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人々が望む故にさも醜悪な神をみる

―真っ白な世界。




そこに魔剣とニドは立っていた。


光の世界、というには、あまりにも何も無さすぎる。

しかし、虚無の感覚とは違い、どこか心地が良い。


五感全てに伝わる波のような揺らめき。

まるで、水の中でゆりかごのように揺れている感覚はニドにとって初めてだった。


だからであろうか。彼女は天を見上げたまま、全身で感じるその感触に満たされるように呆けてしまっている。



「ここは…どこなのだね?」



その声は、ニドの脇で小さく揺らめく光の玉から聞こえた。



「この場所はあまりにも奇妙だ。心象世界?…違う、この穏やかな風景。どこか疑問に思えてしまうが、それが…不思議と、失せていく―」



「あなたは、アレクサンドル?」



『その魂さ』



この場所に驚く事もなく、冷静に答える魔剣。



「ああ、結局、私の成れの果ての姿がこんなものだとはな…」



「ジャバー、ここは何処なの?」



『ここがどこかって?そうだな、簡単に言えば―…』



―ドクン



魔剣が言い切る前に、それは突然前に現れた。



―ドクン



白い空間を掻き分けて“それ”は現れた…否、そこに居た。



―ドクン



その形は不確定。


たとえばそれは木の形になろうとしていた。

たとえばそれは竜の形になろうとしていた。

たとえばそれは人の形になろうとしていた。

たとえばそれは鳥、獅子、もしくは葉、もしくは歯、もしくは刃

いくつもの伸びた手が枝のように分かれて、それぞれが心臓、脚、脳、眼球を握り締めている

あるいは鳥居なのかもしれない

あるいは山なのかもしれない

あるいは十字架が生えている、その上にはロウソクが並んでいる

足元で顔の無い頭がいくつも転がっていて、その中には髑髏も混ざっている。

…角がある、翼が生えている

歯車を並べている、雲を作り出そうとしている

扉が生えている、睡蓮が生えている


気づいてしまえば止まない程に、単語一つで認識できるモノが、一つの球体に押し込められて、

毛玉のように雁字搦めになっている。



その全てが大きな、大きな肉の塊。


ドクドクと脈をうっている。


開いた幾つもの口からこの世とは思えない呼吸音が聞こえる。



万物のありとあらゆる物を詰め込まれているが、

それ故に理解できる。



―それはこの世のものでは無いと。




『ここはな、“神”って呼ばれる奴が居る場所だ』





神。魔剣は確かにそう言った。




「…神。神だと?これが、神だとでもいうのか?」



『そうだ。お前らが信仰していた神だ。お前らが崇拝していた神だ。そして、お前がなろうとしていた神だ』



アレクサンドル司教の魂は小さく震えている。

当然だ。神とは、全知全能。そして清廉なる存在。そう思っていたのだ。



このようなありとあらゆるものを詰め込んだ肉の塊が神などと…



「これでは…あまりにも…」



『醜いだろ?』



「…」



『そうだ。こいつは神と呼ばれて、人の願いを受け入れ続けた。…受け入れ続けて、自身がそう成ろうとして、

人間がそれを否定して、新たな形を願い、人間がそれを更に否定して、更に新しい形を望み、繰り返す事でこいつはこうなった。

人智を超えた存在、言いようによっちゃあ間違ってねえわな。これを誰が想像出来るんだ?』




「魔剣。もし、その話が本当であるならば。何故、ここに連れてきた。いや、

何故我々を…お前のような剣が連れて来れた、この神と呼ばれた場所に来れる?」




『同類だからだ』



「同類?」



『俺は混沌と虚無。人々の理解出来ないという恐怖を体現させた存在だ。はじまりでありながら終わりとも呼ばれ、観測者の真実を嘘に変え、

嘘を真実に変える。人は遥か昔より、俺の事を厄災の起源と呼んだ。差異の要因であり、別離のきっかけであり、戦争の火種であり、永劫を下すものであり、選択の出題者である。1から10へと至る奇跡と厄災―』



No.1存在の奇跡:エグレオ


No.2差異の厄災:クァルベル


No.3接続の奇跡:ユーロギオ


No.4離別の厄災:アヴァドナ


No.5調和の奇跡:ドルオム


No.6戦争の厄災:エンディゴ


No.7叡智の奇跡:メガデロ


No.8永劫の厄災:ナーガスリム


No.9超越の奇跡:ゼノ・ファラディオ


No.10選択の厄災:ノグ・マザ



その表裏が織り成す物語の主。




『それがNo.0。混沌の厄災。災厄の伝承竜ジャバウォック。人から名付けられた名前だ』



「ジャバウォックだと?そんな名前、知るものか。厄災は2番目からではないのか?」



『知らないのも当然だ。だって、誰も知ろうともしない。知らないままのほうが幸せだ。だが、そうやって知らないまま仕舞われた存在が俺だ。知らない方がいい対象を意識するからこそ存在する事で、俺というヤクシャは在り続ける。俺には108程の呪いが施されているが、その全ては不可解を呪いという枠にハメて形にしようと繰り返し呪った末の結果だ。そうやって魔剣ジャバウォックは存在する。“この神もどき”の願いの為にな』



「神もどき…神の願いだと?」



『神は…アズィーは、俺を呪ってこのような剣の姿に変えやがった。俺に逆らえないようにした。自身への信仰が形を醜くし、俺という存在に近づく事で俺との同一化を恐れた。それは神の在り方を放棄する事になる。そうすれば世界には、人々の願いを叶え続けた事の反動…代償がそのまま世界に無尽蔵に降りかかる事になるからだ。アズィーはそれを恐れた。こんなザマになっても人間の事をいちいち気に掛けているんだよ』



「…」



『だから俺は復讐しないといけない。こいつに、こんな姿にされて自由を奪われてまで、何故のうのうと生きて懲りずに願う人間を救わなければならないんだ?俺にはこいつの気持ちなんてこれっぽっちも解らない。解りたくもない…お前の言うとおりだよなぁ。アレクサンドル。人間なんて、自分で代償も払わずに奇跡を待って祈るだけの何もしない豚と一緒だ。それでも身をこんなにまで醜くしてまで、叶えようとしている。だから神は嫌いなんだよ…』



ニドは黙って神と呼ばれたアズィーを眺める。



『…話を戻そう。俺がこの場所にお前らを連れて来れたのは、救ってくれと願う司教を、救うと決めた少女によって、アドメリオラという絶対的な意志、その点と点が繋がって天の頂きへと示したからさ。ニド、お前の意志がこの場所へと至った。お前はここでその意志の責任を果たせ』



「私の…責任?」



『本来、願いを叶えるには代償が必要になる。それをアズィーは今まで全て自身という存在を代償に人々に与え続けた。しかし、今ではそんな姿だ。

その姿である以上、人々の願いに答えることが出来る力は滴ほどに限られている。だが、お前が代償を支払えば、神は嫌が応にもお前の願いを叶えるしかない』



「代償?」



『厄災だ』



すると、ニドの足元から渦を巻いて頭一つ程の大きさのドス黒い塊が蠢きながら、彼女の眼前に現れる。

そしてそれは、次第に小さな黒い果実へと変貌して、ニドの手に渡る。



『これを、喰らえ』



「食べる?」



『お前の支払うべき代償は、その厄災を取り込む事。司祭が背負ったものも含め、アズィーが請け負ったその厄災を、心の内に受け入れる事だ。その黒き果実はそのほんの一部だ。

そして、厄災を身体に取り込んだままお前は世界で生き続ける。それこそが代償』




「これが代償だと?このような小さな少女に、厄災の全てを背負わせるのか。それでは契約ではないか…そう、悪魔の…」



『そうだ。俺は悪魔に違いない。だが、人々は時として願わずにはいられない。自身が幸せへと望むために、代償を支払う行為。司教。お前が一番よくわかっているんじゃないのか?自身が天へと望むために心の厄災を請け負う行為。それと何が違うというんだ?俺はそういった人間を好ましく思える。だからこそ、俺は最初にニドの意志の楔となる男を先ず第一に殺させた。失う事で得られるものを教えた。失ったものが己に降りかかる厄災ならばそれでいいと教えた。それこそ、ニドが知りたがっていたものさ』



「…っ」




「いいよ」



ニドは平然と答える。



「しかし、君は…代償を支払わなければならない。それが何を意味するのか解っているのか!?」



「ジャバー。これを食べればいいんだよね?」



『…ああ』



「まて!私は確かに救って欲しいと願った。だが、このような事…」



ニドは司教の魂へと目を向けて首を振る。



「私には、何もなかった」



「…なんだと?」



「私は、私を知った時から、何も無かった。何も許してくれなかった。…でも今は違う。今は、ジャバーがいる。私を許してくれて、私の知らない事をいっぱい教えてくれる。ジャバーはきっとみんなが仕舞いこんだ思い…この果実の味を知ってほしいんだ。教えたいんだよ」



「君は…どこまで…どこまで知ろうとするつもりなんだね?」



ニドは純粋に求めていた。自分に無い思いが、果たして自分の中で、どのような悲しみに、どのような憤りを、どのような憐憫を、どのような狂気を自分という空っぽな存在のなかで情動的に動き出すのか、ただ知りたかった。そして…



「ジャバーの本当の望みを、私は知りたい」



『…なに?本当の望み?前にもいったはずだ。ニド、お前の願いを叶える為にここまで連れてきた。俺にそんなものは―』



「うそつき」



キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーン



『ぐっ…がっ…ああああっ!あああああああああああああああああああああああ!!ニド!!おまえっ!!あがっ―』



魔剣はニドの「うそつき」という言葉を聞いた瞬間、呪いによって彼にしか理解しえない激痛が意識のなかで駆け巡る。



「あなたは、この神様を救いたいんでしょ?」



『…』



「今なら解る。あなたが私を選んだ理由。あなたは、この世界で代償を請け負う人間を欲していた。失う事で空っぽになった人間をずっと、ずっと、何度も何度も。だからこそ、本当に空っぽだった私を選んだ。そして、もっと空っぽになってほしいから、クリス…クリスの思い出に繋がるデリオさんを殺させた―」



『違う…俺はっ』



「いいの。私は、それでも知りたい。そして、感じたい。痛みも、苦しみも、不幸を、もっと彩った感情を…そして、その全てを背負ってでも、人はどこまでも歩き続けられるという事を、私は世界に…運命に示したい」



ニドは黒い果実を思いっきり齧り付く。

何度も、なんども、その果実が無くなるまで、その小さな口で喰らい続けた。




そして、彼女は言う。








「ああ、そう。人の気持ちって、こんな味なんだ―」













『大した奴だよ…お前は―』


















魔剣の刀身が大きく輝く。

そして、神と呼ばれた大きな肉の塊が、それに呼応するように大きく脈を打つ。






『―オマエ ノ ネガイ オシエロ』




ニドはその声が神アズィーから放たれたものだとすぐにわかった。




『オマエ ノ イシ ヲ チカラ ニ カエル』








「なら、お願い。私の、“私に関わって死んだ全ての人間”を生き返らして」







『……ウケタマワッタ オマエニ ヨッテ シンダ ニンゲン ヲ スベテ イキカエラセル』







そして、肉の塊が更に大きく脈打ち躍動する。






『ダガ サラナル ダイショウ ヲ モトメル』




「なにを欲しいの?」




『イキカエッタモノ ノ オマエ ニ タイシテ ノ キオク』




「……………いいよ」



ニドは思った。多くの厄災という感情を貪ったからだろうか。

彼女は不思議と普遍的な感情で、なおも強欲な事を言う。





「それも、私の知るべき事なのだから―」










『それでいい。ニド』






瞬間、魔剣は一瞬にして姿を変える。



その姿に見覚えがあった。



黒き蓮、ドラゴン。


否、そんな易しいものではなかった。


それ以上に禍々しいと思える存在。



喰らいつく顎、引き掴む鉤爪。


努潰える程に大きな巨躯は肋の如き鱗をうねらし。


首は木を巻くほどに靭やか。


あるものは凶しき蛇と


あるものは狂いし馬と


あるものは闇を泳ぐ魚と


あるものはひとごろしき鬼と


全てを知らぬままに、ただ知るは真滅の蠢き。昏き胎動。


背負う翼は明を隠す程に漆黒。


両の眼を炯炯と燃やしたるジャバウォック。





魔剣はこの白い世界で強大な黒竜となって姿を現したのだ。




『ニド、お前の意志を俺は尊重する。お前の理解は、俺が唯一欲したものだ。

だからこそ、お前のくれた痛みが、今は心地いい記憶となって残っている。

だからこそ、お前の願いの代償である厄災は…俺が代わりに喰らい受ける』




ニドの中にある厄災。それをジャバウォックはニドから引き剥がすように食い荒らし。

全てを飲み込んだ。




『ニド、お前の言うとおりだ』



ジャバウォックは大きな頭を降ろし、ニドに近づける。



『俺は、この黒きを…アズィーの背負う願いの全てを厄災として引き受ける。

いずれはきっと、俺は俺で無くなるだろう』



「ジャバーっ」



『その時は…ニド―』




『今度こそ、お前の手で、俺を…邪竜を殺してくれ』










それが、彼女の至った最初の物語の結末であった。

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