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52.エンスト・ヴァヴェルという男

「俺達の事……か? そうか、俺等質問ばっかして、自分達の情報あんまり言ってねえっけな。あんたが話を続けてもいいって言うなら止めはしないんだけどよ。もし気分が優れなくなったら、ここには宿屋がある。そこで泊まったらいい。宿代は俺が出す。話を聞いたらそれっきりで、今日は休んだほうがいい。あんたの身の為だ」

「そんな、そこまでして下さるなんて、まだお礼も何もしてないのに……」


 私がそう謙遜して小さくなっていると、グリフは瓶の蓋を開けて私に「酒、飲むか?」と訊く。勿論直ぐに首を横に振った。

 中身を見る限りビールでも焼酎でもないそれは、瓶のラベルを見る限り、どうやら「ヴィノ」というお酒らしく、赤紫色をしていて、何だかワインのような見た目だった。多分、この星の特産物なんだろう、とお酒が注がれる様子に見惚れる。

 トクトクとジョッキに注ぐ音は心地良く、私の沈んだ心を持ち上げてくれるようだった。


 グリフは、表面張力のギリギリ対応できる本当に溢れる寸前までヴィノをたっぷりと注ぎ、そして半分位まで一気飲みした。沢山飲んだせいなのか、直ぐに顔が火照ってのっぺりと机に突っ伏した。もう眠そうなのが見て取れる。


 このギルドに来て夜ご飯を食べ始めてから、ずっと何かとグリフが負担をしてくれている。地球人である私達の為に奢りでご馳走してくれて、災害クラスについても教えてくれて。

 ここまでされて恩返しも何もしないなんて、私の良心が痛んで仕方ない。

 でも、グリフに私は何ができるんだろう。Sランクの冒険者なんてお金にも名声にも困ってないだろうし、一体どうすれば__


「俺等はSランクになりゃあ人気出て女の子と色んな事できるとか思ってたんだけどよお、現実はそう甘かなくてよお、俺等の威厳が強すぎて近寄れないだの何だのって、結局はギルドの誇りみたいに尊敬の対象になっちまってよお! 今は寂しくSランク冒険者として、プロとして金稼いでんのさ……」

「そう、だったんですね」


「そーだよ! 俺はこんな目的の為に冒険者やってんじゃねーんだよ! もうこんな職業クソ喰ら__」


 それを最後にグリフは机にしがみつくように動かなくなってしまった。もしかして本当はグリフさん私達に格好つけようとして苦手なお酒飲んだんじゃ……

 そんな私の憶測は見事に命中する。


「あーあ、いつも飲まないヴィノなんて飲むから……」

「グリフったらいっつも3%の奴飲んだら一時間もありゃ酔い潰れちまうもんな……」


 と、仲間は苦笑する。


「しょうがない、代わりに私が皆の紹介する。それでいいな」「あいよー」「あざーす」


 そう言って手を挙げたのは金髪ローーーングの緑の目がキリッ、ってなっている漫画にでも出てきそうなイケメンだった。実際の姿がどうなのかは知らないけど。

 その人は口調、清潔感、そしてエレガントな服装からも、しっかり者だ、という先入観を植え付けられそうな程清楚の極みを行っている。

 ていうか、この人が「それな!」と言っているのを見ると絶対に腹を抱えて笑う自信がある。失礼なのは分かっているけど、ギャップに耐えきれない気がしてならない。


 と、変な妄想を一人楽しんでいると、その人が話し始めた。


「私の名はエンスト・ヴァヴェル、29歳だ。二つ名では閃光のヴァヴェルと周知されている。そして、こんななりだが、一般市民だ。職業は冒険者として剣士をしている。呼び方だが、仲間にはヴァヴェルの方で呼ばれている。だから気軽にヴァヴェルと呼んでくれたまえ」


 確かに、剣士らしい風格がある。闘っている姿は、さぞ美しいんだろう。……タイプとかではないけど。


「グリフの紹介だが、名は、グリフ・ノーゼ私と同じ剣士だ。酒に弱い。そして、兎に角強い。確かこの前は災害クラスA2のエンペラーを一人で討伐したらしい。グリフは私との稽古では一回も負けた事がない程だ。だが、決して私が弱い訳でもない。一応私はこのパーティのナンバー2。ただ、グリフが強すぎるんだ」


 やっぱりSランク冒険者は格が違うなあ。一人で災害クラスAを討伐できる力があるって事は、それはもう仲間がいた場合、災害クラスSとかも討伐できるって事!? す、凄すぎる。私達の力じゃ到底敵いそうにないや……


 エンペラーと言えば、私達がビガイに条件提示された時に出てきた名前だ。災害クラスA2って、もう名前も皇帝って言うんだしだし余っ程強いに決まってる。じゃなきゃその名は冠せない。

 ……やっぱり、ビガイの奴何か企んでるでしょ! 私みたいなただの高校2年生のか弱い女の子をあんなバチバチの戦場に送り込んでさ! 可笑しいに決まってた。

 でも今のところ強くなっただけだし、……まあいっか!


 私はヴァヴェルの話耳を傾ける。大切な情報は一言も聞きそびれないようにしなければならないのである。


「グリフとは初期から共に行動していて、個人的な付き合いで言えば10年以上になる。どうか、宜しく頼む」


 ヴァヴェルは深々とお辞儀をする。これには誰でもいい人だな、と感心してしまうだろう。正に礼儀正しい人だ。

 そしてヴァヴェルはこう続ける。


「それと、そこの、雨音と言っただろうか。可憐な少女に一つ質問がある。良いだろうか?」


 そう言ってヴァヴェルは雨音の方を指差す。話の出番が少なく、ご飯を食べる事に集中していた雨音はいきなりそう呼ばれてビックリしたのか、「え!? 何!?」と状況が理解できていないようだった。

 それにしても可憐な少女って。プロポーズでもする直前かっての。


「あーらら、また始まったよ。アレ」「本当に良く続けられるよなあ」


 何の事だろう? まあいいや、今はヴァヴェルと雨音の会話の方が気になる。


「え、えっと……どうしたんですか? ヴァヴェルさん」

「……初めて見つけた時からずっと貴方を見ていた。全てが美しい。君を見ると私の心が踊るようだ! いや、もう率直に言おう。私の妻にならないか?」


 「は!?」と思わず声に出て、椅子から転げ落ちそうになる。急いで口を塞ぐが、聞こえてしまっただろう。しかし、ヴァヴェルは表情を歪めない。本当に真摯な心で雨音と会話しているんだろう。

 いや、そうだとしてもだよ!? いきなり何!? 何で本当にプロポーズしちゃってんの!? てかここ公共の場だよ!? 羞恥心0なの!?


 雨音は当然の如く顔が真っ赤になって焦点がズレ、頭からはモクモクと湯気が出ている。急にそれを言われたせいか、雨音は「あ」としか言えなくなり、多分放心状態になっている。持っていた箸がポトリと茶碗の上に刺さったのがその証拠だろう。


 ヴァヴェルのいきなり過ぎる言動に半ば呆れていると、仲間の一人が私の耳元に寄ってこう言う。


「夏目殿。一応説明しておくとな、ヴァヴェルはああいう身なりしてるけども、一応独身なんだよな。でもな、自分の容姿には相当自信があるらしくてよ、一目惚れした人に猛烈なアプローチ仕掛けていつも失敗してんだな。それだからこのギルド内ではヴァヴェルのプロポーズが名物みたいになってんのさ」

「は、はあ……」


 その男の見た目は完全に黒ずくめだ。タイツみたいなので全身が覆われて、黒以外の色がない。息苦しくないのか不安になる。

 後、どうやって食事をしているのか気になる。グリフの方ばっかり見てたから存在以外気にしてなかったっけ。


 理屈は分かったけど、なーんか納得しきれない。どう考えても急にプロポーズはあたおかじゃないかと、どうしても私の頭がそう訴えてしまうのだ。


「それで、返事はどうなんだ? 私は待ち切れない!」

「ぇ、ぇぇっㇳ……」


 雨音はあたふたして落ち着きがない。まあ私ならもっと喚き散らす自信あるけど。

 そしてさっきの仲間がこう続ける。


「そんでさ、余りにも熱量が凄過ぎるせいで誰も許容できないんだな。いくら顔が良くてもこんなに積極的で暑苦しいとなあ。色んな男を占ってきた俺でもありゃあ流石にやりすぎだと思う。ま、悪ぃ奴じゃないんだ。そこの辺は多めに見てやってくれ。そんだけSランクなるとパーティの癖が強くなるんだ。Sランクの宿命って奴? あ、そういや俺の自己紹介はヴァヴェルに任せるから俺からは言わないぜ。お楽しみって奴だ」

「は、はあ…………」


「どうなんだ? どうなんだ?」


 ヴァヴェルは更に雨音に迫る。見てるだけで息苦しくなりそうな熱量だ。

 すると、雨音が思い切った行動に出る。


「え、えっと、すいません! あんまりタイプじゃないっていうか、兎に角すいません!」


「あらら」「ま、いつも通り、だな」


 お、断った! 流されやすい雨音が断ったぞ! 無人牢獄にいた時はいっつも私の意見には結局賛成しちゃう、みたいなのが多かったんだよなあ。この短期間で成長を感じられる!


 とまあ、ヴァヴェルは落胆した。絶望してこの世の終わりのような目になっている。ヴァヴェルから半径1m以内は空気が重くて圧死しそうだから近付くのは今はよそう。


「そうだよな、私はそうだよなあ……いつまで経っても婚約者ができない運命なんだあ……」


 ヴァヴェルは静かに椅子に腰を下ろし、グリフが残したヴィノが入ったジョッキを取って一気飲みした。

 ……そして予想通りグリフと同じように机に突っ伏して眠ってしまった。その瞬間、どっと笑いが巻き起こる。

 何? このパーティの人は皆お酒弱いの……?


 進行役がいなくなり、混沌とした空気がギルドに漂う。そっと時間を確認し、まだ7時半を回った頃なのに驚く。数分すると、手を挙げて次に進行役となるであろうその男が立った。


「ハハ、これで、今起きてるのはあんた等二人を除いて四人、か。じゃあ、次の進行役は俺だな」


 あ、さっきの全身黒タイツの人だ。多分、同族同一視化を解除してもおんなじ見た目だろう。そう思うと何だか安心感のある見た目だな。某漫画の人ではないだろうけど……


「ヴァヴェルに紹介してもらおうと思ったのに結局こうなるのな……まあいい。じゃ、俺の自己紹介をする。俺の名前は、ポリ・ユケドンテリ・タルテル、隠密のポリなんて言われてる。自分で言っちゃあ何だが、変な名前だろ? だから、愛称は最初と最後を取って、ポリテルってんだ。職業は冒険者兼占い師兼殺し屋だ。大体遠距離攻撃して味方のサポート役って感じの立ち回りしてる。よろしくな!」


 やっぱりSランクは癖が強い、いや、強すぎるのかもしれない。


 この時既に私は心の曇り空が晴れ、話が気になって仕方がなくなっていた。その事に気付いたのは布団に入ってからの事である。

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