第390話
この街の今の領主は大したことをしたことはない。しないのでもなく、する気がないわけでもない。
しかし、やる気の問題でもなく、なぜかうまくいかないという人はなぜかどこにでもいるもので、この領主はそのうまくいかない人間なのであった。
領主の名はヴァイデ・ロートリント。
最近では名前で呼ばれるということが減ってしまった。
ほとんどが“領主”“領主様”だし、“旦那様”だとか“お父様”さらには“御仁”などなど。呼び方が多すぎる。
たまに呼ばれると、ああ自分の名前ってそういえばそんなんだったな、と言いたくなる始末。
途中途中は順風満帆のような時もあった。
1番順調な時期と言えばやはりヴァイデの前の領主がいた時だろう。
前の領主の下で働いていた時はなんとなくでどうにかなっていた。ヴァイデ自身がある意味能天気な人物だったのが作用して運が良かったのかもしれない。
ペラペラと内情を喋るような口の軽い男というわけではないのだけれど、周りからすれば闇に引きずり込むにはたたらを踏みたくなる程度には、ほどよくめんどくさい男と思われていたからこそ、前の領主に闇の部分の手伝いを打ち明けられることもなかった。
まあ全てが虚実で作られた地面だったのだけれど。でもしかし、あの元領主はそういう周りを信じさせる才能があったのは確実だった。
その地面があっという間に崩れ去って一緒くたに奈落に落とされそうになったときは本当に本当に焦った。
しがみついた。しがみついてやった。でもそのしがみついた場所もまた、あまりいい場所ではなく、細く苦しく前が見づらい上に足元が重いそういう道のりだった。
前の領主と共に落ちるかもしれなかったのに、実はそれこそが奇跡であったにも関わらず、そんな事に感謝することもなく、忙しさに忙殺された。
気づけば娘は大きくなっていて、なぜだか変な男と恋仲になっていた。自身の娘は一人娘だったために甘やかしていた自覚はあった。
問題は娘の事だけではなかった。ヴァイデは何をやっても大したことができない。つまり、前の領主の悪政をなくし街を立て直すということが、うまくいっていなかった。
一応色々政策を打ち出した。しかしどれも一過性のものらしく、うまく言ったかと思ったらすぐに終息してしまうというそれの繰り返し。
あまりにもうまくいかなくて、国から書状と派遣が来た。
第6王子その人だ。
国からの書状にはざっくり言うと、目の前の第6王子を次の領主として育てるのはどうか検討してほしいといった内容だった。
相談とは言うがほぼ決定事項である。
断ることは出来ないが、どうせなら今まで頑張ったご褒美みたいなものがあればと思ってしまう。過去の自分に一矢報いたい。
であれば。
第6王子と娘を結婚させる方向に持っていけばと思いついた。王子自身に相談した。最初はイケると思った。
しかし持ち帰って返ってきた言葉は「結婚」ではなく、「養子縁組」に変化していた。
娘には大変感謝された。まさかあの男と駆け落ちしたいぐらい愛し合っているとは思いもしなかった。
親が1言言えば諦めると思い込んでいた。危うく、娘に一生嫌われ続ける事になる所だった。
神よ!ありがとう!
変にこじれなくて本当に本当に良かったと神に祈った。
良いことと悪いことは天秤が傾くように平等に訪れるとはよく言ったもので、ヴァイデは最近世話になった冒険者達に労いも兼ねて会いに行った。
そのうち第6王子が街のことはどうにかしてくれるだろうという楽観視のもとに。
まさか事件に巻き込まれるとは思わなかった。
そして冒険者達に連れられて行った先でふたりの大事な人を返してもらうために、対策を練ろうとしていたのだけれども。
やっぱりうまくいかなかった。
やる気の問題でもなく、なぜかうまくいかないという人はなぜかどこにでもいるもので、この領主はそのうまくいかない人間なのだ。本当の本当に、なぜこうなるんだと、頭を抱えて丸まりたくなる。
行った先には冒険者のふたりと同じように悩みを抱えている者や、自身と同じように無理やり連れて来られた者がひしめき合っていた。そしてなぜかヴァイデが全てをどうにか解決してくれると、期待していた。
なんでこうなった!?
ルビを入れるタブ発見しました。まさかこんな所にボタンがあるなんて。
次回は10日予定です。
角煮まんが食べたい(唐突)