絶対意志の剣:アドメリオラ
―頼む…
―少女よ、魔剣よ…どうか…
―どうか、彼…繧ヲ繧ゥ繝シ繧ォ繝シを…繧「繝ャ繧ッ繧オ繝ウ繝峨―を救ってくれ…
ジョリ…ジョリ…
何かを削る音が聞こえる。
そこは正に異世界というべきなのだろうか。
先程まで、魔神と戦っていた筈の景色とはうって変わって穏やかな景色だけが視界を覆っている。
ジョリ…ジョリ…
エスカロッソは確かに発動し、刺した魔神を胸から吸い取っていた。
しかし、ニドと魔剣はそのままエスカロッソが放つ大きな白い光に全てを塗り替えられ
今、この光景だけが映し出されている。
先程まで壊されたことが無かった事にされたように存在する教会。
自分の耳でも感じ取れる穏やかな空気に運ばれてくる小鳥の囀り
噴水から流れ出る水の音がやけに心地いい。
だが、人と呼べる人は誰も、どこにもいない。
「ここは…?」
『さぁな、と言いたいところだが…』
魔剣には概ねの見当はついていた。
エスカロッソの光が導いたこの景色、その場所に何故彼女らがいて
何のためにこの場所に連れてこられたのか。
その答えはすぐに解った。
そんな教会の脇に置かれたベンチに、一人の男が座っている。
彼は小さくうずくまりながら、何かに没頭している。
…彫刻刀で、ずっと、木彫りの女神像を作っていたのだ。
『どうやら、俺たちは司教の心象世界の中へそのまま連れてこられたようだ』
「心象世界?」
『ああ、厄災は時として色々な形に変わる。竜はその代表だ。だが、魔神は人の持つ心に厄災がまとわりついて、
純粋な思いが、願いが、自分の身体や世界を追い越してしまった時に業の花を咲かせるんだ。そしてそれは魔神と呼ばれる』
「だから、こんなにも…寂しい」
ニドは感じていた。この世界は穏やかでありながら
何処か虚しさを漂わせている。
ジャ…、ジャ…
彼の女神像を彫るその音がとても小さく、あまりにも世界が動じていない。そんな虚しさだ。
「やれやれ、こんな所まで来て…君たちももの好きなものだ」
「…」
「そこで立ってても何も始まらない。私に用があるのだろ?さっさと座ったらどうなんだ?ほら、そこが空いているぞ」
司教はこの状況を理解しているのか、冷静な面持ちで、ニドと魔剣に自分の隣に座るよう促した。
ニドは返事はせず、ただ黙って隣に座る。
彼女は暫く穏やかな景色を眺めている。
「静かな場所だろう?」
「うん」
「心が清廉になってくるだろう。人々はこの教会の景色が好きだったのだ。時には子供らも訪れて遊んでいた。
君ぐらいの年齢の子だ。私は妻と共にこの教会で学び、育ち、いずれは共にここで死を捧げようと誓ったものだ」
「うん」
「…お腹は空かないかね?いつもなら教会で出すサンドウィッチは自慢の一品でね、時にはそれを目当てに来る者もいたものだ。
君もどうかね?」
「大丈夫」
「そうかね」
ジャリ…ジャリ…
再び訪れた沈黙の中で、
司教はいつまでも木を削り続けている。
それが女神像として作られているのが一目瞭然なのにもかかわらず、それが完成に至った感じがまるでしない。
「私は常に隣人を愛した。普通の者は当然ながら、気の触れた者、道化のような輩、罪人でさえも愛した」
それが私の役目であるから、と司教は言う。
「人は皆、常に救いを求めている。愛を求めている。理解を、奇跡を、力を、求めている。その身では余りある程を欲している。
それらを常に賜る事が出来る存在なぞ、神でしか有り得ないのだ。だから人は神を求める。神を欲する。何も学ばず、何も得ることもなく、
ただ漠然とした幸せを望んで、いつ来るか解らない奇跡を望んで、自分を貶め、他人を貶めて、ただ口を開けて餌を待ち続ける雛のように、
祈りを捧げる。神、神よ、神が、神の、神によって、神、カミ、かみ、神神神神神神と喚きながら。…いつからだろうか。
私は教本を閉じ、その信仰者共にエスカロッソによって心に澱んだ厄災を請け負う事が最善なのだと考えた。当然人々はよろこんだ。
満ち満ちた明日を待ち望んで教会を後にしていった。そして、私にもその役目をやり遂げたという実感、達成感で満たされていた。
…だが、繰り返しの日々で、エスカロッソを握る剣が重くなっていくのを感じたのだ。夜でさえも眠れなくなり、
この世界にどんどんと感触を奪われていくのを感じた」
(聖剣エスカロッソを使用する時の反動、か)
「私は気づいたのだ。人々を導き、救った筈の私が…なぜ救われていないのだ?と。
私の孤独を常に支えてくれた妻はもう、先立たれてしまった。司教という立場から、誰も私の弱さを認めてはくれない。
ある日から、私は声を聞くようになった。何処からともなく聞こえている声は私にこう言ったのだ。“誰もお前の事なんか気づきやしない”と
…私はある答えにたどり着く…誰も、“私”の事など感謝していなかったのだ。皆が皆、全てにおいてが神の御業だと語る。
私の意志は所詮、神の代弁者どころか、たんなる神のお膳立てしか出来ない土台にすぎない。そうとしか思われていないのだ」
司教は女神像を彫る手を止める。
「だからこそ。私は、神になるしか無かった。自分が救われるには自身が神でなくてはならなかった。そして、神という力こそが、私の意志であると
人々に…いや、世界に示したかったのだ。その為の力を欲した。そしてそれは、すぐ側にあったのだ…」
『それが、お前を厄災に駆り立てた真実か』
「…何故、お前が泣いている?」
「え?」
ニドは自身が不意に涙している事に気付く。
そして、それを黙って拭う。
「泣きたいのは私のほうだ。貴様のような小娘に、目論見を否定され、こんな胸の内を吐露しなければならなくなってしまったのだからな」
「…わからない。神様とか、願いとか、望みとか…私には本当の事だと言われてもどれが大事なのかなんてわからない…」
「…」
「でも、あなたの声が、とても切なくて。あなたの表情が、とても懐かしい気持ちになるの…。知らない誰かの為に、“自分じゃない誰か”でありたいのに…その自分を誰も見てくれない切なさだけが、私の胸を、強く叩いてくる…」
「同情かね?そんなものは結構だ。私の地獄行きはとうに決まっている。エスカロッソを託された思いを裏切ってまで選択した私に、最早救いなど無いのだ」
「………立ち止まらないで」
「…なに?」
「あなたの選択は、きっと正しい事なんかじゃない。でも、その気持ちだけは…誰かが受け止めないといけない、誰かが知って覚えて、人間として、学んでいかないといけない。それが人の責任なんだと…思う…」
「…私に、どうしろと?」
「何もしないまま、終わりになんてしないで。あなたの望む結果が失われたたとしても、あなたが進むべき道は
まだ、ここにある。目の前にある。だから…」
「だから、どうしろと言っているのだよ。魔剣使い」
「言って」
「わたしに、何を…言えと…?」
「言って欲しい、お願い。司教アレクサンドル・ウォーカー」
「……私の名前を何故…………………………」
「あなたは自分が本当に行きたかった場所へと望むべき。今からでも、言って」
ニドは知っていた。
光に包まれる瞬間聞こえていた声。
それが、彼の剣であるエスカロッソの言葉であり、その剣が望んだ最後の願いである事を
「………………………………………………………………………………………………………………………ってくれ…」
司教は、アレクサンドルは小さく搾り出すように言う。
懐から教本を取り出し、静かに見つめた後、抱きしめる。
その言葉を出す事がどれほどまでに惨めで、愚かで、みっともない事であるのかは知っている。
だが、少女に唯一である名を言われて、望まれている。顔を歪ませて、涙をしながらも、
そこに彼は心の奥で何かを駆り立てられる。口にしてしまいたくなる。
自分の最後の意志を、今度こそ、誰かにさらけ出したい想いを。
「私を…どうか…救っては…。救ってくれ…」
「―わかった」
ニドはその言葉を聞き入れ魔剣を抜く。
『お前はお人好しだ。自分の為に使う意志の力を、誰かを救う為に使う。それが、こいつが今までにエスカロッソでやっている事と
なんも違いがないってわかっているのか?こんな事を繰り返せば、お前もいずれはこいつみたいになるぞ?』
厳しく言及する魔剣の言葉に、ニドは顔を横に振る。
「ならないよ」
『は?なんでそんな事が言える。お前一人にそうならない自身が何処にあるんだよ』
ニドは魔剣のルビーに煌く水晶にそっと手を置く
「ひとりじゃないよ」
『…ニド、おまえ』
「私には、あなたがいるもの。ジャバー」
そのニドの表情は、とても柔らかで、愛おしさを思える程に優しく微笑んでいた。
ニドは魔剣を大きく天へと掲げる。
そして、彼女はその青空の奥へ、奥へと見据える。
「ねえ、教えてよ、ジャバー。私とアレクサンドルが、より良い場所へ行くためにっ。そして、一緒にその場所へいこう」
魔剣の刀身が大きく輝きを放つ。
『ガギマダイへの望み高く、至らん事は小さき蠍の死にゆく後悔を願いとして残し、空を踏み、黒曜を踏み、天蓋に至るは河の渦、十字の追うべし尊き意志より、差異を喰らいし代償を賜らん、木の根に一閃を刻む太陽よ、月よ、運命を壊せ』
天へと至る閃光を空高く放ち、雲を掻き分ける。
そして同時に、空から大きな門が開く音と、歯車が軋む音が万物を震わせるように響かせる。
…開いた門が見えもせず、何処かにあるわけではない、しかしゆくべき場所はとうに決めてある。
『…正解だ。ニド。お前には俺がいる。お前がニドで有り続ける限り、お前はそれ以外の何者になる事は無い。
ああ、そうだ。だから、世界にとっての最善では無く、お前にとってのたった一つの選択に至る最善へと、俺が導いてやる。だから―』
行こう、アドメリオラへ―




