02 不自由な権力者
王族もだが、爵位を持つ者や後継者に一人の自由などない。
保安の関係上、自室以外では食事は勿論、トイレに行く時間や使用する場所さえも決められている。
屋外は勿論、トイレや寝室にまで常に側仕えが同行する。
一部には、王族や爵位持ちは、子作りの現場に家臣や護衛が同席する場合もある。
家臣は、将来的に自分達が仕える子供が主人の血を継いでいるのを確認する必要があり、護衛は他家より嫁いだ女が、主人を殺す刺客である可能性を考慮した配置だ。
また、中世貴族の肖像画などを見ても判る通り、地位や家柄の象徴である『権力者』の服装は実用的ではなく、帯刀はしていても飾りであったり、動きにくい帽子などを被っていたりする。
トイレの為の脱着もままならない仕様だったり、菓子をつまんだりする事しか出来ない程に、実用的ではない物だ。
一種のコスプレとも言えるソレは、荷物を持つ事は勿論、財布やハンカチすら入れる場所が無かったりするのである。
言質を取り合ったり、様々なスケジュール管理や、指示の確認など、契約や約束を守る事が重要な社会であるにも関わらず、不自由な格好で、メモすら持てない状態では、それらを管理する事は出来ない。
つまりは、『実用的な行為を任す人間』を同行させなくては、何もできないのが、社交場での王族や爵位持ちなのだ。
御忍びでの行動も、護衛を付けないなど有り得ない。
地位を表明した訪問等では、護衛は勿論、先方への訪問予告である『先駆け』を送る関係上、複数の側仕えを常に同行させる必要がある。
電話確認が出来ない時代では、例え、前々からの約束が有っても、相手側の準備を確認する役目もある『先駆け』を送らないなど、マナー違反でしかない時代が存在するのである。
側仕えは、命令を受けた時に主人を一人にする訳にはいかないので、常に二人以上必要になる。
かの『水戸黄門』でも、御老公は二人の従者を付けている。
権力者は、このような理由から常に誰かに見られており、童話でもない限り、『一人で、ゆっくりしている』と言う事は有り得てはならないのだ。
強固な城の窓すらない寝室であっても、急病で倒れて発見が遅れれば家は断絶し、地位によっては数百人から数万人が路頭に迷うのが、階級社会なのだ。
そう言った意味で、リアルな権力者には物理的な孤独や、一人の自由行動などしないし、周囲もさせない。
もし、フィクションなどで、その様な権力者を描写しているならば、その作者は『王族や貴族は権利だけで義務を持たない存在』と思っていると言うことだろう。




