39.雨音
猛毒の熱帯雨林……?まさか、そこら中の植物が毒を持っていたりして……いや、きっとそうだ。全く、普通の戦闘は無いのか。
この階層は何をすれば制覇された事になるんだろう……?
辺りを見渡しても敵らしき姿は見当たらないし、かと言って他の何かがある訳でもない。これはどうした物か……
そう悩んでいると、いきなり右腕に何かが刺さった感覚がする。誰かに攻撃された?だとしても余り痛くない。何が起こったのかと自分の右腕を見ようとすると、雨音が血相を変えて「あぁぁ……」とおろおろして私、厳密に言えば私の右腕を見つめていた。
何がそんなにヤバいのだろう。それ程痛くもないんだ、軽症に違いない。
そう自信満々で痛みのする右腕を見ると、予想を遥かに凌駕する物が腕には刺さっていた。
「………矢?」
それはどっからどう見ても矢だった。しかも先っぽが完全に上腕三頭筋あたりにぶっ刺さり、血が滴り落ちているではないか!私は急に青ざめ始め、抜いてしまおうか考えた。
こんなに腕の肉をかき分けるように綺麗に刺さっているというのに、痛みはそこまで、いや、全く感じない。と言うか、右腕の感覚すらもない。この非現実的な状況に引いてはいるが、痛みは無いため冷静には考える事が出来た。そもそも、この服装でジャングルに二人で来ている時点で非現実的なのだけれど。
「お姉ちゃん、それってもしかして神経毒じゃ……?」
雨音からそんな言葉を投げかけられた時、この矢の意味にやっと気付いた。まさか神経毒とは……それなら早く体に回る前になんとかしなきゃ……
まあ、はたから見れば矢が刺さっても気にしていないヤバい人だからそう思っても仕方ない。
私は迷わず魔法で布を作り、矢を抜き捨て、布をグルグル巻きにして、ヒールで何とか傷口を塞いだ。右腕が思うように動かせないから少し手間取ってしまった。神経毒ってヒールで治るのかしら……
それよりも、矢が飛んできたって事は、誰かが私達を狙っている、という事。遠距離型は今まで闘ってないし、慣れていないからむやみに動かず、その場に留まっておいた方が有利かな。
次の攻撃は何としても受けるのは避けたいから、物理防御バリアは張っておく。
「ごめんね、何もしてあげられなくて。もっと私に力があれば怪我なんてさせなかったのに……」
私は、雨音の落ち込んだ顔を見るのが嫌いだ。雨音だけはいつも笑顔でいて欲しい。そう思うようになったのはいつからだろう。
「雨音、今たらればを数えてどうするの!私はあなたのお姉ちゃんなんでしょ!?それなら、守ってあげるのはどっちか考えたら分かるでしょ?そうやって自分ばっかり犠牲にして、あなたは自分を好きになった事があるの?」
雨音は黙り込む。強く言い過ぎた?いや、雨音には今自分を大事にする心が必要だ。毎回自分は、自分はだなんて言ってたらいつ限界が来ても可笑しくない。右腕は……良し、ヒールのお陰でもう感覚は戻って来てる。
「雨音。もう私の腕はだいぶ動くようになってるから。人を心配してくれるのはとっても嬉しいし、優しくて凄くいい子だなって思う。でもね、自分を犠牲にしてまで人を心配するのは、悪い子。たまには自分を労ってあげないと。そうしないと、いざとなった時、本気で闘えなくなるでしょ?」
雨音は静かに何度も頷いた。そして、地面に小さな水溜りが出来た。私はそっと背中を擦った。
そうだもんね。思春期で、受験シーズン真っ只中に、あんな事が起こって、いきなり未来に行ったり過去に行ったり、そりゃあ、自分を見失っちゃう。私だってそうなる自信がある。
そう考えると、雨音は凄い。いきなり知らない場所にやって来て、知らない人に声を掛けられて、自分を偽って、大人しく見せるだなんて普通の精神力で出来る事じゃない。
多分、待遇的にも昔から環境への適応能力は高かったって記憶を取り戻した時に雨音が言ってたし、それだけ、雨音が未来にやって来た時に桃音さんがしっかりした人で、雨音を救ってくれたからなんだろう。
この間、バリアを張っていたから矢を食らわずに良かったのだが、もし張っていなかったら相当な数の矢が自分の体に突き刺さっていただろう。考えるだけで鳥肌が立つ。
◇◇◇◇
「お姉ちゃん、有難う。私はもう大丈夫。これからは、自分の事も大切にする」
どうやら落ち着いたみたいだ。良かった。私が親みたいな事言ったからもしかしたらしつこくて嫌いになると思った……
「じゃ、気を取り直して、まずは狙ってきた敵を倒さなきゃね」「うん」
今に至るまで5,6分は経ってるから、手早く倒したい所。次の階層が強くなってしまったら流石に軽症では済まなくなる。誰でも痛いのは嫌なのだ。
矢が飛んできた方向から察するに、敵は木の上か上空から狙ってきている可能性が高い。水平に矢を放ってしまえばどこかに引っ掛かってしまう。
いや、この世には魔法という便利な物がある。それを使えば矢を操作して飛ばす事だって可能な筈……
そうなれば敵を倒すどころか、見つける事も出来ずにここで野垂れ死ぬ……待て待て、そんな簡単に人生諦めちゃ駄目だ。
幸い、物理防御バリアのお陰で矢がこちらに飛んで来たとしても私達に当たる事はまず無い。魔法を付与した矢が飛んで来なければ、の話だけれど。あれ?じゃあ、魔法防御バリアも張ればいいだけの話じゃないか。
一人で二つのバリアを維持するのは相当な魔力、即ち酸素が必要になる。今張っているバリアでさえずっと小走りをしているような感覚に襲われるんだ。二つになればそれはもう強烈な物になるだろう。
そうなればする事は一つ。雨音に魔法防御バリアを担当してもらうよう頼むのである。
雨音に頼んでみると快く承諾してくれた。何ともお利口さんだ。私もそれだけ親に口答えしなかったら今頃勉強には苦労していなかったろうに……
いくら考えても打開策が浮かばない。魔力供給は足りているから早く動く必要はない。だとしても、時間を掛けすぎると今度は次の階層に響く。
いっその事もう矢が飛んでくる方に突っ込んでみるか?矢はこちらを誘導するように一点だけから飛んで来る。もう何も考える必要は無いだろう。
「雨音。今から矢が飛んで来る方に向かう。だからバリアを動かしていつでも守れるように体勢を整えておいて」
「りょ、了解!」
これで、何とかなってくれればいいけど……
そう思いながら矢の飛んで来る方を見上げ、覚悟した




