第5話 初任務
ヒーロー事務所【アーリヴ】に所属する事が決まったロスタ。彼はヒーロー『ブラド』として、初任務にあたろうとしていた。
「さてと……任務ねえ」
部屋に一人佇むロスタ。部屋は最低限の生活が出来る程度の物しか置いていない。無論、娯楽の類は皆無だ。
試しに冷蔵庫を漁ってみるも、非常食と飲料水がある程度。意欲の失せたロスタはベッドに横たわる。
「眠……」
ロスタは殆ど眠らず活動し続けており、疲労も限界へと差し迫っている。彼が寝転がってから入眠するまでさして時間はかからなかった。
「ブラド、出動だ」
およそ12時間後。
ドライは部屋の鍵を開け、生活スペースへと侵入して来る。
「んー?」
寝ぼけ眼を開くロスタ。片袖が千切れた衣服をぼうっとしながら整える。やや筋肉質な片腕をぐるぐると回す。
「忘れたのか。今日任務と伝えた筈だ」
「あー、そうだったそうだった」
「まったく、早く準備しろ」
ロスタは大きな欠伸をして起き上がって来る。やや乱れた赤髪を手で解す。
「……このまま行くの?」
「もう時間がない。行くぞ」
「へーい」
ぼやきながらも部屋を後にするロスタ。長身の黒スーツの背を着いて行く。
「……つか、俺はあんたをどう呼べばいいんだ?」
「ドライでいい。俺の名前だと思ってくれ」
「んー、しっくりこねえな」
エレベーターの中、雑談を広げる二人。
「……じゃあ、マネージャーとかどうよ」
「マネージャーだと?」
「ああ、マネージャーみたいなもんだろ?あんたの仕事って」
「まあ、間違ってはないが……」
「新人連れて来たり、任務入れたり、ほぼマネージャーじゃん。もうそれでいいだろ?」
「……好きにしろ。任務に支障をきたさなければそれでいい」
「じゃあ決まりな。マネージャー」
「フン」
ドライは顔をしかめて目を閉じる。
二人が外に出ると、既に車が待機している。
サングラスの男がドライに向け一礼し、扉を開ける。車に乗り込みながら話を続ける二人。
「で、どこで殺るんだ?」
「ヴァンジン市中央区だ。丁度お前が勤めてた場所の近くだな」
「うげえ、あそこ行くのか」
「我慢しろ……。今日のターゲットは昨日話した通り」
「あー、売人だっけ」
「そうだ。風俗店や酒屋に現れ、ソレを低価格で売りつけてはそこいらの連中をヤク漬けにする。そうやって稼ぐ野郎がいるから、そいつを捕まえる」
「いいけど、なんで俺? あんたの力なら一人でも行けそうじゃん」
「ターゲットは魔法を使う。障壁を貼る魔法だそうだ。俺とお前、二人で捕まえる」
「そういうことね。ま、大丈夫だろ」
ドライの慎重な姿勢とは対照的に、楽観的に笑うロスタ。
周囲は人口の光が段々と増え、街は都会へと入り込んでいく。周囲が見覚えのある賑わいへと変わっていく。
「そろそろ着きます」
「ああ……あと、これ被れ」
ドライは乱雑に帽子とマスクを渡す。
「変装ー?」
「一応な。なるべく早く済ますぞ」
「おうよ」
車から降りる二人。
ヒーローがひっそりと降臨した。
人の目が届かない裏路地。ドライは七三分けの前髪を掻き分けながら佇む。
「で、どこにいんのさ」
「もうすぐ現れる筈だ」
「……で、なんで俺こんなとこに隠れてんの」
「我慢しろ。指名手配犯である事を忘れるな」
ロスタはゴミ箱の中で身を隠している。
「現れたら背後から襲う。いいな」
「……それじゃ俺の出番無くね?」
「保険だ。障壁を操る以上、守られる可能性も高いからな」
「ここ臭くてやだ」
「我慢しろ……」
彼等は携帯電話を耳に押し当てる。通話しているように見せかけながら会話している。
「シッ、来たぞ」
街灯の向こう側から妙に整った衣服を纏った男が近付いて来る。その男は一人の男と一つのゴミ箱を気にもせず通り過ぎる。
「行くぞ……準備しろ」
ドライは両指の一、二、三指から光の鞭を発現させる。第一関節の僅か上に巻きついた、光の糸のような細い鞭を、男目掛けて発射する。
しかし、その鞭は虚空で千切れた。
「おいおいおい。不意打ちなんて卑怯じゃねえか」
男は背後を見せたまま語る。ガサガサと途切れるような声で呟く。
「もっと堂々とやろうぜ……なぁ」
男の目の前には、透明な壁が貼られていた。どうにか目視で確認出来る程度の、透けた障壁。
「俺をどうするつもりだ、なぁ眼鏡の兄ちゃん」
「悪いが、お前はもう捕まる定めだ。今すぐにでも辞表を出して来い。お前の上司……ヤクの売人にな!」
残る四指から鞭を繰り出す。その光鞭は街灯に一度折り曲げられた後、上空から垂直に男を捉える。
しかし、その鞭も真上に貼られた壁に弾かれてしまう。
「悪ぃな兄ちゃん。俺もよお、今の仕事大好きなんだわッ!」
「させん!」
男は逃亡を測る。その行先を、蜘蛛の巣のように網目状に貼った鞭で塞ぐ。男は一瞬驚いたような表情を浮かべ、その場に立ち止まる。
「まぁそうなるわな。あんたら、サツには見えねえが何モンだ?」
「さあな。俺が何者か等どうでもいいだろう。ただ……少しばかり、悪人が許せないタチでね」
「そうかい。偉いなぁ兄ちゃん。まるでヒーローじゃねえか」
けらけらと嘲笑う男。
「そうだな。ではお前が悪だ。大人しく投降しろ!」
「やなこったね!」
男は反対側を向いて逃げ出す。
「待て!」
鞭は逃げ道を塞ぐ用に出し尽くしており、これ以上の拘束の手段は無かった。そう、彼の存在を除けば。
「ブラド!」
「おうよ!」
ゴミ箱から飛び出、腕を変貌させて登場するロスタ。地面を擦り付けるように着地、火砲を男に向けて立ち止まる。
「くたばれ……クソヴィラン!」
ロスタは彼に向け、砲弾を発射した。
夥しい量の鮮血を撒き散らす、紅の砲弾。
その砲弾は魔法の障壁に直撃。
飛び散った鮮血が、透明な壁を真っ赤に染め上げる。まるで空中に流血痕を浮かび上がらせたようだ。壁に張り付き流れ落ちた血液が、ポタポタと落下。小さな血溜まりを作る。
「おうおう、おっかねえな赤髪の兄ちゃん」
「だろ? 死ぬとこだったぜオッサン!」
高笑いし敵を煽るロスタ。
「だがな、そう簡単に俺の壁は破れねえ。先に力尽きんのはあんただぜ」
「へっ。やってみろよ!」
彼の挑発に乗り、ひたすらに砲撃を繰り返すロスタ。その一撃は何度も受け止められ、血溜まりを作るばかり。
「ブラド、無駄撃ちは止せ!」
ドライは拳銃で応戦に回るも、その障壁はいとも容易く銃弾を受け止める。
「クソ、全然破れねえなコレ!」
「へへへ、あんたの方が先に負けちまうぜ?」
「畜、生が……! このヤク中野郎!」
ロスタはゼェゼェと息を切らしている。それでも意地を貼り、砲門は男に向けている。
「俺も仕事でやってんだ、仕方ねえだろ? ヤク売るのも大変なんだぜ」
「ああ?」
静かに、けれど確かに怒りを顕にするロスタ。
「いつも思うけどな。ヤクってのは使う奴の問題だよ。ラリって人生ぶち壊す奴もいれば、上手く付き合って人生楽しく生きてる奴もいる。結局はそいつ次第なんだよ」
男はヤレヤレ、と呆れるような風貌で語る。
「そんで、知らん奴がブチ切れてよ。お前がヤクなんて売らなければ良かっただの。キレるならヤクと向き合えなかった奴にキレろって話だ。笑えるだろ?」
「……」
「でもまあ、そうやってヤク漬けになった奴から金毟んのもよ、人生破滅してのたうち回る奴見んのも……仕事の楽しみってヤツだよなぁ……あはははははぁっ!!」
更なる怒りで表情が歪んでいくロスタ。
「……ん。あんたって確か……例の殺人事件の容疑者だろ」
男は目を見開いて、ロスタの顔面をまじまじと見つめた。彼は不快そうに舌打ちをして男を睨む。
「チッ、バレてんのかよ」
「当然だよ。なぜなら……あんたの店の奴にヤク売り捌いたの、俺だからな」
「何っ!?」
「……へえ」
「聞いたぜ。ホステスの女、店のヤク中に殺されたそうだな。そんで、どっかの馬鹿がそいつら皆殺し。残された奴は悔しいだろうなぁ?」
本当に汚らしい笑顔を見せつける男。
「あんたかよ……ぶっ殺したの」
「俺は関係ねえよ。たまたまアホだっただけだ、あの店の連中が。アホみたいにキメやがって、素人はやっぱ困るなぁ」
「そうかよ……あんたが居なければ、ベティちゃんも死なずに済んだってわけだ」
ロスタは冷静に話しているが、その怒りは頂点に達していた。
「へっ、悔しいか兄ちゃん、でも仕方ないんだよ」
「ああ、じゃあ……俺と出くわした以上、殺されてもしょうがねえよな!!」
ロスタは目を鋭く尖らせ、強大な砲撃を放つ。強風が吹き、周囲のゴミや埃が舞い散る。
「落ち着けブラド、そいつは殺害対象ではない!」
「てめえみてえなクソ野郎さえ居なけりゃ……あの子は死ななかったんだよカスが!」
「へえ、そりゃご苦労様!」
障壁の向こう、余裕の表情を見せる男。
「にしてもよう兄ちゃん。……そんなとこに突っ立ったままでいいのかい!」
「ぐあっ!?」
いつの間にか、ロスタは前後を壁で囲まれていた。二枚の壁が彼を押し潰そうとする。
「今度は俺の番だ……オラッ!」
「がっ、痛ってえな……ッ!」
障壁に挟まれ、身動きの取れないまま悶えている。それを見兼ねたドライは、二本の鞭を伸ばした。
「潰れちまえぇ!」
「ブラド、今助ける!」
素早い動きで屋根へと登ったドライ。ロスタの両腕に鞭が巻き付けられ、上方に引っ張りあげられる。
「ぐぐ……うおおおおあああッ!!」
さらに二本の鞭を追加。ドライは柄にもなく大声を上げ、ロスタを救出した。上空に打ち上げられた彼は、足を擦りながらも着地する。
「ここで死なれては困るぞ。俺の責任問題だからな」
「助かった……ありがとマネージャー」
ロスタは擦りむいた足に魔法を掛けた。流れ出る血液を凝固させた。
「落ち着け……俺達の任務を忘れるな」
落ち着いた低い声で、ロスタを冷静にさせる。
「さーて、俺は逃げちゃおっかなぁ〜?」
そう言い、網目状の壁とは反対方向に逃げようとする男の前。ロスタが立ち塞がる。
「くくくく……」
ロスタはマスクを顎まで下げる。歯を見せつけるように、ニヤニヤと笑いだした。
「はははははははははは……ッ」
怒りから喜びへ。
彼の目が狂う。
「俺は、滅茶苦茶ラッキーだぜ」
再度砲門を男へ向ける。
「俺は……あんたを殺さずに済む……つまり、あんたを殺さずに好きなだけぶん殴れるって事だ!!」
快感が入り交じる嘲笑。
彼は高らかに叫ぶ。
「覚悟しろよ悪人野郎! てめえ、楽に死ねると思うなよッ!!」
「……っ、やれるもんならな!」
男の目に一瞬、怯えが宿った。
ロスタは移動しながら砲撃を続ける。
壁を蹴り、屋根を登り、ありとあらゆる方向からの攻撃を試みる。鮮血が四方八方に飛び散っていく。
「まだわからねえか、あんたの攻撃は全部無駄だ!」
「無駄じゃねえよカス!」
しかし、その勢いも長くは続かなかった。
荒い呼吸、疲労した肉体、酷使した魔女の力。
彼の活動限界が迫っていた。
ロスタはその場に座り込み、はぁはぁと乱れた呼吸を繰り返す。
「やっぱり無駄じゃねえか」
男は呆れたように壁を二枚作り出した。
「ここであんたは終わりだ、あばよ。その女に会いにいけよ」
口元をニヤつかせながら、男はゆっくりと壁で挟み込む。じわじわと歩みを寄せ、苦痛に歪む表情を嘲笑う。
「させん……ッ!」
疲労が溜まったのはドライも同様だ。
魔法の継続使用により、明らかに精度が落ちている。伸ばした鞭も、壁に打ち当たり千切れ落ちるのみ。
「こんな、ところで……!!」
ドライは拳銃を構え、男に向ける。殺害任務ではないが、もはやこの手しかないと腹を括る。
「くくくっ、せめて最後に、その顔拝むとするかぁ」
憎たらしい笑みと共に、ロスタに最接近する男。
「…………だぜ」
血溜まりに足を踏み入れた瞬間だった。
「やっぱ俺は、最高にラッキーだぜえええッ!!!」
「あ?」
血溜まりの中で停止したその途端、ぐちゃりと肉を貫通する音。
何が起きたか、ロスタ以外は理解出来なかった。
男の両足甲を、紅く鋭い棘が貫いている。
血の魔女が操る、凝固した血液。
ロスタは、地面に広がった血溜まりの中から一瞬で血液を凝固させ、棘を作ったのだ。
まるで氷柱のような、紅い凶器。
「ぎゃあっ!?」
男は身動きが取れないまま、激痛に悶える。
「行くぜえええええええッ!!!」
ロスタは隙を逃さない。
平面の壁の横を通り抜け、男のすぐ横へと回る。
もはや抵抗の隙などなく。
ロスタは引きつった笑みと共に、男の顔面を思い切り殴った。
その愉悦の表情は、魔女の如く。
ヴァンジン市の裏観光案内①
ヴァンジン市は表向きでは観光業や飲食業、裏では金と女と血で成り立っています。
殺人や暴行、違法薬物なんて日常茶飯事です。
気になったら覚悟を決めて、闇の世界へ飛び込んでみましょう。
ただし警察も割と機能しているので、あんまり調子に乗ると即逮捕です。ほどほどに。