたを私が疑っていると思っているのですか?なにかやましい事でも?」



「白々しいカマの掛け方だ。端から見ても露骨ではないか?私という司教に神への誓いを言わせる者が、よくいうわ。…グレゴリー」



「はっ」



司教の言葉に返事をして近づく男、教会騎士団長のグレゴリーと呼ばれた男は、司教が手に持つもの


多くの装飾が施された剣を渡される。



「これは…司教様のではっ」



「構わん。寧ろ、それでなければいけないのだ。聖なる剣ロード・エスカロッソ。神より賜りし剣を以てその厄災、討って見せよ」



「は、はっ!ありがたき幸せ―…」



グレゴリーは深々と頭を下げて、剣を腰に携え、現場へと戻る。



「へぇ、なんとも眩しい剣ですねぇ。実に興味深い」



「おっと監査官。あまり見つめない方がよろしいかと?」



「ほぅ、またそれは何故でしょう?」



「あなたのような“悪魔”が見つめては、その色眼鏡の奥の瞳が焼かれるやもしれぬぞ?ましてや、触れたりなんぞすれば、祓われるかもしれないな」



クックと笑う司教。それを聞いた監査官も、仮面を小さく上下に揺らしながら合わせて嘲笑する。



「面白い。司教様もそのような“ご冗談”をほざくのですね。いやはや」



互いに笑いながらも、その空気は正に険悪。話が耳に入る護衛兵からすれば、気持ちの良い会話ではなかっただろう。



「―ところでですが、司教」



「なんだね」



「“あれ”は何ですかね?」



監査官が指をさし示した場所…そこは公開処刑が行われる檻。

何やら騒々しい様子であった。

野次馬たちが先程よりも皆、距離をおいて見守っている。

並んで待機していた騎士団らが携えた剣を抜く構えをして「貴様!何者だ!」と叫んでいた。



「どうした、一体何事だ」



護衛兵の一人が二人の前に立ち、答える。



「はっ!ど、どうやら、名も知れぬ輩が、公開処刑の邪魔をしているようです」



「邪魔だと?何故そのような事を」



「何でも、一人の剣を背負った少女が“黒き蓮の竜は私が殺した”と嘯いているようです」



「なんだと?」



司教は険しい表情をして立ち上がる。



「司教様!?」



「どけ、私が行く」



司教は怒りを表に出すまいと冷静さを見せつけてはいるものの

眉間に皺を寄せてこめかみには青筋が立っていた。


檻の方へと歩き始める司教を監査官は静かに見送りながら「ほぅ、これはこれは」と小さく呟いていた。








「私が、黒き蓮の竜を、殺しました!」



檻の前で一人の少女が剣を背負って大きく叫んでいる。

その様子に野次馬たちも戸惑いを隠せない。



「おい、小娘。これはままごとじゃないんだぞ?よくもそんな嘘で俺たち騎士団をからかおうと思っているな」



「う、嘘じゃない。私は、カラオンの北側の端の道で確かに殺した!カーニーとニナを殺した竜を殺した!!」



「カーニー?誰の事をいっているんだ?」



「どうせ絵本か何かからとった妄言だろ。気にする必要はない。とりあえずその子を連れて行く…」



ニドを囲む騎士団達の一人は剣を収めてその場から連れ出そうと近づく。



「おう、兄ちゃん。申し訳ねえが、ニドの姐さんには指一本触れさせねえぞ?」



そこに割って入ってきたのはガタイムキムキの男、ラフだった。

その脇で野次馬たちに紛れてサンタとアキオは小さい声で「馬鹿、あいつ何やってんだ!」「まずいぞ…」と小言を漏らしている



「なんだ貴様は!その子の保護者か!?」



「ああん?そんなんじゃねえよ。もっと、ディープで崇高な関係よ、語りきるには時間と酒が必要な、ね」



「何をわけの解らん事を!今、我々がこの場で何をしようとしているのか解っているのか!?」



「竜の子供を…殺すんでしょ?」



ニドはそう言って、檻に閉じ込められた竜の子に目をみやる。



「…っ」



竜の子と呼ばれたそれは水を当てられて、寒さに震えながら小さく丸まっている。

その様子を見た瞬間、彼女は不思議な感情に誘われている気がした。


何故だ?何故こんなにもこの竜の子を…竜の子のこのような仕打ちを目にするだけで胸がざわつくんだ?

こいつは、厄災だ。もしも、黒き蓮の竜から生まれた子であるならば、厄災から生まれた子に違いない。

死んだ二人の仇も同然だ。けれども、何故か…なぜかその姿は…不意に、自分と重ねてしまうのだ。


憐れむ気持ち?この竜の子を…なぜ…なぜ…。わからない…だからこそ、心の奥に或る何かが叫んでいる。



“この竜を殺させるな”




(―この場がひっくり返る程度で考えてはいたつもりだが…ニド…まさか、お前…この竜を“救う”つもりなのか?)







「殺せ」



「は?」



囲む騎士団の後ろから声が聞こえる。

団員が振り返るとそこには歩み寄ってきた司教がいた。



「司教様…なぜ…」



「この連中は厄災に魅入られし魔物だ。もはや救う手立ては無い」



今一度、司教は殺せと言った。



「し、しかし…この男ならまだしも…もう一人は子供じゃあ…」



「貴様は神に逆らうのか?私の言葉は崇高なる神の言葉だと常々伝えた筈だ。神の言葉は絶対。それを聞き入れないというのなら、貴様も死ぬぞ?」



「ひっ」



ヌッと顔を異論を唱える教団員のひとりに近づけ、司教は剥き出した目で睨みつける。



「グレゴリー。儀式をこのまま続けろ」



「は、え?…し、承知しました…!」



グレゴリーはそのまま檻の方へと近づく。

ニドとラフを囲む騎士団員らは、司教の圧に顔を歪ませながら剣を抜く。




…幾つもの刃が小さく震えながらも、二人を覆うように向けられた。



「そうだ、それでいい。そのまま殺せ」



遠目で見ている野次馬は、子供に剣を向ける様子に「おいおい、大丈夫かあれ」「子供に剣を向けてるぞ?」と心配そうに見つめている。

当然、サンタもアキオも気が気では無い。ガタガタと震えて見守る事しか出来ない…。


ラフは拳を前に出して構えるとニドを背後に匿おうとする。



「姐さん、俺の後ろに下がってくれ…こうなりゃ―」



(ニド。大丈夫だ。いざとなれば俺が魔剣としての権限を行使する…だから)




「うおあああああああああああああっ!!」



地を蹴り、風を切る音。

騎士団員の一人が雄叫びをあげて剣を振り上げ襲いかかってきた。




「くっ!」







カチ




    コチ





            カ




                   チ





            コ



                        チ





            ……………………パチン。





懐中時計の秒針、そしてハンターケースが閉じられる音が耳に打たれた感覚。












「―いやはや。アナタでしたか。“本命”は」




「は?…え、は?」



周囲が唖然とし沈黙する。

ニドも、ラフも、魔剣も

何事かと振り返ったグレゴリーも、司教も、野次馬も、サンタも、アキオも、周囲の騎士団員も

何より、先程まで叫んで剣を振り上げていたその者でさえも理解が追いついていない。



当然だ。



騎士団員全てが皆、抜き出していた筈の剣を鞘に収めたまま構えている。振り上げて襲いかかった一人も含めて、拳を抱えていたラフでさえも

皆が、“時間を巻き戻された”かのように…



それだけでは無い、先程まで離れた場所にいた筈の監査官と呼ばれるスーツ姿、仮面で帽子を深く被る男は、騎士団員らが囲う内側に立っている。


ニドの…背後に立っている。




少女はその気配にゾクリ、と悪寒が背筋に走る。

この感覚は少女には初めての感触。


威圧?違う…。得体が知れないのだ。何をしたのかも解らない以上、この無防備な間合いに踏み込まれている状況には

“何をされるのかが解らない”という冷たい恐怖が張り付いてしまっているのだ。




(俺の理解に及ばない事象だと?いや、違う。この展開には覚えがある…)



「ハジメマシテ…お嬢さん。私は、ギルド監査官のリリック・キャンベルと申します」



(有り得ない事が有り得てしまう。そんな理を使役できる存在は限られているっ)



生暖かい声が、そっとニドの耳に添えられ、肩に手を乗せられる。



「はっ…はっ…」



「あ、姐さんっ…?こいつはぁ…何者なんですか」



本能がそうさせているのだろうか。ニドは呼吸を小刻みに震わせながらしている。

ラフもそのまま振り返る事を躊躇ってしまっている。



「監査官…貴様、何のつもりだ?」



司教は顔を歪ませて目前のスーツ男を睨みつける。

しかし、彼の質問を無視するように監査官は話を続ける。



「どうやら、今回の討伐依頼を成功させたのはアナタだったようですね。

おめでとうございます。ギルドに登録すらされていない方が、なんと素晴らしい実績でしょう、ええ本当に」



表情の解らない仮面の隙間から素晴らしい。と声を漏らし

彼の乾いた拍手の音だけが周囲に響く。

そんな飄々とした態度を顕にしても、背後から伝わってくる。黒い何かが背中をなぞる感触。まるで

影が張り付いたような感じだと、ニドは感覚で覚える。



「それと―」



ヌっとニドの背後から、黒い手が彼女の頬を横切る。



「これは、忘れ物デスヨ。お嬢さん」



「それ…」



目前にまで伸びた黒い手が持つそれに彼女は見覚えがあった。

表と裏。それぞれに騎士と竜の彫刻がされている金貨。ゲオルグ金貨であった。



「カラオンの北の端。あなたが供述していたその場所に落ちていたのを拾いました。

…こんな大金を忘れてしまうなんて、よっぽどの事があったのでしょうねえ。ええ」



(こいつ、はなっからそれを知ってて…)



「残念ながら、ギルドに登録されていない以上。規則として、あなたに報酬を提供する事は出来ません。ええ、

非常に残念なのですよ。黒き蓮、厄災を殺すという偉業を成し遂げている筈なのに…です。なので、今回は

この拾ったあなたのこのゲオルグ金貨を、ここで返却させて頂くという形にて、これを落し所としませんか?」



「…いらない」



「いらない。はて、それは何でです?」



「それはカーニーにあげたもの…もう、私のものじゃない」



ニドは唇を噛みながら目の前の金貨を睨みつけるように言う。



(違う、こいつはそうは言っているが本当は辛いんだ。それを見てしまうと、あいつらの…カーニーやニナの事を思い出してしまうから…)



「成る程。あなた、お名前は?」



「…ニド」



「ニド?それだけですか?」



それ以上は何も答えないニド。



「…わかりました。ニド様。では、こうしましょう。このゲオルグ金貨は預からせて頂きます。そして、今日はこれにて引き上げさせてもらいます。ですが―」



リリックは懐から小さな紙を取り出して、ニドのいくつも連なっているベルトパックの一つにそっと入れる。



「私は期待して待っております。あなたが、ナバルガの港町にて、“ギルド”への登録をして頂く事に、ねぇ。そうであるなら、是非私から

色々と取り繕わせてさせて頂きます。それと、今回はちょっとしたサービスです。あそこの檻。鍵を“開けさせて”頂きました。あとはニド様、あなたの好きなようにするといいでしょう」



「あなたは…何者っ―」



ニドは恐怖に対して抗うように、足を強く踏み込んで振り返る。しかし、その場にはリリックの姿は無く、先ほどの気配すらも無い。


…だが、遠くを見ると背を向けて帰っていくスーツ姿の男が見える。



「あ、そうそう」



リリックは思い出したように振り返る。



「教団の皆さん。“24回”です」



「え、なにを…」



騎士団員の皆がその言葉を理解していない。



「私や、ニド様に向けて、騎士団員がそれぞれ剣を振るった回数の合計です。いやはや、少しは空気を呼んでもらいたいものですねぇ、司教。

もう、この教会には用はございませんので。これにて失礼頂きますね。ではでは…」



去りゆくリリックは捨て台詞にこう言ったのだ。

周囲の連中がニドらに剣を振るったが、全てが記憶だけを残して繰り返し“24回無かった事”にされていると。



まるで、一瞬にして嵐が通り過ぎたような出来事。

誰もが不可解な事象を体感したまま、置き去りにされてしまい、唖然としていた。




「リリック・キャンベル…」



ニドは去りゆく者の名を畏怖を込めて呼び、見送った。



(まさか、本当に巡ってしまうとはな。呪いの効果は絶大だな。けれども…何故だ?何故…もう一つが来ない)




魔剣が黙って思慮している刹那。それは唐突に起きた。




ヴン、という音。それは魔力による術を行使した時に聞こえる音であった。

それと同時に、ニドの首を縛る5つの赤い光の輪が現れた。





「ジャバー、これは?」



ニドは見下ろしながら聞く。



(…その魔術は)



「…あ、あれ?」



ニドもある違和感に気づく。

彼女の手が勝手に司教へと向けられ、その手にはいつの間にか銃が握られている。



「これ…銃?」



(殺意の銃。呪いが発動している。間違い無い)






死神の気配を、遠くから感じ取る。







『ラフ!サンタ!アキオ!!ここから出来るだけ離れろ!!!』



先程まで黙っていた魔剣は急に大きく叫ぶ。



「だ、旦那??でも、姐さんが…!」



『いいから!!ニドは大丈夫だ!早くはなれろ!!寧ろ危ないのはお前らの方だ!急げ!!走れ!何も考えずに遠くへ走れ!!』



「っ!」



「くっそ!なんだってんだ!」



魔剣の叫ぶ理由を理解出来ないまま、ラフは騎士団員を掻き分けて走り出し、

遠くにいるサンタもアキオもその場から逃げるように走り出す。



騎士団員も、野次馬も、何一つその状況を理解できていない。



『ニド!!!撃て!!その銃で!司教を!!』



「えっ、え…?」



『奴はお前を殺そうとしている!カーニーとニナのように!!』



「っ…!」



ニドはその言葉に反射するように、引き金に指を掛け、強く引くと、銃を放つ。








「“首狩りの殉教者”」





バン



タ/ン、



タ/ン、



タ/ン、



タ/ン、



タ/ン、




―6回。


6回、音が響いた。



一つは銃声、硝煙の香りをニドに堪能させながら彼女の放った銃弾が司教の眉間に埋め込まれる。



もう一つは切断音。囲う騎士団員の一人の首が勢いよく上に刎ね飛び、舞い上がる。

もう一つも切断音。同じく騎士団員の一人の頭が上にグルグルと回転して上昇する。

遠くでもう一つ、同じ切断音。野次馬の一人である商人の首が「あれ」という言葉と共に真下の自分を見下ろしている。

更に聞こえたもう一つも切断音、少し離れた場所で見守っていた護衛兵の一人は視界が上昇し回っている事に気づく。身体を動かせない


もう一つは、走って逃げるサンタの首が刎ねられる切断音だった。


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