第8話 夜と切り裂き
偶発したひったくり事件に首を突っ込んだロスタ。
更なる力と意思で犯人を襲撃、取り返しに成功する。その中で、彼は彼なりのヒーロー像を得るのであった。
ロスタは指をパチンと鳴らす。
その瞬間、犯罪者の肉体が膨張し弾け飛んだ。その肉体は完全に破裂し、多少は原型を残した骨だけが残る。
彼が今殺害した男は、過去に強姦事件で拘束された男。保釈後も同様の犯罪を繰り返していた。
「仕事がだいぶ身についてきたようだな」
「おうよ」
彼が【アーリヴ】に所属してから一ヶ月が経とうとしている。彼の魔法の扱いがより凶悪かつ繊細になっていると、ドライは評価する。
「……それにしても。いつ見ても恐ろしいやり方だな」
男のバラバラに砕けた骨が重なり合って崩れている。周囲に漂う、鼻が曲がるような凄まじい匂い。
「これ使うのも楽じゃねえよ。チョロチョロ動く奴には使えねえし、全身破裂させんなら沢山溜めないといけないし。そもそも相手が出血してねえと発動自体ムリ」
「制約が多いな」
「ま、それでも強いからいいけどな」
惨殺死体を目の前に、何事も無いように話す二人。そして、事務所の車へと乗り込み帰還する。もはや見慣れた光景である。
「ボスから連絡があった。そろそろ多人数での任務に当たってもらうとな」
「多人数?」
ロスタは両腕を頭の上で組みながら、小さな欠伸をする。
「ああ。俺はお前以外にも二名のヒーローを受け持っている。ヒーローをまとめるリーダー、『キャプテン』としてな。で、そいつらと共に任務に当たってもらう」
「へえ、可愛いやついる?」
「知らん……まあ、実際に会う前に、幾つか説明しておこう」
深夜、ヴァンジン市中央区。
「でさあ、その子が本当にエロくて」
「まじでか。お前よく耐えられたな」
「まだまだ、一日3回は余裕よ!」
二人の若い男が品のない会話で盛り上がっている。市内でも人通りの少ない道へと入っていく。夜間となれば車も殆ど通らず、呑気に下世話をしながら歩くには最適だ。
そこに一人の女が現れる。バンドスリーブに長袖のインナー、ショートパンツにレギンスと全身を黒く装っている。
その女は下ネタで盛り上がる男の一人、ボウズの男にサッと近付く。その男の背後に立ち、身体に忍ばせたサバイバルナイフを取り出した。
「それでな、その女が実はー」
彼は言い切る前に絶命した。
彼のうなじより僅かに上。襟足の生え際から脳幹へと突き刺さる銀の刃。それらは一瞬で抜き取られ、夜風に鮮血が舞う。
彼はすぐ後ろに女が居たにも関わらず気付けなかった。
「お、おい……なんだよこれ……誰だ!」
もう片方、金髪の男は何が起こったのか分からず、ただ震える事しか出来ない。彼もまた、彼女の存在に気付けていない。
残された男は立ち上がり、携帯を取り出した。警察へと連絡を入れようとした途端。
彼の前方を、何かが過ぎる。
すると、彼の股間からシャワーのように血が溢れ出した。陰茎が切断され、地面に落ちる。
声にならない悲鳴。
何が起きたかも分からぬまま、泣き叫ぶ。
それらを見届けた後、その女は夜闇へと消えていった。
彼女は中央区の繁華街沿いの道路で通話している。人を殺した後とは思えぬ冷静さで仕事内容を報告した。
「はーい、あたしです。今日の任務報告しますね。【廃棄】が三件、【切断】が一件です。今日は以上でーす」
「一人は『ナイト』。お前より四年先輩の女暗殺者だ。使用魔法は【暗躍】。夜間や室内といった光の届かない場所において、最大限気配を消すことが出来る」
その女……ナイトは軽い足取りで街を歩く。
「あれ、血ぃ付いてる……」
彼女は黒く短い髪に付いた、穢れた血を拭き取った。
同じく深夜。ヴァンジン市西部の街、トレプン。
スーツを纏う禿げた男が、高低差のある住宅街を歩く。長い階段を下り、踊り場に着く度に一呼吸を置く。
「しまった、明日の飯を買ってくるのを忘れた……」
そう呟き、背後を振り返る。すると、そこには一人の男の影。
「な、なんだ君は!?」
上下白の衣服を身に纏う屈強な男。目を模したであろう黒い二つの点と、ギザギザの歯を剥き出しにした歯が描かれた、白のフルマスクを着用している。
「私の存在等……どうでもいい」
彼はそう告げ、手に持った鉈を握り締める。
「貴様は……理不尽な理由で己の部下を追い詰め、自死へと追いやった。貴様は……死に値する」
「ま、待て!何の根拠がある!」
「貴様は……今も尚、身勝手な理由で部下を殴り、罵詈雑言を飛ばしている。もはや貴様に生きる価値等無い」
「お、おい……辞めろ……!」
「慈悲は無い」
鉈を大きく振り上げる。月光と刃が重なり合う。
「た、確かに俺はあいつに嫌がらせはしたさ!でも、本当に死ぬなんて思ってなかったんだ!俺もまあ、その。冗談のつもりで……」
「死ね」
鉈が男に向かって振り下ろされる。肩から腰骨へと斬撃を加え、更に左から右へ水平に、頚部を斬りつける。
「……な、何だ。全く当たってないじゃないか!」
禿げた男の肉体には傷一つ付いていない。怖気付きながらも、余裕ぶった表情をしている。
「お、お前なんてな、警察に言えばすぐに……!」
携帯の画面を見せつける男。脅すかのような口調でまくし立てるが、マスクの男は直立不動のまま、一言だけ呟く。
「ザン」
そう呟いた途端、スーツが突如千切れる。左肩から腰まで一直線の傷が出来、ぶしゃりと血が溢れる。一度目の斬撃の効果がようやく現れたのだ。惨い叫び声が住宅街に響く。
「う、嘘だ。こんな馬鹿な事!」
男はやはり理解出来ないようで、ただ汚らしい雑言を並べるのみ。
「もう一度言う。死ね」
「……っ、馬鹿な、馬鹿なッ!」
男は血塗れの肉体を押さえ、階段をおそるおそる降りようとした。
「ザン」
二度目の斬撃が発動。
男の首が切断され、血を撒き散らす。ボーリングの球のように、ゴロゴロと音を立てながら階段をどこまでも転がり落ちていく。それに続くように、切り離された胴体が階段を駆け抜け、踊り場で停止した。
マスクの男はそれを眺めつつ、その場を立ち去った。
「……私だ。例の男を排除。本日の任務は以上だ」
「もう一人は『リップ』。寡黙な男だ。使用魔法は【遅効】。自身及び他者に発生する肉体的ダメージを遅らせる事が出来る。ただし遅らせるだけで負傷そのものを消す事は出来ない」
フルマスクの男、リップは誰の目につかないよう、人の少ない道をひっそりと抜けていった。金のセミロングの髪が、風に揺れる。
「……ふーん」
「あいつらと比べたら癖は少ない方だ。上手くやれるだろう」
「あいつら?」
「ああ、俺のように何人かのヒーローを受け持つ……キャプテンが居る。いずれはそいつらとも共闘する事になるだろう」
「あいよ……ねむっ」
事務所へと帰還した二人。地下一階の集会スペースにて、一人の女性が出迎える。茶髪で胸に届く程のロングヘアの女性。白のワイシャツに黒のパンツスーツを着用している。
「あ、新人くんじゃ〜ん!会ってみたかったんだよなぁ」
「……『レオン』。お前も来ていたのか」
「え、誰?」
「あ、話すのは初めてだな。私はレオン。ドライと同じくキャプテンでね。3名のヒーローを受け持ってるんだ」
「お、おう。よろしく」
レオンと呼ばれた女性は第一ボタンまで留められたボタンを止めながら自己紹介する。二人は軽い握手を交わした。
「で、何故お前が此処に?」
「ああ。例の任務ね。私も参加しろってさ。結構大掛かりな任務になるみたいだね」
「そうか……」
「あれ、皆集まってどうしたんですか〜?」
3人が集まっていると、全身を黒い衣服に包んだ女性と、白のマスクを付けた男性が現れる。
「マネージャー、あいつらがさっき言ってたやつ?」
「そうだ」
「あたしはナイトって言うんだけど……もしかして知ってる?」
「あー、アレだろ、なんか知らねえけど強いんだろ?」
「随分ざっくりしてるね……あ、もしかして君って」
ナイトはロスタの顔面に近付き、まじまじと見つめる。
「ブラドっていう新人の子って……君の事だったんだ。結構イケてるね」
「ん、ああ。本当はもっと長い名前だったんだけどな。略されちまった」
「呼びやすくてあたしは好きだなー……。ね、リップ」
「呼び方等どうでもいい」
「んもー、クールだなあ」
リップと呼ばれた男は、二人のじゃれ合いを直立不動で眺めている。 表情はマスクで隠されている為、不気味な様子を醸し出している。
「集まったな。では次の任務について説明する」
各々が規則的に配置された椅子に座り、ミーティングを開始した。
「以前ある薬物の密売人を拉致、尋問した。覚えているな?」
「おう、どうだったんだ?」
「薬物は持っていなかった。売り付けた後だったようだ。しかし、奴の証言には些か疑問点がある」
「なになに?」
ロスタとナイトが食い気味に呟く。
「奴は『まだ薬は売っていない』と話していた。既に売り付けたか、どこかに廃棄したか……」
「捨てたとしたら、その辺探さなきゃだね。あそこら辺ホームレスいっぱいいるし。ラリったホームレスとか見たくないよ」
「仮に廃棄したと仮定し、周辺を探させたが……それらしきモノは見当たらなかった」
「へー、以外」
「では売り付けたというのが仮に真実とする。だとしても疑問が多いんだ」
「……ねむい」
「奴の売り付けた麻薬だが……証言によればあいつが売るのは基本的に粉状の薬物。普通なら袋に小分けにして売るのが一般的だが、奴は小さな袋だけを所持していた。中身が空のな」
「粉だけ売ったって事?」
「そんな非現実的な事してられないですよ」
「そうだ。だから、その疑問を解消しに行く」
ナイト、レオンの疑問に答えるように、ドライは告げる。
「……つまり?」
「『シュバルツ』。奴がよく訪れていたギャングだ。そこを襲撃する」
「なんだよ、最初からそう言えって。寝ちまうところだったぜ」
「……起きろ」
「で、そのシュなんとかってのは何だ?」
ロスタは眠そうな目で問う。その疑問に、レオンは頬杖を付きながら答える。
「シュバルツ……さっきも言ったけどギャングね、ヴァンジン市西区にアジトを構える犯罪組織。ヤクだの武器だの売るわ、一般人巻き込んで殺り合うわ、ろくでもない奴ら」
「へえ……じゃあ、殺りやすくていいねぇ」
ロスタの目が急に鋭くなる。
「……? ま、まぁ大した規模じゃないね。リーダーとその側近3名。下っ端32名。魔法があれば十分制圧出来るね」
「だが、狙いは例の薬物。構成員だけに気を取られるなよ。アジトを乗っ取れたとして、ヤクを持ち逃げされたら作戦失敗だ」
「その薬物は……5人がかりで責め入れる程重要な物なのか」
「詳しくは知らないが……ボスはその情報を欲しがっている」
「なら……そうするまで」
「襲撃の手順はこうだ」
ドライはホワイトボードに点と線を描き入れていく。
「モニターくらい買ったらどうなのさ」
「金欠なんだよ、無茶言うな」
「金欠なんだ……」
野次を飛ばすレオンに、適当に言い返したドライ。手馴れた様子で見取り図を書いていく。
「まず立ち位置だ。ブラドとリップはアジト正面。俺とレオンは裏口で待ち伏せる。ナイトは先に1階の裏口から侵入。少し進んだ場所に分電盤がある。そこで爆発を起こせ」
「へえ、陽動作戦ですか?」
「そうだ。停電を起こしてお前の魔法を発動させやすくする。奴等がそこに意識を向けている間、正面からブラド、リップが攻め込む」
「承知した」
「おうよ」
簡素な見取り図から、黒ペン一本で作戦を書き連ねる。
「ナイトは爆破後、アジトの最深部、リーダーが寝泊まりしている部屋へと向かえ。俺も後から追うが……。そこに例の薬物がある。ご丁寧にジュラルミンケースに入っているそうだ」
「そいつを奪って逃走。それでいいんですよね?」
「ああ、構成員達は可能な限り潰しておけ。暫く逃げて民衆に紛れろ。それから車を出す」
「……私は?」
レオンは自分の出番は、と言いたげな目をしている。
「お前は外から周囲を警戒してくれ。必要に応じて応援を頼む」
「了解!」
「……つまり、敵ぶっ殺せばいいんだな?なら楽勝だよ!」
「ま、あいつら最近調子こいてるし。ここらでシメておくのはいいと思うな」
「そうだろそうだろ!」
意気投合するロスタとレオン。
「決行日は今週の日曜、早朝に行う」
「朝?なんで朝に?」
「朝早く起こされるの嫌だしねー」
「まあ兎に角、そこに責め入れる。一番の目標が薬物の強奪。いいな?」
「任しときな!」
「命令とあらば、従うまでだ」
「あたしはいいですよー」
「ああ、やろう」
5人は作戦に同意した。その後も戦闘方法について、長時間ミーティングが行われた。
作戦当日。薄汚い街の夜が明ける。
空の色が青紫色に変わる時間帯、5人のヒーロー達はアジトへと集まる。
シュッ、とナイフを振るう僅かな音だけが広がる街。
裏口の見張りを一瞬で絶命させ、ナイトは爆弾を手にアジトへと入り込む。
その様子を眺めるドライとレオン。ロスタ、リップは物陰に隠れ、アジト入口を伺っている。
「こちらナイト……侵入に成功しました。そろそろ……あ、着きましたよ。例の部屋」
「よし、ではそこで爆発を起こせ」
「にしても、よくそんなアジトの中身なんか分かったね」
レオンはスモークと通話しながら裏口の様子を伺う。
「へへ、どこかの有能情報屋さんが居たからなぁ」
「スモーク、余計な口挟むな。作戦の邪魔だ」
相変わらずドライの態度は冷たい。
「ええ、別にいいじゃんか。仲間は多いに越した事は無いだろぉ?」
「お前の出番はない。切るぞ」
「まあまあ、ここは長い付き合いだって事で多めに見てもら」
通話が切られた。
「……えっと、爆破していいですか?」
「カウントする。3、2、1で爆破。同時に正面二人も突っ込め」
「おう」
「ああ」
「行くぞ……3、2、1」
息を飲むドライ。
正面の二人も腰を上げ、走り出す準備を始める。
「やれ!」
トタン板が乱立し、コンクリートを雑に打ち付けたようなアジト。そんなアジトは一瞬で爆風に巻き込まれる。
爆発音が辺り一面を包み、砂埃が飛ぶ。
「よっしゃああああ!!」
「……」
二人の男がアジトに乗り込む。人間程度跳ね飛ばしていくような勢いで突っ込んでいく。それに続くようにドライも裏口へと侵入。
「何かあったら頼むぞ」
「はいよ。君みたいな人、死なれたら困るからね」
黒スーツの背後にウインクを飛ばすレオン。その表情にドライは気付いていない。
「それじゃあ、ひと暴れしますか!」
イカれた登場人物紹介⑥レオン
この作品じゃ珍しい比較的まともな女上司だ!
ヤバいヒーロー達を纏める程度には出来た人間だ!
暗くてシリアスな雰囲気をゆるくしてくれるぞ!
暗殺者じゃなかったら普通のOLになるような人だね!