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ブリリアントイナナキ!死す!(死なない)

山の麓へと伸びる1本の道を、馬車が疾風の如く駆け抜ける。



「ブリリアントイナナキかイナナキブリリアント。俺はどっちにするべきか迷っているんだよなぁ。

ブリリアントに嘶くのか、その嘶きこそがブリリアントなのか、どうにも決め兼ねるんだ姐さん」



両腕を組み、瞑目しながらラフは言う。



「なんの話だよ」



後ろで細身の男、サンタが馬の手綱を握り締めたまま振り返る。



「馬の名前さ」



(クッソどうでもいいわ)



「あのなぁ、お前のその悩み、正直クッソどうでもいいわ」



「ほんそれ」



「なんだぁ?テメェ。じゃあテメェは!ブリ大根の事を、大根ブリって呼ばれるのに納得するってのかよ!?アァン!?」



ラフ、キレる。

一方でその話を黙々と聞いているニドときたら、ラフの馬に付ける名前がツボに触れてしまったのか

口を「へ」の字にしたまま「ブッ…ブリ…ブリリ…」と呟きながら、小さくプルプルと震えていた。



「ったく、ならブリ大根で納得出来るって話なら、ブリリアントイナナキでいいじゃねーかよ」



「あんだぁ?オラァ、それもそうか」



「納得すんのかよ」



魔剣の心を代弁するようにアキオがサンタの隣でボヤく。


一行は馬車を使って、目的地である山の麓の教会へと向かっている途中であった。

時は既に日が西へとゆっくりと降りて行き、影が東に向けてジリジリと足を伸ばしていた



しかし、大枚を叩いて馬を買ったという甲斐もあり

暮れ時になる前には、教会へと間に合いそうであった。



だが、ニドは正直解らなかった。

ソフィから話を聞き、殺した黒き蓮の竜。その子竜の処刑へと赴く事で

自分自身が何を知り、何を成すべきなのか


きっと魔剣がそれを教えてくれる。それでいいんだと思っている

しかし、胸の奥底では、そう考える度に途端に違和感を感じ始めていた。



―それではダメだ、そうじゃない…と



だが、だからこそ、魔剣がどんな目的で教会に向かおうとしているのかが気になっていた。

聞こうとした。しかし、今、この場所にはあまりにもオーディエンスが多すぎる。



魔剣がまた色々と喋り出せば面倒な事になるだろう

それが口を開かないのはそういう事なのだとニドは察していた。




「所で、姐さん」



「どうしたの?ラフ」



「いやぁ、気になってたんですが…」



「うん」



「どうして魔剣の旦那は喋らないんですか?」






「!?」


(!?)




「はぁああ?」



溜息混じりにそう言ったのは前の席のサンタだった。

彼は振り返ってラフの顔を覗きこみ、気の毒そうに言う。



「ラフ、お前、まだ鼻いっぱいに吸ってった“ラフレッド”が抜けてねーんじゃねえか?」



「ばっか!あんなしみったれた量のクスリ程度で脳みそ引きずるかってんだよ!」



「嘘こけ」



ラフレッド。それは知る人なら知る、この世界で幅広く使われていた麻薬の類であった。

小瓶に詰められた赤い粉。それをひとつ吸うだけで思考を著しく低下させ、夢見心地にさせる

五感の感覚を大きく失い、意識だけが何処ぞと知れぬ場所へと飛んでいく感覚は、どうにもクセになりやすいモノらしい。


どうやらサンタとアキオは、ラフがそれを使っていたせいで

虚言癖をもよおしているのではないかと、懸念していたのだ。



「ほどほどにしとけよ、ラフ」


「そうだぞ(便乗)」




「違うつってんだろ?」



『その通りだ、そいつの言っている事は間違ってねぇよ』



「は?そもそも魔剣ってなんだよ??ニドの嬢ちゃんが背中に背負ってる剣の事か?上物だってのは解るが…え?どなた?今の声」



サンタは聞いた確かに聞いたのだ、不可解な声を、有り得ない筈の声を

聞いておきながらも、頭の中でストンと納得できる材料がある事を思い出した。

…たしかに、ラフは魔剣に触れた途端に気絶した。そして、気のせいだと思っていたが、確かに脈が無かった。息もしていなかった。

死んでいたのは勘違い、そう思ったのは、暫くして彼が裏通りを歩いて見つけた時だった。


だが、もし…本当に魔剣だったとしたなら?

今の声は?まさしく…



『そうだ。俺が魔剣だ。ニドを主とした、魔剣だよ、サンタ』



「いや、ちょっと待ってくれ。ラフ、俺が悪かった。今朝、実はお前のラフレッドをちょっと借りてたんだ、だからおかしいのは俺なのかもしれねえ」



「てめえ!!どおりで、なんか量が少ないと思ってたんだ!!」



「すまない、実はサンタが借りる前に俺も拝借した」



「お前もか!」

「お前もか!アキオ!!」



『いいや、確かに俺は喋っているよ。つうか、ラフ。お前はなんで俺が喋る魔剣だと気づいたんだ?』



「いいや、なんか最初に姐さんらに会って意識を失ってた時に、ふと耳元でなんか聞こえたんですよ。悪魔みてぇな囁きがさぁ」



『ほう…』



「そんで、“ああ、この剣は、魔剣だから喋るんだ”って妙に感覚的に納得させられちまったもんでよお。それが一向に喋らないもんだから少し

気になっちまってたのさ」



(呪いの効果か。思いっきり雛鳥みてぇに刷り込まれてんなあ)



「…え?マジで剣が喋ってるのかよ…」



「マジらしいぜ」



サンタとアキオは到底、受け入れがたい事実を懸命に飲み込もうと頑張っている。

サンタ自身も己を納得させる為に何かをブツブツと言っているようだ。



「喋る剣…そうだよなぁ、空は黒曜が蓋をしてるって話もあるし、知恵を神から賜った喋る竜もいる。世界の管理者が外側にいるって話もある

外側から降りた神の使いやら、神の正体は人の姿じゃないとか、動く死体人形を製造してるって研究器官…それに御伽話にされてるドール=チャリオットだって本当は居るのかもしれねえ。教会では裏で魔導研究がされてるって話もあるしよぉ」



「お前、相変わらずそういうの好きだな」



『…まて、教会が裏で魔導研究だって?』



「ああ、前に商人の間では噂になってたぜ。なんでも神の真似事をする為に、“知恵持ちの竜”を造ってるってね。しかもそれを使役してるんじゃないかって。ま、所詮は噂。“黒き蓮”が暴れまわっているのに、騎士団がまともに仕事しないからその腹いせに出来た作り話が一人歩きしてるんじゃねーか?」



『……』



「けどよぉ、“黒き蓮”が出てくるなんて、本当は誰も想像してなかっただろうよ。3つの御山はその為に存在する神より賜りし守護結界の霊山だって

言われてるぐらいだからよぉ。歴史ある逸話だったとしても、それを信じるに足る事実はあるわけだしな」



『事実って、どういう事だよ?』



「だって、考えても見ろよ。俺らがこの道を通っても、魔物のマの字も出てきやしねえ」



『そりゃあ、教会にいるその騎士団ってのが仕事をしている証拠なんじゃないのか?』



「ダッハハ!旦那ぁ!ご冗談を!教会騎士団なんていっつも広場の空いた場所で空気相手に剣を振ってるか、周辺の見回り程度しか話を聞かねえ!

そんぐらいの穀潰しで有名なのさ!だから、正直、その竜を討伐したって話も、俺の耳穴が腐っちまったか、世の中が一層優しくなっちまったかなんて思っちまうぐらいですわ!」



(黒き蓮、竜の子、守護結界、それに討伐したという情報…役立たずと噂の教会騎士団…噂…魔導研究…ねぇ)



魔剣の頭の中でその単語らが出口を求めて錯綜している。






「ぶるるるるるるるるるるるるるるああああああああああああああ」




ゴドン、と馬車が前のめりになって大きく揺れた。



「サンタ!どうした!!」



「いや、すまないラフ。ちょっと、その…なんだっけ?この馬の名前、そうだ!ブリダイコン!!」



「ブリブリシャイニングだ!」



「どっちもちげぇよ!!ブリリアントイナナキだよ!それがどうしたって?」



「…ちっとばかし無茶させちまったみてぇでよ。少しここいらで休憩の時間を取らせてくれ」



ラフが荷台からブリリアントイナナキの顔を覗き込むと、荒々しい呼吸をしながら首を下に俯かせていた。

口の端からは少しばかり泡を漏らしている。



「あぁ、クソ。仕方ねえ。本当に少しだぞ。間に合うのかサンタ?」



「アキオ、どうなんだ?」



アキオは広げていた地図をこちら側に見せてその×印のところに指を指す。



「ああ、夕暮れまでには間に合うんじゃないか?ここいらは、麓近くの森だ。抜ければ直ぐに教会が見えるはず」



「なら問題ねえ。ニドの姐さん、それと旦那。そういうわけなんで、少しばかりブリナキに休憩をくれてはやれませんかね」



「わかった」



『ああ、俺も構わない。考える事もあるからな(ブリナキ?)』



ラフは二人の了承を得ると、「ようし!」とパンパン拳を鳴らしながら



「なら俺は、ちょっくら小便にいってくらぁ!オラァ!」



『なんで、そんな些細な事でそんな気迫を見せ付けられるんだよ』



魔剣の突っ込みも風に流され、ラフはそそくさと森の茂みの奥へと向かっていく。

その間、サンタは馬のブリリアントイナナキに水筒の水を与え、アキオも気遣うように胴を優しく撫でていた。



『なんか、お前ら先日に出会ったゴロツキとは思えねえ優しさを見せるよな。それはあれか?荒々しい傭兵が、ふと雨の中で寒さに震えている猫を

そっと温めるように抱き抱える描写を見せる事で普通の人が見せるそれよりもより一層優しく見せる的な心理を利用したアレをやってるのか?』



「いや、ゴロツキなのは変わらねえよ。なんだよその微妙に伝わるようで結果的によくわからねえ例えは…」



「ほんそれ」



『いんや、そういう一面を知れる事もまあまあ得した気分になるんだよ。俺も、特にニドがな…ん?』



魔剣は急に自分が少しずつ馬車から離れている事に気づく。

荷台から降りたニドが、ある方向を見つめながら歩いているのだ。


そこは、ラフが小便を済ましに入り込んだ茂み…



(え、まさか?)




『いや、まて。ニド?お前まさかそんな趣味があるのか?ねぇ、俺にはないからさ、せめて俺をそこに置いてってから趣に興じてもらっても―』



ニドはそのまま茂みの方へと進む。



『おいいいいいいいいいいいいいいいっ!いくら何でもそれは趣味じゃねえんだよ!そりゃあ、お前が人として何かの性癖に目覚めたのは良いことだ!

人間、変わった趣味を持つ方がキャラが立つし、色々なモノをお構いなく創っちまうような面白い事好きであろう神様にもそらぁ愛されるだろうよ!!

けどなぁ!頼む、頼むから聞いてくれ!耳の中に何か入ってるから聞こえないってわけじゃないだろ?な?そうだよな?言うぞ?言うからちゃんと聞いてくれよ、聞いてください!俺はそこまでの性癖を持ってねえし、本当は巨乳のシスターのが好みです!背徳に漆を塗ったみたいな鮮やかな彩り、イロモノが大好きなんだよ!解るか?それぐらいだ!みんなそうさ!ノーマルなんだよ!俺の性癖は、そこらの人間どもと好みはあんまし変わんねえんだよ!そうだ!あとメガネも好きだ!お前さんみたいな小さな少女に眼鏡属性じゃあ確かにデブのピエロのおっさんのシリアルのキラーさんみたいな奴しか需要が無いかもしれねぇけどよ!おれはそうじゃない!ニド!信じてくれ!おれは普通の性癖を持ったただの魔剣なんだ!死んでも野郎の粗末なガハロ・ワームが見たいわけじゃねえ!あ、そういえばあれは確かお酒で漬け込むと美味しいって話だよな!そうだ!それを飲めば気を紛らわす事だってできるだろうよ!でも残念だなぁ!!ニド!お前はまだ大人になってねえ!お酒は大人になってからって社会のルールで決まってんだよ!そこまで言えばわかるよな?聴いてる?お前の性癖も大人になってからじゃねえと通用しねえんだ!そういうのは大人になってからにしような!神様も見てるぞ!悪い子にはなるな!帰ってこい!行くな!ニド!いくなああああ!!!!』






「ジャバー、これは何?」




『ナニ?ナニが見えるのか!?ラフの…!!』




ルビーの水晶を必死に明滅させながら視界を反対に動かそうとしている魔剣。

実のところその体制は至極、魔剣にとって辛い。例えるなら人間が首を一生懸命に反対方向に捻り曲げているのと変わらない。

故に、その視線が、徐々に、ゆっくりと戻されてしまう…



目の前でニドが眺めていたのは、苔を纏って静かに佇む石碑だった。



『……おう、それは多分墓だ。誰のものなのかはわからんが…きっと祀られる為に作ったのに、今じゃあ忘れさられてしまって、そのせいで誰も手入れをしていないんだろうよ』



その緑色の石碑には文字が刻まれていた。




“我らの奇跡たる英雄、ここに眠る”




「どうして、忘れられたの…?」



『そりゃあ、時代が移ろい易く、世界の物忘れが激しいからに決まってるだろ。こいつは世界に置き去りにされたんだよ。

…どんなに偉業を成し遂げた人だったとしても、知らなければ、それは無いもんに等しい。英雄ってのは常に世のトレンドに振り回されっぱなしって話なんだよ。どんなに頑張った英雄だったとしてもな…ま、長い目で見たらの話だけどな』



「そう、よかった」



『なんで、そう思う?』



「だって、私がそれを知った。それを見つけた。そうすればきっと世界も思い出してくれるよね。ジャバー」



『…ああ、そうだな』



と、ニドは携えていたベルトパックのひとつから、騎士と竜の彫りが刻まれている金貨を取り出し

それを墓の上へとそっと置いた。



『おい!お前…なにやっちゃってるの?もしかして、お供え?お供えなの?』



「うん。だって、これは凄いものなんでしょ?だったら英雄みたいな凄い人にあげたほうが良いかもって」



(いや、確かにゲオルグ金貨はすげえって話だけど…)



『もう金貨が二枚になっちまうぞ?』



「まだ二枚あるからいい」



『そ、そうか…』



魔剣はその彼女の純粋なまでの行為に、頷くしかなかった。何より、飛んだ性癖の持ち主でないだろうという事に正直安堵していた感情のほうが

大きかったのだ。



ニドは、小さく頭を下げて、緑色の墓に「ありがとう」とだけ一言を贈った。








…サウッ






すると、一陣の風が吹き、ニドと魔剣の身体をサッと駆け抜けていく。同時に、何かが祓われたような感覚を二人は覚えた。



[ うそく尽、を意敬は我に択選るな粋純、思意のそ、汝]

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