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勇者を降伏させるため勇者パーティーに取り入ったのに、勇者がクソザコナメクジすぎる

掲載日:2021/11/13

 私は、ただ平和に暮らしているだけだった。


 ここは人間が滅多に寄り付かない山中。

 鬱蒼とする高い木々が方向感覚を失わせ、馴染みある者でも時たま迷って、この村に帰ってこれず遭難する事件も相次ぐそんな場所。


 私は、そんな人里離れたこの地で生まれ、生きてきた男。


 幸い、友人に恵まれなかったことはなかった。

 この地で生まれ早二十年。気心の知れた友人は数知れない。寂しい事があるとすれば、それはそんな友人達が先行き不透明なこの地に不安を抱いて移住をしていくこと、そんなことくらいだった。


 ……嘘だ。


 嘘つきました。


 もっと大きな悩みが、私にはある。


 それは最近、移住地から帰省してきた友人に聞いた話。

 爬虫類のような鱗を体に纏っているせいでいつもは目立たないように羽織っているローブも、夏が近づく今では暑かったらしく、見られる心配もないこの地に戻って来た途端に、その友人はそれを脱ぐのだった。

 しばらく私達は世間話に興じた。

 最近、どんなことが互いにあったのか。生憎、寒村生まれ寒村育ちのあたしには話題になるような面白い話は持ち合わせていなかった。

 ただ、この地を離れ都会の空気を吸うその友人は、話が違った。


 たくさんの面白い話をする友人に、私はいつの間にかその友人の聞き役に徹していた。


 そしてその友人は、少し深刻そうな顔でポツリと漏らした。




 そう言えば最近、また勇者が生まれたんだって。




 友人曰く、最近では鳴りを潜めていた魔王退治を生業にする勇者が、齢二百を超える有名占い師の老婆により発見されたのだそうだ。


 その事実に、下々の人間は歓喜しているそうだ。

 毎日をお祭り騒ぎで盛り上がっているそうだ。ようやく、かの宿敵魔王を討てる日がやってくると、舞い上がっているそうだ。




「えぇぇへぇぇぇーっ!?」




 しかし私は、そんな間抜けな声で驚く他なかった。




 だって、私がその魔王だし。




 都会被れのリザードの友人が戻っていった以降も、鬱蒼とした山中のてっぺんに立つ魔王城で一人私は項垂れ続けた。


 魔物と人間の闘争が始まったのは、はるか昔。

 私のひいひいじいちゃん。最早肖像画でしか知らぬそんなじじいがかつての人間界と火種を持ち込んだためにそれは開始された。

 魔物と人間は、かつてから仲が悪かった。


 山中で食物が育たない不毛の地で生きる魔物は、人間の住む豊かな土地が羨ましかった。

 反して人間は、自分達の領土に立ち入る魔物が気に入らなかった。


 ただ闘争が勃発したのは、なんでもひいひいじいちゃんが人間の貴族を当時の国の王から寝取ったことが原因らしい。

 真実の愛を魔物が追い求めるとは笑いものだが、ひいひいじいちゃんにのこのこついてきた王妃……もとい、ひいひいばあちゃんも中々イカれている、と思わずにはいられなかった。


 それから、実に三百年以上の月日、魔物と人間の闘争は続いている。


 ただ、元より魔物は人間より猛々しい存在。

 魔物の侵略は目まぐるしいスピードで成されていった。


 それを食い止めたのが、初代勇者。その勇者の猛攻末、魔物と人間の実力は魔物圧勝から均衡するまで底上げされた。

 魔物側は仕方なく、勇者が朽ちるまでは冷戦状態を貫いた。


 そして初代勇者が死んだ後、魔物側が再び人間側を侵略することはなかった。

 魔物側は、猛々しいものの、とにかく飽きっぽい性格をしていたのだ。だから、数十年単位での冷戦を挟み、ひいひいじいちゃん、ひいひいばあちゃんも死に、最早闘争などどうでも良くなっていた。


 しかし、この闘争が終わっていないのは、かの人間側が戦を辞める気が更々ないからだ。


 勇者の人選には、先ほど述べた占い師の家系が代々関わっているそうだ。その占い師の人選にて導かれた勇者の数は、実に五人。その度、やる気のなくなった魔物はただ自らの命を守るだけの戦いを強いられる羽目になっていた。

 そして、勇者五人目が死んだのは、つい先月の話。


 私としても、ようやくしばらくくだらない争いごとから解放されると思ったのに、こんな短期間でまた勇者だなんて、とそう思わずにはいられなかった。




 だから、自分の椅子に腰を下ろしながら、辟易とした気持ちを私は抱えていた。




 最早、かの闘争のことなどどうでも良い。

 命を奪うため人間は争いを続け、魔物は命を守るために勇者が生まれる度に争う、という形骸化しているこの闘争に、情熱を注ぐ奴が果たしていようか。


 さすがにそろそろ、この闘争を終わらせるべきなのだろう。


 じいちゃん、父ちゃんにはいた嫁がまだいない身の私だが、自らの身のためにも、将来の子のためにも、この闘争は終わらせるべきだ。一瞬、自分は嫁を貰うことが出来るのか、と不安に駆られたが、それはまた別の話。


 しかし、こちらが降伏するわけにはいくまい。

 そんなことすれば、他の魔物にどんな文句をかけられるかわからないし、図に乗った人間がどんな破天荒な要求をしてくるかもわかったものではない。


 では、どうするべきか。


 それは勿論、人間側を屈服させる他ないのだろう。


 であれば、すべきことは六代目勇者を討つこと。

 ……と、思ったが、生憎私は殺生は好まない。


 殺生を好まない者の降伏のさせ方。

 



 つまり、命を奪われずとももう無理ー、と思うような、そんな精神的苦痛を与える方法。




 何かないかなー。




「あ、思い付いた」




 私って男は、まったく。自分の灰色の頭脳に思わず恐れおののきそうになってしまったよ。やれやれ。


 私は、早速行動に出た。

 私が思い付いた、このくだらない闘争を終わらせる一つの方法。




 それは勇者パーティーに取り入ることだった。




 え、お前人間側に寝返るの……?




 と思ったそこのあなた。




 冴えてるねー。そうそう。その通り。




 て、違うわ。

 私が思い付いた案は、もっと高尚なやつ。そんなチンチクリンな案と一緒にしないでくれ。ぶっ殺すぞ。


 おっと、口が過ぎた。


 本題に戻ろう。


 私が思い付いた案。

 それは簡単。

 ……長くなるから、説明するな?


 まず、この三百年にも及ぶ闘争を終焉させる方法。

 それは、人間側、ひいては勇者に思わず降伏ーと白旗上げさせるような精神的苦痛を与える方法。


 その結果、高尚で灰色の頭脳の私が思い付いた素晴らしき案は……!



 まず、私が勇者パーティーに取り入ります。

 そして、私が勇者達をそこそこ鍛えます。

 そしてそして、そこそこ鍛えた勇者パーティーに私が正体をばらします。

 

 勇者びっくり!


 しかも私との実力差は歴然!


 あー、もうマヂ無理。

 魔王討伐辞めょ。。。


 結果、そうなる!!!



 占い師に勇者と魅入られたばかりの勇者は、まだまだひよっこ同然。そして、それを固めるパーティーのメンバーだって多分ひよっこになることだろう。


 だからこそ、私のような猛き男がそのパーティーの仲間になることに意味があるのだっ!!!




 ……え?

 まだまだひよっこなら、今の内に殺せば良いのではないかって?



 ふむ。

 言っただろう?




 私は、殺生は好まないのだ。




 だから、殺すのはなし。

 本当、くだらない質問するなって話だ。ぶっ殺すぞ。


 口が過ぎた。


 しかし、意外にも私の策略はトントン拍子で進んでいった。




 六代目勇者の名前は、トニー。

 中世的な顔立ちで、初対面は女なのではないと思ってしまったような、ひ弱そうな男だった。


「あー、君トニー? トニーじゃないか」


 私は、そんな勇者に近寄った。


「俺俺、覚えてない? 俺だよー。えー、わかんないかなー?」


 詐欺師のような口調で、私は勇者に迫った。


「えぇと、ごめんなさい。覚えてないです」


 そう言い頭を下げる勇者に取り入るのは、容易な話だった。


 勇者パーティーの編成は、勇者。魔法使い。タンク。武闘家。男女二人ずつの編成だった。

 そのパーティーに、私は五人目のメンバーとして迎えられた。


 トントン拍子に話が進みすぎて、私はほくそ笑むのを堪えるのに必死だった。




 しかし、落とし穴があった。




 クソザコナメクジ。

 体長一メートルを超える軟体生物。大きくグロテスクな見た目ではあるものの、動きは遅く皮膚も柔らかいので初心者パーティーが討伐するにはうってつけな敵だった。




 連中は、そんなクソザコナメクジ一匹も碌に討伐出来なかったのだ。




 のどかな平原で息を荒げて、武闘家の女は、くそっ、とか吐き捨てているシュールな現場だった。

 

 まさか、クソザコナメクジ以下とは。


 クソザコナメクジだぞ?

 あの、クソザコナメクジだぞ?


 それ以下って、どういうこっちゃねん。




 初任務を終えての祝勝会になるはずだった酒場で、四人の空気が重かった。


 勇者と、その勇者のパーティーメンバーとして、国民からの期待を一身に背負って、クソザコナメクジ以下とは。


 確かにそれは堪えるものがあるだろう。


「そもそもが無理な話だったんだ」


 しばらくして、タンクの男が叫んだ。


「だって俺ら、田舎の農村で一昨日まで畑耕してたんだぞ? それが突然勇者で、そのパーティーメンバーだって? そんなのこうなるの、わかりきっていただろう!」


「え、お前ら一昨日までそんな身分だったの?」


 思わず度肝を抜かれて、そう聞き返していた。


 ……まさか。




 占い師のババア、呆けたのか?




 途端に襲われた焦燥感。


 パーティーを去って田舎で畑を耕すと言って出て行った勇者以外の三人。


 残されたのは、勇者トニーと私だけだった。


 ほぼ初対面の我々は、出てきた料理すら碌に口に付けることはなかった。


 落ち込む勇者。

 勇者が居た堪れなく、かつほぼ初対面の勇者と何を話せば良いかわからずきまずい私。


「……あの」


 しばらくして、勇者が口を開いた。


「サターンさん。あなたも、去りたければ僕の元を去ってくれて、構いませんからね?」


 そして、勇者は弱弱しくそう言った。


「……小さい頃は、勇者ごっこをしょっちゅうやっていた」


 そして、隙あらば勇者は自分語りを始めた。隙を作った私が悪い。


「勇者に憧れていたんです。悪しき者を討ち、英雄と呼ばれる存在になることに憧れたんです。皆に誇られるそんな男になりたいと、そう思ったんです。でも、無情に過ぎていく時間になんとなく悟ってた。自分はただの村人なんだって」


 勇者は虚ろな目で、続けた。


「勇者だって言われた時は、正直に舞い上がりました。……でも、これが実力だったんですね。結局僕は、村人なんです。それがお似合いなんです」


 かつて、勇者は特別になりたいと願ったらしい。

 しかし時の流れとは無情。平凡な時間を過ごす程、自分がどんな人種であるかを彼はわからされたのだろう。


 私とは真逆だ。


 勇者が生まれた、となれば自分の身に危険が及ぶ私の生活は、平凡とはかけ離れたものだった。かつては、身勝手な愛を貫いたひいひいじいちゃん。ひいひいばあちゃんを憎んだことだってある。


 しかし、今ではそれはどうでも良いと思わされた。


 魔王、だとか。勇者、だとか。


 そんな肩書一つで踊らされる人生は、苦痛よりも、ただ空虚だからだ。




「お前は、クソザコナメクジだな」




 そう言って、私は酒を煽った。




「いや、クソザコナメクジ以下だ」


 そう断言すると、勇者は苦笑した。自嘲するように。


「そうだと思います。事実僕はクソザコナメクジに勝てなかった。勇者が聞いて呆れる」


「勇者だからクソザコナメクジに負けてはいけないのか?」


 そう言うと、勇者は目を見開いた。

 自己で口にするより、他人に言われることで事実が身に染みることもある。


 ただ、私はそんなことを言いたいわけではない。


「勇者だって。大人だって。元は小さな子供だろう。最初から全てが出来る人間が、この世にいたのか?」


 いるはずがない。

 生き物は、成長をする。最初はどれだけちっぽけな存在でも、奴が言った無情な時に流され、その流れに乗って生き物は成長していく。


 最初は出来なかったことも、いつかは出来るようになる。


 それが生き物だ。


 それが、人なのだ。


 ただ、その過程で必ずやってくるものがある。




 それは、失敗だ。




 失敗は生き物を危険に貶めるかもしれない。

 失敗は、生き物に恐怖を刻み込むかもしれない。


 でも、失敗しないなんて生き物……普通は、存在しないのだ。




「一番大切なことは、どれだけ怖くても。どれだけ苦しくても、受け止めることだ」


 例え最弱な者に敵わなかったことして、それを受け入れずに成長などありはしない。




「そうしないとお前は、さっき逃げ帰った三人のようになるぞ?」




 だから、受け入れるのだ。




「お前は勇者になりたかったのだろう。魔王を討つ英雄に。勇者になりたかったのだろう?」




 そうしないと、お前は到底、勇者になんてなれはしない。




 ……勇者の目つきが、少し変わった。


「サターンさん?」


「なんだ」


「……僕に、稽古をつけてくれませんか?」


 生気の灯った目をする勇者は続けた。


「クソザコナメクジに負けないように。勇者になれるように。稽古を、つけてくれませんか?」


「いいだろう」


 私は、微笑んだ。


 そうでなくては、お前はきっと勇者になんてなれない。

 そうでなくては、お前は私が貶める勇者には成り得ない。


 思惑通りにやる気を出した勇者に、私は微笑んだ。


 これでこの勇者も、少しは勇者らしくなるだろう。




 ……ただ。




 失敗しないなんて生き物……普通は、存在しない。



 そう、普通は。



 例外はいる。

 失敗しない生き物。


 そんな特例中の特例が、この世には存在する。




「まっ、私は小さい頃から一人でなんでも出来たがな」




 それは他でもない、私だった。




 半年にも及ぶ長い稽古。

 朝起きて、長距離のランニング。筋力トレーニング。そんな基礎訓練を勇者は休むことなくひたすら積んできた。


 そして今日、かのクソザコナメクジとの再戦の場は巡ってきた。


「……サターンさん」


「なんだ」


「……必勝法とか、ないですか?」


「塩をまく」


「塩は貴重品です。採算が取れない」


「それじゃあ、なんとか撃退するしかないな」


 軟体生物クソザコナメクジと勇者の戦闘は、実に十時間にも及んだ。


 勇者の打撃。

 クソザコナメクジの死んだふり。


 一進一退の攻防。


 手に汗握る大熱戦だった。


 ……その末。



「よしっ。よしっ!」




 均衡が崩れた。

 クソザコナメクジの動きが、鈍り始めたのだ。


 好機を逃さぬよう、勇者は強打を乱発した。


 クソザコナメクジは虫の息だった。




「とどめだー!」




 勇者の右ストレートが、クソザコナメクジに襲いかかる。




 ドンッ




 しかし、最後の一撃がクソザコナメクジに届くことはなかった。

 勇者の拳を止めたのは、私だった。


「……サターンさん?」


 どうして止めるのか。

 勇者の瞳は、そう語っていた。


「今回の仕事は、クソザコナメクジの撃退。近隣の畑を食い荒らすこの害虫だが、命を奪うことが目的ではないだろう」


「……でもっ」


 それが私のモットー。

 

 長きに渡る魔物と人間の闘争。流れた血は数知れず。


 ……その中には、俺の友人だっている。


 


 ……だから、私は。




「俺は、無駄な殺生は好まない」




 命を奪うこと。

 それは、その生き物の生涯を奪うこと。楽しいこと。辛いこと。色々ある人生だが、それでもその生き物は自分の生涯を全うするために命を燃やしている。


 そんな生き物の生涯を途中で打ち切る権利が、果たして私達にあろうか。




「これだけ弱れば、暴れることなく山中に逃がせるだろう。そうなれば、こいつももう人里に迷惑をかけたりしない。それで十分じゃないか」


「……慈悲深いんですね」


「慈悲じゃない」


 俺は、声を少し荒げた。




「それは、当然のことだろ」




 他人の命を奪ってはいけない。

 皮肉にも、そんなことはどれだけ願っても不可能だ。息するだけで、人は誰かが吸えたはずの酸素を奪う。誰かにとっては毒の二酸化炭素をまき散らす。それがエゴでなくて何だと言うのだ。生きていることが、その生き物最大のエゴなのだ。


 この世に生まれた生き物は全てがエゴで出来ている。


 しかし、それではただ自分の首を絞めるだけ。




 だからせめて、私はそれを口にする。


 既に迷惑をかけているのだから、これ以上は迷惑を意図せずかけないようにと、そう願う。




 だから私は、魔物と人間のこの闘争が無駄だとはっきりとそう言える。




 だから私は、勇者を降伏させて安寧の時を生きたいとそう思った。




 ……ただ。




 私は、思った。




 パーティーメンバーと一緒に勇者も田舎に帰還させたら、よりリスクなく闘争終わらせられたんじゃね?

評価ブクマ感想よろしくぅ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品ですね! ☆5個つけさせて頂きました。 これからも頑張って下さい! 応援してます。
2021/11/13 21:19 退会済み
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