第369話
途中で逃げ腰だった神官さんとナイトフォックスのセイリューちゃんのお話。
ロッテリーの神殿は変わった造りをしている。
敷地面積は広めだけれど、建物自体は敷地面積のほんのわずかな一部分でしか無い。
建物面積はほんの一部だけれど、その周りの敷地面積がほとんど庭なのはそこへ通う信者達が通いやすいようにと言われているがそうではない。
多くの信者が神殿に訪れるが、神殿の中は単純かつ簡素であり信者の為に礼節を重んじて心を清めるためにそうしていると言われているがそうではない。
神殿に勤めている神官達だけは知っている。
この神殿は地下に全てが集約されているのだと。
広大な敷地面積の真下にはアリの巣のように複雑怪奇に広がった小部屋から小部屋に進むしかない独特な作りになっている。
神官達はまず初めに全ての部屋への行き方をあらかた大神官から教えを受ける。
しかし神官達の仕事はまちまちで、頻繁に通う場所とそうでない場所が色濃く出てしまいがちだ。
そうして、気づけば使わない道は忘れていく。
勤めている神官でさえそうなのだ。ここを統括している大神官も例外ではない。大神官も一部の部屋しか使用していない。
だから大神官は新しく迎える神官が来る直前にほとんど一夜漬けで覚え、神官を案内し、それが終わるといつも忘れてしまっていた。
なぜなら大神官は、他の今までここで働いてきた神官達が全て覚えていると、思い込んでしまっていたからだ。
逆に神官達は、案内をするほどにこの神殿を大神官だけは熟知していると思い込んでいたので、彼らは互いに互いを尊敬しつつ、誰一人として全容を覚えていないことに気づいていなかった。
誰かひとりでも、特に一夜漬けだろうと全容がわかる地図を持っている大神官がそれに注視していれば、気づくことが出来たはず、なのだ。
神殿の奥には秘密の部屋があることを。
倉庫の奥のものを忘れることは人間ままある。倉庫の中身を出して片付けてようやく出てくるものがある。
神殿の奥の部屋の存在など、倉庫の奥にしまわれてしまったそのナニカと同じなのだ。
「次はここかい?」
「キュンキュン!」
1人の神官は子ギツネに連れられて自分の仕事範囲外の部屋に入る。さっきからずっとそれを繰り返している。
神官は最初、子ギツネは単なる好奇心で奥に進んでいると思った。しかしドアの前に来ると軽くカリカリと傷がつかない程度に、本当に軽く引っ掻くのだ。
傷が付いてもどうってこと無いくらい、頑丈かつ見た目的にも年期の入ったドアなので、今更、傷のひとつや2つ付いたところで、びくともしないし驚きもしないのだけれど、さすがにオモチャではないので子ギツネを引き離そうとしたけれど、何をどう頑張ってもドアの前に戻ってこようとする。
ドアを開けてみると次をカリカリとするので、ああこれはドアを開けて欲しいという合図だったのだなと理解するのも時間がかからなかった。
もういくつドアを通っただろう。
いつもの通り道なら6つ目で行き止まりの祭壇のある祈りの部屋に着く。しかし今、子ギツネに促されてきた扉はもう6つを過ぎたはずだ。
部屋にドアは入ってきたドアと次に行くための2つだけではない。
更に他の部屋へのドアがいくつもある部屋がある。大きな部屋では次に行くためのドアが5つある場所もある。
神官はそんなにドアの多い道をあまり使わないので先輩神官が道を間違えたから引き返したよと話しているのをたまに聞くことがあったが、今、自身は果たして引き返せるのだろうかと不安になった。
子ギツネは迷いなく進む。進む。進む。
神官は諦めた。立ち止まったり、引き返そうとする素振りを見せると子ギツネは即座に回り込んだり、威嚇をしたりする。進めばいい。そうすれば大人しいから。進む。進む。
まだか。まだなのか。
諦め半分、ヤケクソ半分。無心の境地とまではいかないけれど、終わるはずの道がなぜか終わらなくて、心が死にそうになっていた。
そうしてとうとう最後の部屋に着いたようで、ドアを開けた先には他の部屋に行くドアの無い部屋に行き着いた。ここが終着点。少しホッとした。ただし、帰れるとはいってない。
着いた先に出会ったその部屋はとても他の部屋と違ってなんとも廃れた雰囲気の部屋だった。長い事誰も入っていなかった事が伺えた。
神殿に仕えるものは神殿内を汚してはならないとキツく言われていた。まあ、基本的なルールだ。
この部屋はまあ軽く言って汚い。しかも簡素でもない。ゴチャついた部屋だった。主に書物のようなものが見える。
子ギツネが前に進もうとすると、白い粉が舞うのが見えた。咄嗟に子ギツネを持ち上げた。地面に近いからホコリまみれになるだろう。それでいてそのホコリのせいで病気にでもなったら目も当てられない。
他に行くドアがないことだけはわかったけれど、いかんしがたく異様に暗い。
持ち上げた子ギツネを抱きかかえながらゆっくり中に入った。
一体いつからこの部屋の存在が認知されなくなったのか分からないけれど少なくとも数年は経っている。もしくは10年、20年と言うこともあるかもしれない。
それほどにホコリまみれな部屋には眉をしかめながらしぶしぶ入った。
床をよく見るとホコリが薄い部分が見て取れた。足跡だったのだろう。こんな状態のまま自分以外にも誰かが入り、掃除もせずにまた出たということだけはわかった。掃除してほしかった。
各部屋には壁に棚が収納棚されていたり、ベッドが収納されていたりする。掃除用具もどこかに収納されているはずだ。
こんな場所でどうしたら良いのかも分からないのでとりあえず掃除用具を探すことにして壁に寄った。
その時足元がズルリと滑った。転びそうになったが耐えた。転んだら抱えている子ギツネをホコリまみれにしてしまうので、耐えた。耐えきった。
一体何に足を取られたのかとそれを少し恨みながら見ると、それは1枚の絵のようだった。
剣を掲げたキツネと盾を掲げたタヌキが光の玉と共に描かれていた。
光の玉。神殿ではそれを神聖な玉、オーブと呼んでいた。たぶんそのオーブが描かれているのだろう。
「なんだ。創作絵画か。・・・・こんなところで?」
昔の神官が遊びで描いたものだろう。近くにあった机にその紙を置くと書物だと思っていたそれは、ただの書物ではなかった。本ではあるけれど、紙ではなく、大昔にあったと言われた石版の本だった。
石を削る特殊な手法は簡単な楔文字が主流だったはず。しかし、そこに書いてあるのは、今使われている文字だった。
誰かがイタズラで作ったのかもしれない。
書いてある内容もさっき拾った剣と盾とオーブの絵の事のようだったからだ。
「無駄に凝ってるな」
そう独りごちたあと急に耳元で子ギツネがうるさくキュンキュン言い出した。何を叫びだしたのかと思ったら天井に向かって叫んでいる。
不思議に思って上を見上げると驚くことに、天井が他の部屋の2倍近く高さがあった。いや3倍かもしれない。
暗すぎて天井が今までの部屋より高いことに全く気づかなかった。そしてよく見ると天井にまで絵が描いてあるように見えた。
足元に落ちていたあのキツネが剣を掲げ、タヌキが盾を掲げ、その間にはオーブが。
なぜ?
暗くてとても見づらかったが目を凝らした。足元にランプを見つけたので火を付けられるものを探した。手元がホコリまみれになった。
ついでに少しだけ掃除もした。
ホコリのせいで火をつけて直後に、爆発が起きないように少しだけ空気が落ち着くのを待った。
ランプをつけてみたら油が古すぎるのか臭い匂いが立ち込めてしまった。ツライ。が、そんなことより天井だ。何としてでも見たいと思ってしまった。
明かりを照らすと息を呑んだ。
明かりをつける前は単なる絵だと思っていたら、それは作品だった。光をかざしてわかる光の加減。その絵だと思っていたものは細かい宝石で作られたものだった。タイルアートの宝石版とでも言うべきか。
いつ、一体、誰が、何のために?
天井を見ていたがさすがに首が痛くなってきた。
先ほど見た石版をもう一度見る。
ではこれは?
ニセモノ?本物?
「キュン?」
肩で子ギツネが首をかしげて神官を見ていた。
またもや1日更新遅れて申し訳ない。
唐突ですがまた明日更新しまーーーす