序
僕は今日から高校生。僕がこれから通うのは、まあ、ごく普通の高校だ。
普通じゃない点と言えば、人数が少し少ない程度かもしれない。田舎なんだ。
「いざ来てみると、割と緊張しなかったりするんだなぁ。」
田舎モンだからだろうか。結構舐め腐った態度だが、まあ、適当ではあると思う。普通の反応かもしれない。
とまあ、そんな風に、余裕かましながらも、そそくさと指定されていた教室に入る。まあ、2つしかないんだけど。
壱組と、弐組。
僕は弐組らしい。
「……………………………」
すっっかすかだった。
「お。やぁっときたねえ、おはよぉー。俺が担任だから、よろしくー。」
教室に入って、最初に話しかけて来たのは、僕の担任を名乗る、長身で猫背な男の人だった。
そのあまりに黒い瞳は、じとーっと僕の方を向いている。
やや長めのくせっ毛。瞳と同じで、髪の方も墨汁を被ったかのように真っ黒だ。何故だ、何故ハイライトがどこにも入っていないんだ。
密かに美人の若い先生を期待していたのだが、まあ、ダメでもともとって感じだったし。
別にいいけど。どうも気だるげな先生である。
「あ。おはようございます…よろしくお願いします」
必要最低限の発言しかできなかった。だって、僕の他にこの教室にいる生徒は、まだ女子1人だけだったのだから。
しかもこの女子、なかなか綺麗だ。
綺麗というか、儚いというか。雪山でこの人に遭遇したら、雪の精霊に出くわしたと勘違いしてしまう自信がある。
白銀の長髪を左右にゆったりと結んでいて、超似合っている。かわいい。
こんな田舎にも、これ程のかわいい子はいたんだなぁ。
「おし。そんじゃ、ホームルーム始めんぞ」
「いや待て、ちょっと待って、何故。まだ僕ら2人なんすけど。まだ全然揃ってる感じしないんすけど。席ガラ空きですけど。」
思わず突っ込んでしまった。
先程の『やっときた』という発言といい、せっかちな教師なのかもしれない。いかにもローペースな感じの見た目だが。
「いやぁ、揃ってるっちゃ揃ってるよ?俺のクラスに所属してる奴はお前らが2人と、バス酔いで保健室に行ってる奴が1人の計3人だから。」
少なっっっ!!!
「え……えぇ?少なすぎません?だったらこの大量の机と椅子はなんなんすか??そして1人バス酔いって。どんだけ長い道のりなんすか。なぜそうまでして、こんな人の少ないところに来ちゃってるんすか」
僕は初日で転校したくなった。
あぁ、でもダメだ。僕がいなくなったら、このクラスは2人……
仮に委員会という制度が、仮に……仮にあったとしたら、委員長、副委員長で埋まってしまう。
「まあ、今日するのは自己紹介と簡単な係、委員会決めだけだから。」
もう終わりだよこのクラス。
だめだ、転校できない。
鬼畜すぎる。クラス分けが。
「ちなみに壱組は7人だ」
「なぜクラスを分けた!?もうまとめて10人で良くないすか!?分けるならせめて5ー5にしろよ!!どういうカリキュラム!??」
頭が痛てぇよ。追い討ちがひでえ。
あんたは何でそんな涼しい顔でホームルーム始めようとしてんの。何だよ自己紹介って。クラス編成の事故紹介だろ。
しかもこの人数で自己紹介って。
お見合いか。
「俺のクラスは基本フリースタイルだから。自由に自己紹介して構わんよぉ。」
「フリースタイル以前に、ルールでまとめる必要すらない人数じゃないすか。スタイルもくそもねえっすよ。今までどうしてきたんすか?まさか新任だったりします?」
「いやぁ、ぶっちゃけ俺もビックリしてんのよ。今年の1年バカ少ねえなって。何でクラス分けたんだろうなって。」
「あ、そこは共通認識なんだ…」
「去年はもちっと多かったのよ。1クラス13人くらいはおった。」
「!?今年とは打って変わってそれなりの人数じゃないすか!ってことは今の2年生?」
「そーそー。君らも基本的には2年共の世話になるだろうから、頭の片隅にでも入れといてなぁ。」
「片隅も何も、それより大切な情報何も貰ってないんすけど。片隅どころかど真ん中に仁王立ちしてんすけど。というかなんで2年生?3年は??」
「あの。」
その時、僕らの耳に綺麗な声が聞こえてきた。
あ、そっか、このクラスにはもう1人女子がいたんだった。あまりのショックに忘れかけていた。
「ん、どうした?えーっと、平賀だったな。」
「はい。平賀響です。あの、自分、緑化委員希望でお願いします。」
「おー。OK伝えとく。……………ん?誰に?」
「あんただよ。そしてなぜ当たり前のように委員会希望してんのこの人。環境適応能力高すぎるよ」
「じゃあ、永倉。お前学級委員な。」
「なぜ!?なんで僕だけ選ぶ権利が無いんすか!?」
「消去法だよ。お前、入学初日にバス酔いでダウンしてる奴を学級委員に指名するか?」
「しませんけど!ぐっ、3分の1が闇鍋すぎるぞこれ。」
「にしても平賀。お前よく2分の1で緑化引き当てたなぁ。さては下調べ済みか?この学校名検索しても、別のもっと大きな高校が出てくると思ったんだが。」
先生はこの学校のことを皮肉ってるらしい。
「んや。単に、やるなら緑化が良いなあって思ってただけです。」
「いや待って。なんですか2分の1って?」
「そりゃこの学校、委員会は学級委員と緑化委員だけだからな」
「学校回す気あるんすかそれ。ほかの学校の委員会への冒涜ですか。」
「まあ。とにかく、ちょっと聞いておくれ。」
そう言う先生の顔は、先程までより真剣な表情になっていた。
思わず息を飲む。
「もうわかってると思うけど、この学校は衰退の一途を辿っている。」
「言わずもがなですね。」
「そ。で、まあ、このままだとこの高校潰れちゃうじゃない。そうしたら、君らにここの高校の卒業資格あげれなくなっちゃうんだよね。」
「だから、君たちには、来年の入学者が増えるように、宣伝活動を行ってもらいたい。」
「それ、教師陣の仕事じゃないんすか?」
「お黙り。俺らとしてはね、自分たちの危機は、自分たちで解決する力を身につけて欲しいって校長が」
「そこは校長の危機なんだから、校長で解決してくださいよ」
「校長は、教師として、君らの手本になれるように、と事務的なお仕事を、なんか頑張っているらしい」
「反面教師として、見本にならないように、の間違いですよそれ」
「まーとにかく!方法は自由だから、来年の入学者を頑張って増やしてくれな。」
「それが、昇華高校1年部の、今年のミッションね。」
「完全なる丸投げじゃないですか。」
「……頑張ります」
「前向きだ、この子!?」
「とりま、もう1人のクラスメイトに会っときな。今頃保健室でクールダウンしてる事だろうよ」
「何にヒートアップしたんすかね…」
「だからバス酔いだって」
軟弱な同級生である。
「心配になってきた……」
そんな訳で、(どんな訳)僕らの高校生活は、思わぬ形でスタートすることとなった。