冤罪で婚約破棄されて処刑された聖女は逆行転生して復讐する
「サンドラ! お前との婚約は、破棄させてもらう!」
ニコラス王子殿下は、私に婚約破棄を告げた。
その声と同時に、近衛騎士が私を包囲した。
騎士達は、敵意を込めた表情で私を睨んでいた。
「……ニコラス様。これはどういうことですか?」
「とぼけても無駄だ! お前が偽聖女であることは、もう分かっているんだ! 真の聖女アリアが現れた今、もう偽聖女のお前は用済みなんだよ!」
「……え? 私は本物の聖女ですよ。ところで、アリアとは誰ですか? 現在、生きている聖女は私一人のはずですけど……」
「お前と違って、アリアは奇跡を起こしてくれた! アリアのおかげで、僕は真実の愛を知ることができたんだ! それなのに、お前はアリアを妬み、アリアを虐待していたそうじゃないか! この罪は死刑に値する!」
「ニコラス様、落ち着いてください。私はそもそもアリアさんのことを知りませんし、虐待したこともございません!」
私はニコラス王子殿下を宥めたが、王子殿下の怒りが収まる気配はなかった。
ニコラス王子殿下の目は血走り、明らかに正気を失っていた。
……もしかすると、ニコラス王子殿下は誰かに魅了され、操られているのかもしれない。
恐らくは、アリアという女が犯人だろう。
魅了状態を解除するためには、万能薬を飲ませる必要があるが、あいにく手持ちは切らしている。
一旦、自宅に帰れば万能薬を用意できるけど、騎士達が邪魔だ。
幸い、近衛騎士団長のデュランとは親しい仲だ。
交渉してみよう。
「……あの、デュラン様。ニコラス王子殿下は正気を失っていて、治療が必要です。万能薬を用意してきますので、道を開けていただけますか?」
「サンドラ! 俺はもう、お前みたいな偽聖女には騙されないぞ! アリアに会って、俺は全ての真実を理解したのだ! 偽聖女であるお前が死ねば、世界は救われるんだよ!」
残念なことに、デュランもアリアに魅了されて正気を失っていた。
デュランは近衛騎士団長であり、魅了対策の訓練は受けていたはずなのだが、アリアという女はそれを上回る魅了能力を有しているようだ。
デュランだけでなく、他の近衛騎士も、ニコラス王子殿下の取り巻き貴族たちも全員魅了されていた。
私は聖女であり、他人を回復するのは得意だが、戦闘は専門外だ。
この大人数が相手では、勝ち目はない。
こうして私は捕縛され、処刑場へと連行された。
「ま、待ってください! せめて、死刑を執行するのは裁判の後にしてください! 私は無実です!」
「うるさい! 今すぐ死ね!」
こうして、私は冤罪で婚約破棄されて処刑された。
◇
そして、私は逆行転生して生き返った。
18歳の頃に処刑された私は、10歳の頃に逆行転生した。
万が一の備えとして、転生術式を仕込んでおいて良かった。
……さて、私はどうすればいいのだろうか。
私を嵌めた犯人は、アリアという女だが、私はアリアの顔も年齢も姿形も知らない。
そもそも、アリアが本名である保証は何一つない。
ただ、魅了スキルを持つ者は自己顕示欲が強いので、アリアが本名である可能性は高い。
とりあえず、アリアが本名である線で調査を進めよう。
アリアは、成長すると王族や貴族を片っ端から魅了して、私を処刑するような危険人物だ。
だが、10歳の今なら、魅了スキルもまだ未熟のはず。
早めにアリアを見つけ出して、暗殺すれば、危機を未然に回避することができる。
私はリルタキル公爵家の長女であり、暗殺者ギルドに伝手がある。
暗殺者ギルドは情報収集能力も高いので、今回の任務には適任だろう。
私は馬車に乗り、暗殺者ギルドに向かった。
◇
暗殺者ギルドは、裏路地の酒場の地下にある。
「……おや、お嬢。どうしたんだい? 一人で来るなんて、珍しいな」
暗殺者ギルドに入ると、ヒューズが出迎えてくれた。
ヒューズは凄腕の暗殺者だ。
ヒューズは黒髪で長身のイケメンで、身体はよく鍛えられていて引き締まっている。
「依頼があるの。アリアという魅了スキルを持つ女を探し出して、殺してきて」
「……理由は何だ? 俺は子どもの喧嘩に関わるつもりはないぞ」
私の依頼を聞いて、ヒューズは怪訝そうな表情を浮かべた。
「喧嘩じゃないわ。予知夢で、この女が王子殿下や貴族たちを魅了して、王国を破滅させる光景を見たのよ」
リルタキル公爵家の者は予知夢のスキルを持ち、この予知夢で見た内容は高確率で実現する。
この予知夢で積み上げた功績で、リルタキル家は公爵家まで昇格したのだ。
「……予知夢か。それなら、仕方ないな。依頼を引き受けよう。アリアの場所は分かるか?」
「……分からないわ。ただ、アリアが王子殿下を魅了するために近づくのは8年後だから、それまでは比較的安全のはずよ」
「……念のために、ニコラス王子殿下にも監視を付けておこう。そこからアリアを辿れるかもしれない。俺はまず戸籍を確認して、10歳の魅了スキルを持つアリアを探してみよう。魅了スキル持ちは珍しいから、それだけでだいぶ絞れるだろう」
「そうね。よろしく頼むわ。アリアを見つけたら、教えてね」
「了解」
こうして、ヒューズにアリアの暗殺を依頼して、暗殺者ギルドを立ち去った。
◇
3日後、ヒューズが報告に来た。
「朗報だ。候補は1人しかいない。アリアという少女は、オリエリ孤児院で暮らしている」
「孤児で良かったわ。孤児なら、後ろ盾がないから不審死しても疑われないわね」
「……なあ、サンドラ。本当に、アリアを殺す必要があるのか? 遠目から確認したが、アリアは皆から愛される善良な少女だったぞ?」
「ええ。魅了スキル持ちは、確かに誰からも愛されるわよね。そして、皆からちやほやされて現実が見えなくなって破滅するのよ。念のため、ヒューズも万能薬を飲んでおきなさい。魅了されているかもしれないわ」
私は、ヒューズに万能薬を飲ませた。
すると、ヒューズは頭を抱えた。
「……馬鹿な。この俺が、あんな小娘に魅了されていたのか? アリアを一目見て、危険を察知して即座に殺そうとしたのに、気がつくと殺意が鈍っていて、『アリアを守りたい』という思いすら植え付けられていた……」
暗殺者は、綿密な魅了対策を行ってから任務に臨むものだが、アリアの魅了スキルは、ヒューズの魅了対策を貫通したようだ。
やはり、アリアは危険だ。
今すぐにでも、アリアを殺さなければならない。
「私が手作りした護符を渡すわ。この護符さえ身に着けていれば、魅了スキルは絶対に通じないはずよ」
「……お嬢、そんな便利なものがあるなら、先に渡してくれよ」
「……ごめんなさい。まさか、私も、10歳のアリアの魅了スキルがそこまで強力だとは思わなかったのよ」
スキルは、成長と共に少しずつ効果が強くなり、18歳の頃に全盛期を迎える。
だが、アリアの魅了スキルは、10歳の現時点でもあまりに強力すぎる。
「……ヒューズだけに任せているのは不安ね。暗殺には、私も同行するわ」
「了解」
こうして、私とヒューズは、アリアを暗殺するためにオリエリ孤児院に向かった。
◇
オリエリ孤児院は、真っ白な壁が眩しい、大きな建物だった。
一般的な孤児院は予算不足で困窮しているが、オリエリ孤児院は金には困ってなさそうだ。
庭からは、子どもたちのはしゃぎ回る声が聞こえる。
子どもたちの栄養状態は良好そうで、顔色も良い。
「おや、お嬢様。ようこそいらっしゃいましたな」
人の良さそうな白髪の神父が、私たちを出迎えてくれた。
表向きは、私たちの目的は孤児院の表敬訪問だ。
ヒューズは執事の格好をして、私に付き添っている。
神父の名はフレディで、この孤児院の経営者らしい。
「それにしても、この孤児院の子どもは皆幸せそうだし、お腹いっぱいご飯を食べているみたいね。素晴らしい孤児院を作る秘訣を教えてもらえないかしら?」
「秘訣? ……実は、この孤児院も、あの子が来るまでは、どこにでもあるような、普通の孤児院だったのじゃよ」
そう言って、フレディは過去を懐かしむように瞳を細めた。
「……あの子?」
「ああ、アリアちゃんのおかげじゃよ。アリアちゃんが頑張って献金を集めてくれたおかげで、壊れかけていた建物を再建することができたし、皆がお腹いっぱい食べられるようになったし、教育も施せるようになったのじゃよ」
「……アリア?」
早速、ターゲットの名前が出た。
思わず、私は険しい表情を浮かべた。
「ええ。ちょうど今、パンを焼いておるところじゃ」
「その、アリアという子に会ってみたいわ。いいかしら?」
「構いませんぞ。大歓迎じゃ!」
こうして、私はアリアに会うことになった。
◇
「はじめまして、サンドラお嬢様! 私はアリアです!」
アリアは、桃色の髪をした、可愛らしい少女だった。
見た目はいかにも無害そうで、8年後に私を殺しそうな雰囲気は感じ取れない。
「夕食の時間じゃ。せっかくだから、皆さんもここで食べていきなされ」
この孤児院の夕食は、焼き立てのパンと焼肉。
肉は、よく脂の乗ったオーク肉で、貴族層ですら祝い事でしか食べないような高級肉だ。
アリアのおかげで、この孤児院は荒稼ぎしているようだ。
「……ねえ、アリア。あなたが、この孤児院の経営を支えてるって聞いたけど、本当なの?」
「はい! 私が、みんなのために頑張ってお金を集めてます!」
「……本当に、まっとうな手段で稼いでるのよね? 犯罪はしていないわよね?」
「……え? そ、そんな……私、悪いことなんてしてません! ただ、あちこちを回って、孤児院への献金をお願いしているだけです!」
うるうると涙を浮かべて、アリアは答えた。
魅了スキルだけでなく、それ以外の細かな面でも、他人の同情を引くように計算された振る舞いだ。
「それは儂からも保証しますぞ。アリアちゃんはいい子じゃ。犯罪なんてしておらん」
「……念のため、どこから献金を得ているのか聞いてもいいかしら? 街の人から集める程度だと、絶対に足りないわよね?」
「……その……これは、本当は教えちゃいけない秘密なんですけど……私、実は真の聖女なんです。だから、教会本部からの補助金も受け取れているんですよ」
真の聖女!?
この時点から、アリアは真の聖女を自称していたようだ。
アリアの発言によると、教会本部もアリアを真の聖女だと認定しているらしい。
しかし、教会は、世界で一番魅了対策が厳重な場所だ。
いくらアリアの魅了スキルが強力でも、そう簡単に教会関係者を魅了できるとは思えない。
「真の聖女なんて、初めて聞いたわ。普通の聖女と、何が違うの?」
「はい。私は……なんと、死者を蘇生することができます!」
そう言って、アリアは自慢げに胸を張った。
「ありえないわ……死者蘇生なんて不可能よ!」
思わず、私は叫んでしまった。
死者蘇生が不可能であることは、既に完全に証明されている。
回復魔法により、重傷者を癒すことは可能だが、死者は絶対に生き返らない。
それが世界の理だ。
「……うーん、実例を見て頂いた方が分かりやすいかもしれませんね。葬式場に行きましょう!」
こうして、私たちは葬式場に向かった。
◇
私たちは、葬式場に到着した。
「生き返らせるためには、死んでからあまり時間が経っておらず、生き返りを望む遺族の方がいらっしゃる必要があります。皆の呼ぶ声を拠り所にして、死者は現世へと帰ってくるのです」
葬式場では、ちょうど兵士ジャックの葬儀が行われていた。
ジャックはモンスターの群れを相手に勇敢に戦い、街を守って死んだようだ。
ジャックは人望があったようで、ジャックの死を悼む人々が多数参列していた。
「おお! アリア様! お願いします! ジャックを生き返らせてください! 謝礼は惜しみません!」
ジャックの母親が、アリアに縋り付いてきた。
「かしこまりました! 【リザレクション】!」
そうアリアが詠唱すると、棺が光に包まれた。
そして、棺の中から、生き返ったジャックが起き上がってきた。
「……う、嘘……」
アリアは、本当に死者を蘇生させてしまった。
もしかして、アリアが本当に、真の聖女なの?
だったら、私は偽聖女なの?
アリアが正しくて、私は死ぬべきなの?
いや、そんな未来は認めない!
どんな理由であろうと、私を殺したアリアは絶対に許さない!
「……アリア、お願いだ。金ならいくらでも出す! 亡き妻を生き返らせてくれ!」
ヒューズは、アリアにそう提案した。
なるほど、いいアイデアね。
もしアリアが死者蘇生に応じれば、うまくアリアを孤児院から引き離して、人気のない場所に誘導できる。
「……奥様が死んだのは、いつ頃ですか?」
「1年前だ」
「うーん……それだと、生き返らせるのは難しいかもしれません」
「頼む! ダメ元でもいいから、やってみてくれ!」
「……分かりました。成功確率は3割ほどでしょうけど、やってみます。失敗しても、恨まないでくださいね」
こうして、私たちはアリアを連れて、ヒューズの妻が眠る墓地に向かった。
墓地は人がおらず、閑散とした雰囲気だ。
人を殺すにはいい場所だ。
私は、懐に忍ばせた毒塗りダガーにそっと触れた。
「……奥様の墓はどこですか?」
「そこだ」
ヒューズは、墓の一つを指差した。
「生き返らせるためには、死者の骨が必要です。骨はどこですか?」
「待ってろ。今掘り出す」
そう言って、ヒューズは墓を掘り返し始めた。
アリアの注意は墓に集中していて、無防備な状態だった。
今だ!
私はナイフを抜き、心臓を狙って振り下ろした。
ドスッ。
軽い音を立てて、ナイフが突き刺さったアリアが倒れる。
「……え? なん……で?」
アリアは、ナイフを刺した私を見て、呆然としていた。
毒が回り、アリアの身体から急速に力が抜けていく。
そのまま、アリアはほとんど抵抗することもなく、あっさりと死んだ。
どうやら、自分自身を蘇生させることはできなかったようだ。
「……お嬢。本当に、これで良かったのか?」
「ええ。これで依頼達成よ。……ごめんなさい、あなたの妻を生き返らせてから、アリアを殺すべきだったわね」
「いや、俺の妻は浮気して、他の男の子どもを妊娠してから、毒を呷って死んだロクデナシさ。生き返らせる価値なんてない」
「そう? それなら、私と結婚してくれないかしら? 私、今はニコラス王子殿下と婚約してるんだけど、あの騙されやすいロクデナシとは絶対に結婚したくないの。デュランも私のことが好きみたいで、よく付きまとってきてうるさいのよね」
「了解」
その後、ニコラスとデュランは流行り病で相次いで死亡し、私はヒューズと結婚した。
こうして、私は復讐を完了した。