第6話 情報屋
ドライと共に初任務へと向かうロスタ。
障壁の魔法を操る、薬物の密売人を相手に苦戦する。追い詰められる二人だが、ロスタの奇策により事態は好転。憎き悪漢へ容赦無く拳を振るうのであった。
「こちらドライ、任務完了」
「ご苦労様。大丈夫だったかい?」
「ええ。少々手こずりましたが、問題ありません」
「そうかい。じゃあ、そちらに車を送るよ。後の事は任せて帰還しなさい」
「承知しました」
携帯電話にてボスとのやり取りを終えるドライ。
疲弊しているにも関わらず、普段と変わらぬ態度で任務を終える。
「オラ、死ね死ねッ!」
ロスタは密売人の男の顔を掴み、何度も膝蹴りを喰らわせる。
「ブラド、もういい」
「……、へへ……どうだ、ぶっ殺さずにシメてやったぜ……っ」
男の脚に突き刺さった棘が消え、噴水のように鮮血を撒き散らす。再度男は惨い叫び声を上げ、その場に血溜まりを作り倒れた。
当のロスタは力が抜けたのか、腕が元の形へと戻る。がくり、とその場にしゃがみこんでいる。
「ブラド!」
「初任務……大成功だろ?」
「無茶しやがって……ほら、立てるか」
ロスタに向け駆け寄るドライ。ロスタの肩に手を回し、どうにか立たせる。
「ブラド、あの力は何だ?」
「あーあのトゲトゲの事か?」
抱えられながら、普段通りの口調でべらべらと語るロスタ。
「あいつ、どうにかしてぶん殴りたくてなぁ。キャノンぶっぱなしたら死ぬし、何とか動けなくしてえなって思ってよ。そんで、血ぃ固める能力、あいつにも使えねえかなって」
「それであの棘を錬成した……か」
「おう、血の塊ぶつけるだけなら簡単に出来そうだけど、そんな事したら俺がぶっ倒れるだろ? 守られるし」
「力の限界か?」
「あー俺、血ぃ撃ち過ぎると貧血になるっぽいんだよ。だから、あの辺の血溜まり使おうって思ったんだよ。真下からの攻撃なら壁も貼れねえだろ?」
ロスタは歯を見せながら、蒼白した顔で笑う。貧血状態にあるのが客観的にわかる状態だ。
「そうか……しかし、あんな力があるなら先に言え」
「え、無理に決まってんだろ。だってついさっき思いついたんだからな!」
「ついさっき……」
「ああ、他人にあの力使うのは初めてだな。上手くいって良かったぜ!」
ドライは顰め面で眼鏡を押さえた。
「いや……確かに魔女の力だ。まだまだ開発の余地があるな。そうだ、そういう事だな」
「ああ、そういう事!」
ドライは無理矢理納得することにした。
そうこう話しているうちに、事務所の車が到着する。見慣れた黒スーツにサングラスの男達。
「ドライ様、ブラド様。お二人は此方へ。その男は我々で回収します」
「ああ、頼む」
黒スーツ達は手馴れた動作で男を担ぎあげ、黒いワンボックスカーへと運んでいく。
「なあ、そいつこれからどうなんの?」
「尋問だ。そいつの犯罪歴、所持物、その他諸々を徹底的に調べ上げる」
「終わったら?」
「解放するかどうかはそいつ次第だ。殺さなかったのはあくまで尋問の為だからな。こいつが暴れたり、存在価値無しと判定されたら……」
「そうかよ」
ロスタはどこか拗ねたような表情を浮かべた。
「もしもだ。あいつが売人なんかじゃなかったら、今頃ベティちゃんは」
「過去の事を悔やんでも仕方がない。大事なのは、これからどう生きていくかだろう」
ロスタは弱々しい口調で呟く。見兼ねたドライは冷静に諭した。彼なりの優しさだ。
「これから……」
そこから先の言葉は出なかった。
任務を終えた二人は、その報告にボスの部屋へと訪れた。
「二人ともご苦労だったね。奴はうちの牢獄に閉じ込めるよ。容態が安定したら尋問をする。君達は暫く休みなさい」
「ウス!」
「承知しました」
二人はボスに向かい敬礼した。
「そうだね。君の実力は分かった事だし、早速自由任務をしてみようか。それから依頼任務もさせていいかもね」
「自由……依頼?」
「自由任務は上層部からの命令以外で行う暗殺及び襲撃の事だ。主に情報屋の協力を得て執り行う。依頼任務はその名の通り、一般人からの依頼による殺人任務だよ」
「あ……はい。了解っす」
本当にわかったのか、と言いたげな目をするドライ。
「勿論、無益な殺生はしないよう我々で調べ尽くした上で任務を与える。君達は安心して任務にあたるといい。彼も一緒だし、心配要らないね」
「ハッ」
「へい……」
「では、また次の任務に宜しくね」
二人は再び敬礼を返し、ロスタの自室へと帰還した。
「あー、疲れたぁ」
ロスタは帰るやいなや、ベッドに沈むように倒れた。
「待て、お前宛てに荷物が届いている」
「明日……」
「今だ」
「明日ァ!」
「今だ!いつまでそんなボロボロの服のままでいる」
首根っこを掴み、無理矢理身体を起こす。
「服ー?」
「そうだ。腕の繊維が千切れているぞ。中身はどうやら仕事服のようだな」
「へい……」
やさぐれた顔でベッドに座るロスタを横目に、ドライはダンボールを開ける。
「ほら、着ろ」
「今?」
「ああ、サイズが合わなかったらどうする」
「きっちりしてんねえ……」
ブツブツと言いながらも、渡された服に着替える。
「あー……こんな感じか」
鈍色のノースリーブに真っ赤のトレンチジャック、黒のカーゴパンツを着用する。右手には手袋を着用し、魔女の刻印を隠している。
「サイズは?」
「ああ、問題ないぜ」
「では、次からそれで任務に当たれ。あとは……」
ロスタに片手で突き出したのは、最新型の携帯電話だ。
「おー、最新の奴じゃん」
「任務に使う。使い方は」
「わかるって、舐められちゃ困るぜ」
「そうか。では翌日の正午、また会おう」
ドライはぶっきらぼうな態度で部屋を出ていった。無機質な部屋のベッドに、一人寝転ぶロスタ。
「……なんか堅えよなぁ」
『眼鏡の男か。彼奴の性格のせいかもしれぬが、そなたを全く信用しておらん』
「だよなー。もうちょっと砕けた方が楽なのによ」
『だが、面倒見の良い男よ。人柄の良さは隠せておらぬな。案外、良き相棒となれるのではないか?』
「ま、俺としちゃあ上手くやれるに越した事ぁねえけどな」
天井の小さな光を、ただただ見つめるロスタ。彼はいつの間にか、眠りについていた。
翌日。インターホンが押され、ロスタの部屋へと入っていくドライ。髪を整えている最中のロスタが出迎えた。
「今日は昨日話があった自由任務について説明する。着いて来い」
「おうよ。もうすぐ髪纏まるからよ」
「先に済ませておけ……」
「あー、ついつい拘っちまって。こういう仕事してると見た目大事なんだよ」
「まったく……準備出来たら言え」
二分後、髪にボリュームを出したロスタが表れ、事務所の車へと乗り込んだ。
「今から情報屋に会いに行く。少々癖のある奴だが、上手くやれ」
車は発進から五分程度で止まる。ヴァンジン市北区の街、ノードフルス。街に大きな河川が貫くように伸びる街。中央区程では無いが、それなりに人の往来が多い街だ。
「ノードフルス駅喫煙所で待ち合わせをしているのだが……中々来ないな」
屋外の喫煙スペースで佇む二人。
駅構内を歩く人々は皆仕事に娯楽に忙しいようで、周囲など気にすること無く歩き続ける。
その中、一人の男が手を挙げ此方を呼ぶ仕草をする。左腕に煙草の箱を握りしめている。
「よう、あんたが新人の子か?」
顎髭を生やした長身の男。一回り身長の低いロスタを見下ろしている。
「俺は……そうだな。ダンディとでも」
「黙れ」
「ハイハイ冗談ですよ。俺ん事は『スモーク』って呼んでくれ。ま、そういう名だ」
スモークは人差し指で頭を掻く。世間一般的にダンディと呼ばれる、渋い風貌を醸し出している。
「スモーク、ね」
「おう。じゃ、俺は一息」
握っていた箱を開け、一本の煙草を突き上げて咥える。
「未成年が居る。煙草は控えてもらおう」
「えー、つまんねえの」
両腕を首に回し、あからさまに不満そうな表情を見せる。
「俺は別にいいけど」
「良くない。未成年だろう」
「いいだろ。酒も飲んでたしよ」
「だから良くない」
「へへ、漫才でもやんのか?」
悪戯に笑うスモーク。ドライをからかうように咥えた煙草を上に向かせる。
「まったく……【仕事】の話だ」
「はいはい【仕事】ね。ちょいこっち来な」
スモーク達は待合室へと入り、3人がけのベンチへと座る。手に持っていたノートパソコンを開くと、そこには名前と犯罪歴が一定間隔で羅列されている。ロスタが外から覗き込む。
「そうだな、【捨てて】いいもので頼む。何かあった時の保険としてな。後、【服装】が軽いものだ」
「つうと、一般人あたりか。探してみるぜ」
副流煙を大きく吹き出し、暫く左指で摘んだ後、再び口に咥えた。紫煙が空に舞いあがる。
「何言ってるか全然わかんねえ」
「……つまり、こういう事だ」
ドライは隠語を使わない文章を携帯に書き記した。
【殺害して構わない者で、武装していない】
「ならそう言えよ、難しいぜ!」
「堂々と言えるかこんな事……」
また彼は眼鏡を押さえた。
「こいつなんてどうよ」
端末の画面を見せつけるスモーク。小太りな顔付きの男で、名は『チャールズ』。名前の下には【殺人 出所済】と表記されている。
「ナイフくらいならあるかもな。けど、あんたらの力なら十分だろ」
「そうか。場所は?」
「証言があったのはノードフルスの夜中だったか。何でも……」
突如屈み、ロスタに耳打ちするスモーク。
「ムショを出た後もスリやら何やらで罪重ねてるそうだ」
「ムショを出た後……」
呟いた途端、ドライは足を踏みつけた。
「言うな」
「わかったよ……痛ってえ」
「で、こいつのルートはある程度は掴めてる。普段はそこらのコンビニで買い物してから帰るのが基本だ。運が良ければ今日にでも張り込んでみるか?」
「今日か……ブラド」
「俺は全然いいぜー」
「じゃ、決まりだな。日が完全に沈んでから、また来いよ」
そう言うと、スモークは新たな煙草を取り出し口に咥える。
「お前……」
「あんたも吸ったらどうだ。気持ちよくなれるぜ」
「吸わん。わざと健康を害すような行為をしてたまるか」
「わかってないな若造。人生ってのはこの煙と同じ。一瞬で消えちまうものなのさ。そんな刹那の人生、愉しむか愉しまないか。そんなの一択だろう」
「……何言ってるかわかんねえぞ?」
「同感だ。というか分かりたくないな」
「……冷たいねぇ」
溜息にも近い紫煙が昼の空に消えていった。
夜間、ノードフルスの街の隅。二人の男が壁に隠れている。一方は狭い道を注視し、もう一方はスモークと通話中だ。
「どうだ?」
「いねえや。いつもこの時間にいんだろ?」
「そうだな……そろそろ現れてもいい筈だ」
ノードフルスの夜は静寂に包まれる。中央区のような夜間の喧騒は無く、街ゆく人の話し声が僅かに響く程度だ。
「……あれか?」
ドライの目が鋭くなる。
目の前に映る小太りの男。酒の入った袋を手に歩く。
「間違いない、例の男だ。殺るか?」
「ああ……殺っちまいな」
スモークの一言と共に、二人は男の前へと出る。
「よう、死んでもらうぜオッサン」
「排除する」
光鞭を構えるドライ。その間にコートの右腕を脱ぎ、腕を変貌させる。ボタンを一つだけ留め、半端にはだけた上衣から赤き火砲が剥き出しになる。
「な……何だ! 」
「大人しくすれば楽に殺してやる」
「ふ、ふざけるな! そんな事あってたまるか!」
「うるせえよオッサン、死んどけ!」
砲門をチャールズに向け、ニヤリと笑うロスタ。人を死傷させる時の、狂気の目だ。
「う……うあああああああ!!」
ロスタ目掛けて猛突進するチャールズ。
走る途中、彼はポケットからナイフを取り出した。
「死ねええええええ!!」
「は?」
スレスレで回避し、足を掛けようとしていたロスタだが、突然現れた刃物に気づくのが遅れた。
まずい、と思った時にはもう遅く、男が目と鼻の先にいる。
ロスタの腹部に向け突き出されたナイフ、贅肉のついた腕。
それらは、二本の光の鞭で縛り上げられていた。刃先が届く一メートル寸前で止められている。
「気をつけろ。死ぬところだったぞ」
男の手首に巻かれた鞭が、さらに本数を増やし伸びていく。
最後の一本が巻き付かれた時。ドライはその鞭を引っ張り上げ、強引に男の腕をぐるりと回す。180度以上回転した腕が、生々しい音を立てる。
「ぐううっ……!?」
「厄介なものだな。10本までしか出せないというのは」
ドライの全ての手指から、光の鞭が伸びている。それらを千切り、ようやく男は腕が自由になる。しかし、腕を回転された痛みからか蹲るばかりで、反撃をする余裕が無い。
「悪い……マネージャー」
「ブラド、怪我は?」
「ギリギリセーフだ!」
「そうか。気をつけろ」
「お前……ら……!」
雑談をしている中、ようやく立ち上がるチャールズ。ナイフを拾い上げ、今度はドライを標的にする。
「貴様ァ!」
ナイフを手に、再度突進を仕掛ける。ドライは表情を乱さず光鞭を広げた。
「ウッ……!」
六本の鞭がチャールズの首に巻き付き、絞めあげるような体勢になる。
「楽に殺してやろう」
腕を交差させ、光鞭を操るドライ。さらに四本の鞭を追加する。
「終わりだ」
「……ッ……アア……ァ……!」
もはや言葉を発する事も出来ず。
頚椎が折れ、首が有り得ない方向へと曲がった。
鞭を解除すると、脱力し地面へと顔を打ち付けるようにして絶命した。
「……殺ったか」
「ああ。これから報告のやり方を説明する」
何事もない様に立ち振る舞うドライ。彼は殺人行為に何の感情も抱かないのだ。
「なんか、スっとしねえ」
「こんなものだ。気持ちの良い暗殺など小説の世界の話だからな」
「そうかよ……」
「自由任務は俺がボスに報告を行う。お前がいずれ自由行動になったら、俺に報告しろ」
「おう……」
「おう、お疲れさん。余裕だったろ?」
「まぁ……な」
「そうそう、最近出来たあのカフェ行ったか?」
任務を終え、ノードフルス駅周辺を歩く二人。ロスタはぼうっと外を眺めて歩き、ドライはスモークへと報告を行っていた。しかし、話は雑談へと移り変わっていく。
「あそこにいる店員の姉ちゃんがまぁ美人でなぁ」
「スモーク、関係ない話は……」
そう話している時だった。
街中で女性の悲鳴が響く。一瞬で周囲の人々の視線が集まる。
「ひったくりです!捕まえて!」
二人の前方から、黒い服の男が全速力で駆け抜けていく。
「そうこなくっちゃな」
ロスタは目をガッと開き、男を追いかけ始めた。
「やっぱりよお、ヒーローらしい事してえよなぁ!」
「んん?何かあったか?」
「ああ、ボヤ騒ぎだ……っておい、待て!」
「何あったんだよ?」
「ブラドめ、ひったくりを追い始めたぞ!」
通話しながらロスタを追いかけるドライ。
当のロスタは街角を曲がり、ひったくり犯を追う。
「ひっひっひっ、緊急依頼ってか!頑張れよ先輩!」
「クッ、あいつめ……!」
「待てよクソ野郎がァ!!」
暗殺者と強盗犯、騒がしい夜が始まる。
イカれた登場人物紹介⑤スモーク
見た目だけは良いヘビースモーカーのオッサンだ!
胸の内には沢山の情報とニコチンがあるぞ!
癖が強くて面倒臭い男だ!
いつも絡まれてるドライが可哀想だね!