第373話
(リーダー・・・気づかないでくれ。どうせならこのまま俺達を、殺すなりしてくれ)
ヒイカは唇を噛みながら、領主の首に刃物を突きつけた状態で森林の首飾りのメンバーを見渡した。
隣にいるのは、同じく財産を回収出来なくて同じ穴のムジナになってしまっているシャケノミー。
面食らった面々は今まで寝食を共にして来た筈の大事な仲間達。震えている感触が伝わってくるその腕にはこっそりと殺害予定だったハズの今のロッテリーの領主。
誰も動けない。少しの希望もこの空気の中では生まれなさそうだ。
もうどうにでもなれ。
「ははは、手も足も出ないだなんて滑稽だな。おい、シャケノミー、行こう」
「おいおい、ソレ連れて歩こうってのか。殺してけよ。」
「いいんだよ。良いこと思いついたんだ。連れてくぞ」
「チッ、めんどくせぇ」
大きな声を発しているわけではないけれど、2人だけの会話は多少なりとも辺りに聞こえた。
シャケノミーは空中に何かを投げるとそれをナイフで切り裂いて風を送った。これは!とすぐに気づいて、誰ともなく口や目を塞いだ。
森林の首飾りのメンバーならよく知っている、シャケノミーの技のひとつ、催涙系か毒系の粉を辺りに撒き散らす主に鼻の利くモンスターなどに使う技だった。
ユウージオのテイムモンスターのメルトが暴れる事で辺りの木々が揺れ、シャケノミーの技が半端に終わったようだが、どうやったのか男3人がその隙に消えてしまっていた。
瞬間移動というものが存在している事は聞いたことはあったけれど、森林の首飾りのメンバーでそういう類いのスキルを持っている人間はいなかった。
「どうして」
マジーニは呟いたけれど誰もわかる人などいなかった。ぼーっとしている暇もなく、息苦しい音が聞こえた。領主の護衛はシャケノミーの技の事を知らなかったので咄嗟に口を塞がなかったようだ。
メルトも鹿モンスターなので鼻や口を塞ぐ事は出来なかった。体に付く異物に悶えてまだ暴れている。
「ユウージオはメルトを。シヨトヒオ、護衛の人を頼む。」
「マジーニはどうするつもりだ」
マジーニが残されたメンバーを置いて、消えたメンバーを追いかけるとでも思ったシヨトヒオは聞くしかなかった。
「何言ってるんだ。そこに水場があったはずだ。手持ちじゃ全然足りない。俺が汲んで来るから待ってろ。メルトにもその人にも頭から水ぶっかければどうにかなるだろ」
原始的だが1番の解決方法だった。
水をとにかくぶっかけた。マジーニ自身にも、ユウージオにもシヨトヒオにも。幸い毒ではなかったようだ。
「やっぱり変だよな。」
「何が?」
「ヒイカとシャケノミーの行動?」
「普通に金が欲しくなって領主を人質に逃げたのが?よくある、とまではいかないけれど、いわゆる冒険者の末路のひとつだとは思うけど?」
護衛の人は、何も出来なかった己に対して今後の身の振り方を考えつつも、その人質を取った仲間であったハズの面々に唾を投げつけるようなそんな物言いで言い放った。
「最初は殺すつもりだったのにどこかに連れて行った。それに、いいか?ヒイカとシャケノミーの話は領主が交代してすぐにわかるようなことだ。それって今更過ぎるだろう。一体何年経ってると思ってるんだ。冒険者として少し苦しいのは、あいつらだけじゃない、むしろこの街が衰退して1番困ったのは、ユウージオみたいな元々テイマーをやっていた人間のハズだろ。」
「それもそうだ。でも考え過ぎなんじゃないか?シャケノミーなんかはその時その時で、結構突発的に動く奴だぞ?」
その場で結論など出るはずもない。追いかけるにしてもどこを追いかければいいのか分からない。
「すまないが俺は帰らせてもらう。君達も証人としてついてきてほしい。」
護衛の人はそう言い森林の首飾りの残された3人+1頭の反応を待っていた。捜索隊を出すのだろう。冒険者のやらかした失態だ。冒険者に新たに依頼を出すより、地元の騎士団などに任せる案件だ。
そして残された3人は半分容疑者でもある。連行とまでは行かないけれど、領主を連れて行った人となりを捜索隊に伝えなければ何も始まらない。
冒険者業なんてひとつ間違えれば、そのへんのゴロツキと同じだ。これを期に引退かもしれない。
ヒイカ達の行動の謎をあれやこれやと考えるよりも先に、自身の身の振り方を考えてしまいたくなるあたり、マジーニもただの人だった。
あたりに未だに散らばっているネズミモンスターの死骸が自分の未来に見えてしまっていた。そんな淀んだ空気の中、ひとつの声がみんなの耳に届いた。
「ぽぽーん?」
茂みからガサッと現れたのは、何ともマヌケっぽい小さな小さなタヌキだった。
「「「モンスター!?」」」
冒険者の3人は臨戦態勢を取った。お腹には星のような形をしていて、2足歩行っぽい動きをしている丸々としたひょうきんなタヌキ。
モンスターと思ったから臨戦態勢をとったものの、なんだろうか、見れば見るほど気が抜ける。
「ぽ!?ぽこぽこぉ!!?」
「あ?ちょっと、メルト!」
ユウージオの隣にいた鹿モンスターのメルトはユウージオを振り切ってタヌキに走り出した。
「なんだ!?どうした!?」
「わからないよ!」
メルトの行動を固唾をのんで見ていると、メルトが急接近したことでタヌキは腰を抜かしたようだった。やっぱりなんだか、気が抜ける。
「ぽっぽん、ぽこぽん、ぽこぽこぉ!ぽぽーーん」
メルトはタヌキのように喋りはしない。しないが、馬のように、ブルルとかクルルルなど、喉を鳴らすような行為をあのタヌキにしていた。
護衛の人がそんな動物同士の会話っぽいものを見せされている時に、タヌキになにかを仕掛けようとしていた。それをマジーニは止めた。
「ダメですよ」
「あんたら、いい加減にしろよ。こんなところで時間食ってる暇は無いんだ。」
「わかっています。わかっていますが、少しだけでいいです。コレが済めばあなたに従いますから。」
コレがなんなのかもわからない。わからないけれど、メルトとお腹が星マークのタヌキの会話(?)は邪魔してはいけないと思った。
冒険者の勘でしかない。
話が済んだようでメルトがユウージオに近づいた。ユウージオは近づいてくるメルトの頭とユウージオ自身の額を当てた。
「なるほど、わかったよ。護衛の人、領主様を助けられるかもしれない。」
「なんだって!?」
『1匹のタヌキは幸運という星を運んできた。』
マジーニが後日この日を語る時言う。その目の前のタヌキはいつも豆タヌキのポンポコ丸と共にいたはずの、星たぬきのぽん吉だった。
次回は5日予定です。ズレたらすみません。