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第7話 良い奴、悪い奴

 ズボラで癖の多い情報屋、スモークに会いにヴァンジン市北区ノードフルスへと向かうロスタ達。

 彼から提供された悪人を難なく排除するドライ。気分の晴れないロスタは偶然発生したひったくり事件へと首を突っ込んでしまう。

「待てよクソ野郎!」


 閑静な街、逃げる盗人を全速力で追いかけるロスタ。人の群れを掻き分け、野外に置かれたテーブルを片手で乗り越え、横断歩道を駆け抜ける。


「クソっ、あんな奴キャノンでぶっ飛ばせば……あ、でも死ぬわこれ」

『そうか、なら、こんな魔法はどうじゃ?』


 ユウロは彼の脳内から魔法を伝えた。


「おう、やれたらやるぜ」

「何をごちゃごちゃと……!」


 盗人は独り言のように呟く。傍から見れば一人で会話しているように聞こえている。


「あ……よ、よう! 捕まえに来たぜゴミカス!」

「チィっ……!」


 二人の間の距離は段々と縮まっていく。ロスタの方が幾分か足が速く、体力もあるようだ。


「こんなもの……」

「あ、捨てた」


 盗人は強奪した黒のバッグを道端に投げ捨てた。落下音からして、かなり重かったようだ。


「って、財布だけはちゃっかり盗るのな」


 ロスタは盗人がバッグから財布を抜き取るのを見逃さなかった。


「……っ!」

「逃がさねえぜ……!」


 盗人との距離が段々と狭まっていく。

 ロスタは思い切り手を伸ばし、盗人の襟を鷲掴みにする。男は一瞬動きを止めるが、すぐに振り払う。不意をつくかのように方向を転換し、公衆トイレへと逃げ込んで行った。


「バーカ、そっちも行き止まりだよ!」


 狙った獲物を殺す、獣のような目で盗人を睨む。追い詰められた盗人の胸ぐらを掴み、トイレの個室へと投げ込み、さらに蹴りを入れた。


「ぐ……あっ」

「さ、返してもらうぜ。ひったくり野郎」

「ち、ちょっと待て、誤解だ!」


 盗人はズレたニットの帽子を直しつつ応答する。無精髭と薄汚いジャンパーを着用している、不摂生という言葉が似合う男だ。


「俺、あいつに財布盗られたんだ! あの女、ひったくりなんて言いやがって」

「ああ?」

「ちょっと金の貸し借りしててな。ちょいと揉めてたらパクられたんだ! 盗られたから盗り返した、それだけなんだよ。なあ信じてくれよ」


 男はわざとらしさが滲み出る口調で説明した。ロスタは暫し黙り込む。


「……なんだ、そういう事かよ! なら最初からそう言えよな!」


 ロスタの表情がぱあっと明るくなる。


「……え?」

「じゃあ、俺わりぃ事したな」

「……そ、そう!そうなんだよ」

「おら、立てよ。あの女にケリつけに行こうぜ」


 盗人に手を差し伸べるロスタ。年相応の青年が見せる、爽やかな眼差しだ。


「お前は……」


 トイレの床から立ち上がる盗人。

 ロスタに向き合いつつ、彼の股間を思い切り蹴りつけた。


「ぎゃああああああ!?」

「バ――カ、嘘に決まってんだろぉ?」


 内臓の奥まで響くような渾身の一撃が、睾丸に走る。彼はその場に踞り、一過性の激痛に悶える。憎き笑みと共に、盗人はトイレから走り去って行く。


「クソ、痛え……!」

「ブラド!何があった!?」


 ようやく追いついたドライが彼に駆け寄る。


「金玉蹴られた……ッ!」

「そうじゃない、あいつは何処へ行った!?」

「あいつ……右に逃げたぜ。向こうは確か、住宅街だったな」

「なら、見失う前に追うぞ。お前が首突っ込んだ話だからな」

「分かってるよ、こんなんで折れねえって」


 ロスタは持続する激痛に耐えつつも、公衆トイレを出る。住宅街の夜闇へと、ヒーロー二人は侵入する。


「……ぁ、はぁ……」


 盗人は死に物狂いで逃げ惑う。

 夜の住宅街に、地面を蹴る音だけが響く。


「クソ、何なんだあいつら、気持ち悪ィ……」


 男の額に汗が滴る。強奪した小さな財布に汗が付着する。暫し体を休めた後、彼は再び走り出す。

 住宅の角を曲がろうとした途端、突如転倒した。糸のようなものに足を取られたようだ。


「そこか」


 屋根の上から届く、無機質な男の声。盗人がそれに気付く頃、両腕が光で拘束される。


「魔法、だと……」

「奪った財布、返してもらおう」


 ドライは屋根から飛び降り、光鞭を街灯へと巻き付けて着地する。


「大人しくしろ」

「この……馬鹿……が!」


 盗人の目線の先、赤い髪の男が全速力で走るのを捉える。ロスタは仕返しと言わんばかりに、股間を蹴り飛ばす。


「あああ……!?」

「お返しだ金玉野郎!」


 ドライは光鞭を解き、財布を奪い取る。自由になった盗人の前髪を強引に掴み、無言で距離を詰めていく。


「し……仕方なかったんだ!借金に追われてて、仕事も対して稼げねえ、このままじゃ飢え死にするところだったんだよ!」

「……」

「俺だってこんな事ぁしたくねえよ。けどな、生きる為なんだよ、しょうがないだろ!?」

「黙れよ、カス」


 男の必死の弁明を一蹴するロスタ。


「さっき嘘吐いたよな。何がパクられたからパクり返しただよ、人騙しておいて何がしょうがないだよ、ああ?」

「す、すまん……」

「ちゃんと生きてる奴はな……どんだけ借金あろうが、どんだけクソみてえな給料で働いていようが、ひったくりなんかしねぇんだよ。毎日真面目に、コツコツ金貯めて。必死に生きてんだよッ!!」


 さらに股間に一撃を加える。悶える顔を蹴り上げ、項垂れる顔にもう一発。更に右ストレートを鼻の先端に当てた。


「俺知ってるぜ。仕方ねえとかこうするしかなかったとか。そういう奴程、考えてねぇんだ。誰とも知らねえ奴が生きる為によぉ、大切なもんを奪われた奴の事なんてな!!」

「許して……ごめんなさい……」

「何でてめえみてえなゴミの為に、真っ当に生きてる奴が苦しまなきゃいけねんだよ!」


 彼の脳内に、一人の女性の顔が過ぎった。

 大人しくも芯の通った、真面目で優しい女性。

 絶え絶えの息で、伸ばされた手。

 名は……ベティ。

 夜の店という場で、必死に生きる女性。

 男の眼球の周りは青く腫れ上がり、だらだらと鼻血を垂らす。ロスタは再度振り下ろした拳を、その眼球に当たる寸前で止める。


「でもな。別に人殺したわけでもねえ。気の迷いってのもあるかもな」


 突如、ロスタは冷静を取り戻す。


「ひったくりに死刑ってのも重すぎると思うぜ」

「……ふむ。罰を与えるなら、罪の重さに応じて与えるべき……か」

「じゃ、こういうのはどうよ」


 しかし、その腕は赤い火砲へと変貌していた。ニタァ、と残忍な笑みを見せる。


「てめえ、もうひったくり出来なくしてやるよ」

「な……?」


 ロスタは盗人の腕を掴み、ギリギリと爪を立て傷を入れる。


『ふ、殺すなよ。罰を与えるのだろう』


 ユウロは愉しげな声をロスタの脳内に響かせた。


「いくぜ、動くなよ?」

「……ッ!?」


 ドライは息を飲んだ。盗人はもはや声すら上げられなくなる。

 盗人の腕、手首より僅かに下方。

 そこに出来た傷跡が、ブクブクと異様な程に膨張する。

 ロスタは中指と親指を交差させ、所謂「指パッチン」のポーズを取っている。

 そして指をパチン、と鳴らした瞬間。


 水風船を割ったかのように右腕が破裂、鮮血が周囲に飛び散った。男の腕は原型が無くなり、ボロボロに砕けた上腕骨が僅かに残る。盗人は全身に血を浴び、人間の生臭い匂いが四散した。


「ひっ…………あああああああああ……!!」


 盗人はパニック状態になり、その場から逃げ出して行く。肩から流れ落ちる粘性の液体を垂らし、負傷の跡を残していった。


「よし、財布も取り返したし、行こうぜマネージャー!」


 財布を夜空に高々と掲げ、喜びを表すロスタ。


「……やり過ぎだ」

「あー悪い悪い。ああいう奴見てるとついキレちまった」

 ロスタはへらへらと笑い頭を搔いている。ドライは眼を見開き立ち尽くしている。その残酷で爽やかな笑顔が、やけに鮮明に映る。


「どうしたんだよ、早く行こうぜ!」

「あ、ああ」




「あ、私の財布……取り返してくれたんですね!」

 ノードフルス駅待合室。ロスタはひったくりに遭った女性に財布を返した。


「赤い髪の男の人が取り返すからここで待ってろって、眼鏡の人に言われたんですが……居ないですね」

「あー、気の利く奴もいるんだな、ははは」


 ロスタは心の中でドライに感謝を伝えた。頭を深々と下げる女性。


「その人、私のバッグまで届けてくれて……。いえ、取り返したのは貴方ですよね。ありがとうございます」

「いやいや、なんて事ないって」

「いえ。見ず知らずの人に助けて貰うだなんて。どうかお礼を」

「礼はいらねえよ。俺がそうしたかっただけだ」


 ロスタは席を立つ。両手を首に当て、背を見せながら一瞥する。


「そんじゃ、俺は行くぜ。夜道は気ぃつけてな」

「あ、あの……本当にありがとうございました!」

「おう!」


 ロスタは振り返る事無く、ただ手を挙げる。そして、夜闇に消えていった。


「まったく、余計な事に首突っ込みやがって……次は無いぞ」

「へへへ……悪ぃ、マネージャー」


 夜の街を歩く二人。先程までの喧騒は消失し、物音一つ立たない、静かな街が現れる。


「なぁ、マネージャー。俺、この仕事気に入ったかもしんねえ」

「何?」


 ロスタの表情から狂気が消え、優しい笑顔で語る。


「俺ら、今まで色んなクソ野郎をぶっ潰してきたろ? まだ3人だけど」

「ああ」

「ヒーローになる前も人ぶっ殺してきたけどさ。その時より遥かにスっとするぜ」

「殺人で気持ちよくなる奴はお前だけだ」

「そうじゃねえよ。悪い奴ぶっ潰せばさ、そいつに散々酷い事されてきた奴を解放させられるだろ。それに、そいつがこれから苦しめてく奴も救える。ってやつ?」

「つまり、今後も被害を拡大させていくであろう悪人を、現時点で排除する。そうする事で、今苦しめられている者だけでなく、今後被害者となりうる者も救う事が出来る。そういう事だな?」

「ああそういう事」


 夜道から現れる一台の高級車。組織の黒服の一人がドアを開ける。車に乗り込んだ後も話を続ける。


「それに俺、ああいう奴見るとつい助けたくなるんだよ」

「さっきの女か?」

「ああ。追い掛けてる時チラッとバッグの中身見えたんだよ。色々入ってたぜ。作業着っぽいのとか、工具とかさ」

「作業員なのか……意外だな、そうには見えなかったが」

「多分だけど、夜まで必死こいて働いてたんだろうな。ああいう奴の為なら、命張って戦うのも悪くねえってな」

「そうか……」

「思い出しちまうんだよ、ベティちゃんの事。あの子も真面目で優しい人でさ。世の中ああいう人ばっかりならいいのにって思うよ」

「だが……そんな社会は有り得ない」

「まあな。だからこそ思うんだよ。あんないい人が報われない世の中なんてあんまりだってな」

「ほう……」

「おう、どうしても報われねえ社会なら俺がやりゃいいんだ。悪い奴は俺がぶっ飛ばす、そんで良い奴を助ける。やっと見つけたよ、それが俺のヒーロー像だってな!」

「……そうか。なら続けるといい」

「なんだよ、もうちょっと反応してくれたっていいだろー?」

「知らん、お前が怠慢なく任務に当たるならそれでいい。それと」


 ドライはスーツから財布を取り出し、紙幣数枚をロスタに差し出す。


「今回は正式な任務ではないがな。自らの善意に基づいた行いに対して、何も対価が無いというのはヒーローの精神に反する」

「……え、くれんの?」

「受け取れ」

「へへへ、ありがとうな!」


 無数に入れ替わる景色と、少しずつ光が増していく夜空。その光景をぼうっと眺めるロスタ。その日の夜、彼は彼なりのヒーロー像を得た。

ヴァンジン市裏観光案内②

ヴァンジン市は非常に治安が悪いです。

たまにひったくり事件、よく殺人事件が起きます。

やばいと思ったら逃げましょう。

命が惜しくないならその辺に落ちてる銃でも拾って応戦しましょう。

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