第274話
―――――――――――――私はいつだって子どものように考え無しで。だから、第3波は私がこの世界に来てもっとも大怪我を負った始めての日だった。
「お兄様!」
アンドレがドアを蹴破る勢いでディオの部屋を開け放った。
「おはよう。朝から何事だい?」
「こちらには来ていませんか!?」
「何がどうしたのか」
「姉上がまだ帰って来ていないようなのです」
「なんだって?」
悪い想像をしてしまう。やはり付いていくべきだった。二人共同じことを考えていると、廊下からキャアと悲鳴が聞こえた。
「どうした」
アンドレが廊下に出ると慌てて走ったメイドが他のメイドと廊下でぶつかってしまっていたようだ。
「ご報告申し上げます、只今、玄関にてモナ様がお帰りになられたのですが、です・・がっ・・・」
走って来たであろうメイドがアンドレを見つけると同時に息もつかせぬまま報告し始めた、しかし、大事な部分に差し掛かると目が泳いだ。みるみるうちに顔が青ざめていくメイドをアンドレが見て、ゾクリと背中に悪寒を感じ、アンドレは玄関に走っていった。
ディオはまだ起きたばかりで着替えていなかったが、そのパジャマのまま魔道具の車椅子に脚を伸ばしてもらい、周りのメイドを呼ぶこともなく、1人で車椅子に無理くり乗った。嫌な予感がして慌てたので車椅子の魔道具も傾いて倒れそうになったが、それよりも・・・と、ディオも玄関に向かった。
玄関には全身赤黒く血濡れになっている人間がいた。玄関でへたり込んでいて、体からも血の匂いが出ているのだろう。
メイドや執事達が立てないモナの事をどうしたらいいのかと周りをウロウロしながら、立ってお部屋に行きましょうと促していた。そう、モナは全身赤黒く血濡れになっていた。水彩絵具を水に溶かしてそれを頭から被ったとも見えるが匂いは誤魔化せない。
アンドレもその光景に足がすくんで声が出せないようだった。
「モナ!」
ガションガションと車椅子から伸びる脚で階段を降りると、へたり込んでいたモナは目の前に来たディオの両足をはしごを登ろうとするかのように両手を使って両足を掴んだ。
「ディ・・・さん」
かすれた声を出して顔を上げたモナの顔には血塗れを洗い流すように二本の線が頬を縦にはしっていた。そう、涙のあとだった。
涙をこすったのか右頬の方は横にかすれていた。
「アンドレ!」
「はい!」
ディオが叫んだ。アンドレがハッと我に返りディオの呼びかけに応えた。
「モナを持ち上げるんだ。部屋に運ぶぞ。エイラ、シェイミー、2人はモナのお風呂の準備を。ダウラルネ、ジェイガルード、お前たちは朝の手伝いをしているであろう、いつもの3人を私の部屋に呼んで待機させておけ、そしてお前達は医者を今すぐ手配するものと我が家にある救護箱をモナの部屋に持ってくるものとで分かれろ。」
ディオはメイド達と執事達にそれぞれ指示を飛ばした。アンドレはモナを抱えた。よく見るとモナの体の至る所には細かい傷跡があるそこからじわじわとまだ血が滲み始めている所があった。
「・・・ンドレ」
部屋に運びながらか細く声をかけられたアンドレの目に映ったのはアンドレがあげたお守りが手のひらにのっていた。しかしそのお守りは最初の渡した形とはもう見る影もなく、それは壊れてしまっていた。
「ありが・・と、ね。」
数時間後、モナの体を洗い怪我は癒やされたが、時間が経過している上に体力が少ない状態なので、医者や薬の力よりも、本人の気力と体力次第ということだった。
ポーションも使ったがポーションも使いすぎると体に毒になってしまう。
モナはベッドに横になったけれど眠る様子が見られなかった。ディオとアンドレ以外は部屋がら退出させたが重い空気のままだった。そこに誰かが部屋のノックをしてきた。
「誰だ?」
「リヴァイです」
「すぐ行く。アンドレも来てくれ」
「はい」
「モナ少し行ってくる。眠っていていいからね」
「・・・」
ディオとアンドレはモナの部屋から出てリヴァイと共にディオの部屋に向かった。
「それでどうだった?」
「ヤマーとシャタニが保護しました。」
山川谷トリオにはディオが走って探させていた。モナの仲間になっていたはずのモンスター達が一匹も帰ってきていなかった。
「“3本足の凶弾犬”が出たそうです」
「「なっ!?」」
「それで、あの・・・・・・グローが亡くなってしまったそうです。保護出来たのは、蜘蛛隊35匹、ゴーレムズ2体、イノシシのサイショウ、3尾のキツネのアマヅタ、です。他は近くには見当たりませんでした。しかしこのモンスター達から聞いてみた所、グローとは違い生きてどこかにいる可能性が高いとのことです。引き続き捜索する予定ですが本日は帰宅、地図を確認して改めて明日の朝1番で再度行動を開始する予定です。」
「わかった」
モナの部屋に戻り入ろうとするとかすれた声が聞こえた。急ぎでもなかったので魔道具を切り替え通常の車椅子としてアンドレに椅子を押してここまで来たのだけれど、アンドレの方まで音が聞こえないらしく、ディオが止めなければ部屋にはいってしまっていただろう。
ボソボソと喋っているのかと思っていたがよく聞くと歌だと気づいた。モナに気づかれないようにドアからそっと覗いた。
ベッドから窓辺を見ながら歌っているから、ドア側に背を向けているのでアンドレとディオが覗いていることはバレてはいないが、アンドレもディオもその声に耳を澄ませ、イケないものを見ている気分になった。
「泣きたくて〜・・笑いたくて〜・・ホントの自分・・・、ガマンして伝わらなくて〜・・言いたいコト・・、言えないけど・・、ココにいるよ・・、泣きたくて・・、笑いたくて・・、ホントの自分・・、ガマンして伝わらなくて 君は君のために生きていくの・・・・・・・」
それはアンドレもディオも聞いたことのない悲しい歌だった。でもあえて明るく歌おうとしているのが声でわかる。
「泣き・・・たくて・・・笑い・・・たくて・・・」
覗いていたら、モナの声が徐々に聞こえなくなっていった。寝たようだ。
二人共部屋に入るのはやめてディオの部屋に戻ることにした。
「お兄様。先ほどの“凶弾犬”とはあのモンスターですよね?倒したのでしょうか。」
「倒したのだからあの姿だったんだろう」
「そうですか、ならもう安全ですよね?」
「・・・まだ続くのに、私はなにも出来ないのか?」
「お兄様?」
「リヴァイが保護出来たモンスター達に会うべきだな。そうだ、そういうば、スズメはどうしたんだ。」
「お兄様落ちついてください。あれは、姉上の守護霊だから・・・・・姉上が回復されるまでは、出てこれないのでは・・・・」
「それもそうだな。リヴァイを帰してしまったけれど、これから保護した小屋に行くことにしよう」
「わかりました。お供します」
ぱちり・・・・。行かなきゃ・・・。行かなきゃ・・・・。私・・・。私・・・・・・・・・・・・・。
キィ・・・・パタン。
次回23日予定です
モナが歌っているのは「キマグレンのLIFE」という曲です。
3本足の凶弾犬とは、このif世界でのテンクウちゃんのことです。