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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

門前雀羅

作者: 佐藤朝槻

 

 少女は母に連れられて、灰色の家にやってきました。


 住んでいた伯祖母――亡き祖母の妹――が施設に入り、母が部屋の片付けをするので、ついてきたのです。


 少女もはじめは母を手伝っていましたが、すぐに飽き、遊びはじめました。

 埃にまみれたものに息を吹きかけ、埃がどこまで飛ぶか。少女よりも上に舞えば少女の勝ち。舞わなかったら負け。


 その遊びもすぐ退屈になり、少女は母の目を盗んで庭に出ました。


 手入れされていない庭では、雑草と黄色い花が入り乱れています。

 草の隙間に白い蝶々を見つけると、少女は雑草を踏み荒らし、掻き分けて前進しました。ですが太陽の強い光が差し込み、眩しい光で蝶々を見失ってしまいます。


 暑さをしのぐため、少女は木のそばに寄りました。庭に三本植えられた白樫しらかしの木は立派なもので、少女の姿を簡単に隠します。


 木陰で涼む少女の前に一羽の雀が降り立ちました。


「もし。そこのあなた。そうです、あなたです。よければワタクシ雀が昔見た話を聞いてはくれませんか。なに、羽休めの間だけでいいのです。羽を休めたら飛んでいきますから」


 少女は雑草も気にせずその場にしゃがみ、うんと頷きました。


 雀はありがとう、と鳴きます。頭を左右に振り、兎の真似をするかのように跳ね、立ち止まって地面をつつきました。


 少女が体を前後に揺らしながら待っていると、ようやく雀は落ち着きを取り戻します。


「この家がまだ真っ白な外壁で、あの老婆が少女だった頃の話です。あ、でもあなたよりはもう少し大人でした」



 ○ 



 この頃の伯祖母は、本当に平凡な少女でした。


 中学生のとき、初めて恋をしたのです。どうしたらいいかわからなかった彼女は、ただ少年と仲良くしていました。一緒に登下校したり、ときには遊んだり。ゆえに少年は彼女に好意を寄せられていることに気がつきませんでした。


 お互い進学先が別々であることはわかっていました。彼女は関係が終わる日を寂しいのに、行動には移しませんでした。受験に忙しく、考える暇がなかったのです。


 しかし、一方的な恋模様を終わらせるため彼女は決断します。卒業式に告白すると決めたのです。


 何度も何度も告白の言葉を、窓の外に浮かぶ雲を眺めながら考える姿がありました。告白を諦めようかと迷ったこともあったみたいですが、告白すると決めた心は燃えていました。


 結論から言いますと、この恋は実りませんでした。少年は確かに彼女のことを好いていましたが、恋と友情の違いに戸惑い、恥ずかしさが邪魔して頷くことができなかったのです。


 失恋少女は高校生になり、勉学や部活動、友達と遊びにいくなど、青春を楽しむことにしました。充実した人生でした。唯一、恋だけは過去に置いて。



 もうじき大学生。大人になり、女性となります。

 しかし、彼女に変化が起こりました。


 彼女の親は困惑した顔で彼女を見つめます。その表情に止めどない怒りと絶望を覚え、耐えられなくなり、彼女は親の視線を外して部屋にこもります。


 頭がおかしくなったのか、と彼女はぼやきました。

 腹はとうに空いていて、その香りには引き付けられて部屋を出たはずなのに、受け付けないみたいなのです。


 ご飯を一口、食べ、口のなかに居座る米粒をなめ回し、顎を動かして噛み砕きます。何回も噛んでいるうちに顎が疲れ、無理やり飲み込むと腹が痙攣し、気持ち悪くなってしまいます。


 彼女は席を立ち、自室に戻ると布団の上であぐらをかきます。横になったらせっかく飲み込んだ努力が無駄になってしまうからまだ眠れませんでした。


(どうしてこんなにも苦しいの? 私は、幸せになってはいけないの? 疲れた……)


 座りながら寝息を立てました。

 大学を退学した彼女は、治療を受けながら孤独の日々を送ります。


 その生活は彼女にとって幸せになることへの諦めを受け入れねばなりませんでした。つまり、何もしないことを大胆にやってみせました。

 幸福ではないが不幸でもない、物足りない日々が過ぎていきます。


 彼女は変わりました。みるみるうちに吐き気がおさまり、具合もよくなりました。


 外出できるようになると、彼女は元気がわいてきます。

 学校で出会った友達や、中学のときに一緒に帰っていた彼に会いたい、幸せをもう一度求めたいと願うようになります。


 残念ながらどれも実現しませんでした。

 再び自室にこもった彼女は、窓の外にいる雀をじっと見つめます。


「身軽なあなたが羨ましい。人の体はどうしてこうも重たいの? 孤独だと苦しいのに、どうして失ってばかりなのかしら。縁というなら仕方ない。それでも、すべて受け入れられるとでもお天道様はお思いなの? ああ、命を手放せたらどんなによかったでしょう。しがみつけるものがあったらどれほどよかったでしょう」


 項垂れた彼女の目からはたくさんの涙がこぼれ落ちていました。



 ○



 羽休めを終えた雀は飛び立ちました。

 話したいだけ話して飛んでいく姿に、クラスのお喋り好きみたいだ、と少女は呆れ果てました。


 背後から母の声が聞こえると、少女は雀の話に出てきた彼女も、雀のことも忘れてしまいました。


 室内に戻り、手伝いの再開です。 

 部屋から庭のほうに目を向けると、雑草が生い茂り、ところどころにゴミ袋が積まれていました。立派な白樫の葉先も傷み、目隠しの役割は果たしていませんでした。眺めているだけでも額から汗が浮かびます。


 少女は大きな声で母を呼び、アイスをねだるのでした。


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