第4話 魔女
逃亡したロスタはその日の夜、謎の男ドライと出会う。彼から、社会に蔓延る悪人を抹殺する存在【ヒーロー】になる事を提案される。最後まで抵抗を続けたロスタだったが、呆気なく彼の魔法に拘束されてしまう。そして、ドライが所属するヒーロー事務所へと連行されていくのであった。
「おい、どこ行くんだよ?」
「今からお前が向かう組織、【アーリヴ】だ。ヒーローを複数名所属している暗殺組織だ」
「何じゃそりゃ……」
「言うまでもないが反社会的組織だ。他言無用だからな」
「わーってるよ、俺はそこまで馬鹿じゃねえ」
暗い街、鳴り止まない人の声。酒に薬物に溺れていく街の声。そんな街の片隅を、二人の男が歩く。
「それとお前。ボスに会う前にコードネームを決めておけよ。仕事柄、実名で動く訳にはいかん」
「そんならもう決めてるぜ!」
嬉々として答えるロスタ。
上半身に巻き付けられていた光の鞭は、両手首にのみ固定されている。
「その名も……ザンサツヒーロー、ブラドキャノンだ!」
「却下」
ドライは眼鏡を押さえ、困惑したような表情を取る。
「はぁ!?」
「長い。『ブラド』くらいにしておけ」
「ブラド……ブラド。なんかしっくりこねえな」
「そのくらいにしろ……そろそろ着くぞ」
ドライの目線の先、1台の高級車が路上駐車されている。黒く塗りつぶされた、人を寄せつけないデザイン。ゴミが散乱する地面、汚らしい落書きが描かれた壁に沿って、車まで歩く。
ドライは運転席に座るサングラスの男に耳打ちする。
「俺だ。例の奴を連れてきた」
「……分かりました。どうぞ中へ」
「乗れ。移動するぞ」
「へいへい」
ロスタは車のドアを適当な手つきで開け、奥まで入り込む。
「……で、どの辺よ」
「着けばわかる……出発するぞ」
無言で車を発進させる運転手。終始無言のまま運転を続けている。
「お前に魔女について話しておく必要があるな」
「堅苦しい話は無しな」
ヴァンジンは夜間にも関わらず車の行き交いが多い。幾度となくすれ違う車のヘッドライトの光。それらが彼らの目に映っては消えていく。
「魔女についてはどのくらい知ってる?」
「婆さんから聞いた多少はな。ユウロっつう魔女の婆さん」
「ユウロ……【血の魔女】か」
「有名なの?」
「魔女の中でも特に強大な存在だ。少なくとも1000年以上は生きてる」
「クソ長生きじゃん」
『死なぬとは良いものよ、そなたにはまだ理解出来ぬだろうがな』
「へいへいそうですか。長生きなんてするもんじゃねえよ」
車内に沈黙の空気が流れる。
「……独り言か?」
「は、聞こえなかったのか?今婆さん話してただろ」
「……そういうことか」
「そういうことってどういうことだ? よく分かんねえぞ」
「お前の腕に住んでる魔女。そいつの声はお前にしか聞こえないようだな」
「あ……。ああそういう?」
「理解したか?」
「おう、今理解した!」
ぐっ、と親指を上げるロスタ。
『ヒヒヒ、恥をかかずに済んで良かったのう』
「まあ、そういうことだ……」
ドライは眼鏡を押さえ、自身の思考を落ち着かせる事にした。
「話を戻す。現存する魔女について伝えておく必要があるな」
ドライは情報端末を取り出し、真っ白な画面を見せる。
「これから見せるのは他言無用だ」
「んー?」
質素な画面に映る、単調な文字列。
「これが現時点で生存を確認している魔女だ」
【狂気の魔女 セイラム】
【炎の魔女 ヴュルツブルク】
【剣の魔女 バンベルク】
【閉塞の魔女 フルダ】
【追放の魔女 トリーア】
【嵐の魔女 ノースベリック】
【瘴気の魔女 ペンドル】
【子供の魔女 トーシュオーケル】
【陵辱の魔女 ラブール】
「ダメだ覚えらんねえ」
「だろうな」
ロスタは早々に匙を投げた。
「で、こん中にあんたが居んのか?」
「俺は魔法使い、魔女の血縁というだけだ。魔法を使うのは魔女だけではないぞ」
「そうだっけ?」
「ああ。人間だが魔女の血が残っている者。人間に『魔女の刻印』は無いが、使い過ぎれば当然肉体に負担がかかる。魔女は幾ら魔法を使おうが疲労しないが、『魔女の刻印』を潰された時点で魔法は使えなくなる。覚えておけ」
「あー、やっぱ堅苦しい話じゃん。頭使いたくねえ」
首を車の天井に向け、面倒臭そうに呟くロスタ。
「ドライ様。そろそろ到着します」
「ああ」
車が減速する。到着したのはヴァンジン市の郊外、市内の北端に位置する寂れた街「アインザ」。
「ここ、一回しか来たことねえな」
「一度はあるのか?」
「ああ、ガキの頃親父に連れられてな。昔はわりと賑わってたけど」
「時代の変化というものだな……」
夜間ともあって人の往来は殆ど無い。夜の繁華街の賑わいを毎日経験していたロスタにとって、夜間の静けさに違和感を感じていた。
「ドライ様、こちらへ」
「ああ、今行く」
降ろされた場所は、二階建ての質素な事務所。人が住んでいるような気配はない。全身がコンクリートで打ち付けられ、灰色が夜闇に混ざっている。
サングラスの男が事務所の鍵を開ける。狭い道を進んだ先に、黒色の階段がある。
「待て、そこじゃない」
「階段じゃねえの?」
階段を登ろうとしたロスタを引き止めるドライ。
「こっちだ」
階段の隣に出来た僅かなスペース、その壁に付けられた小さな突起物を掴む。それをスライドさせ、新たな道を開いた。つまるところ、隠し扉である。
そこから更に歩いた先、古ぼけたエレベーターに出迎えられる。ドライはエレベーターの横に付けられたタッチパネルを操作し、扉を開ける。
「入れ」
エレベーターが暫く降下する。扉が開くと、今度は重厚な栗川色の扉が現れる。ドライはその扉をノックする。
「ボス。連れて来ました」
「入りたまえ」
老年男性と思わしき声が扉越しに聞こえてくる。
「失礼しまーす……」
「失礼致します」
二人の位置から遠く離れた場所、エグゼクティブディスクに両肘をついて座る男性の姿がある。先程の声の主だ。
周囲には水槽を彷彿とさせる藍色のライトで照らされている。その他足元に簡易照明が付けられている程度で、全体的に暗い雰囲気を漂わせる。
「君がロスタ君だね?」
「は……はい。そうっす」
ボスと呼ばれる男。穏やかな顔付きで二人に目を合わせる。長い白髪を電動車椅子に垂らし、デスクの上の書類をかき集める。
「君の肉体に残存する魔女、ユウロ。あの魔女はね、突如ヴァンジン市に現れたかと思えば君の右腕と融合したんだよ。そろそろ彼女も寿命かと思った時にさ。あの魔女は遥か昔から何を考えているか分からなかった」
「は、はは。そっすね……」
「そして君は魔女の力を用いて人を殺した。察知したのさ。魔女の力を、ね」
「察知……と言うと?」
「【察知】。私の魔法だよ。あの街で魔女に相当する力を感知したから調べてみたら、こんな事が起きてたなんてね」
緩い表情ながら、重厚な雰囲気を崩さないボス。ロスタもやや緊張気味で応答している。
「ただの一般市民の君が、何故魔女と融合し人を殺したか。調べあげた結果……君は一人暮らし、普段は夜の街で働き詰めのようだね。ご両親は別居中か、或いは……」
「親はいねえっす。随分前に死んぢまってますし」
「そして、愛する人も亡くした末に殺人行為。まだ19歳だというのに、辛い話だ」
「19……!?」
想像以上に若かったせいか、直立不動ながら驚きを隠せないドライ。
「このままでは、君は居場所もないまま逃亡を続け、いつか力尽きる。誰も望まない結末を辿るだろうね」
「…………」
「そこでだ。君を私の組織に引き入れたいと思う。ヒーローとは本来、弱き者に手を差し伸べる存在だからね」
優しい顔で微笑むボス。それに応えるように表情が明るくなるロスタ。
「へ、へい!」
「それに、君はまだ魔女の力を使いこなせていない。君は君が想像する以上に強大な力を持っている。それこそ、人々を虐殺しかねない力をね。その監視も兼ねているんだ」
「へい……」
「街を歩く時は常に監視として彼がお供するよ。暫くの間、監視下に置かせてもらうね」
「まぁ、宜しく頼む」
(マジか……)
ロスタは嫌な表情になるのをどうにか抑えた。
「後、君の家も必要だね。うちの地下を使うといい」
「いいんすか!?」
「ああ、他のヒーロー達も住んでるからマナーは守ってね」
「へい、ありがとうございます!」
ロスタは深々と頭を下げた。
「では、君のコードネームを聞こうかな。ドライ君から伝えてある筈だ」
「へい。俺は、ブラドキャんぐっ!?」
ドライの足がロスタの靴先を思い切り踏み付けた。言うな、という意味だろう。
「『ブラド』です。彼がそう希望しております」
「そうか。ではブラド。君を【アーリヴ】所属ヒーローとして任命する」
「んぐっ……よ、宜しくお願いしまっす!」
「励みたまえ……正しい社会の為に」
痛みに悶えつつも、彼は頭を下げた。
「ではドライ、彼の案内を宜しく頼むよ」
「承知しました。行くぞ」
「ってえ……」
ドライはロスタの腕を掴み、部屋を後にした。
エレベーターに乗り込み、B2のボタンが押される。
扉が開いた先は、狭い灰色の廊下だ。アパートを想像させる6つの扉。その内の一つ、一番手前の扉が開けられる。
キッチン、リビング、シャワールームが備えられている。最低限の生活は出来る部屋だ。
「おおすげえ、俺の家より広いじゃん!」
「お前、今まで何に住んでたんだ……?」
眼鏡を押さえるポーズを取るドライ。
「とりあえず、部屋は自由に使っていい。ただし、外出する際は必ず俺に連絡しろ。俺が同伴した上で外出を許可する」
「うわ、マジかよ……」
露骨に嫌な顔をするロスタ。
「我慢しろ。今のお前では一般市民を殺しかねん。お前の活躍次第で自由外出も検討する」
「嘘吐くなよ。俺、嘘吐きは嫌いだからな」
「誰が吐くか……ん、ちょっと待て」
ドライの携帯電話が機械音を立てている。
「はい。……任務を?はい。承知しました。おいロスタ……いや、ブラド」
電話を切ると同時に話し出す。
「あ、そうか俺、もうブラドか」
「早速だが任務だ。明日の夜、ヤクの売人を生け捕りにする」
「生け捕り? 暗殺じゃなくて?」
「そうだ。情報を吐かせるらしい。とりあえず今日は休め」
「おうよ」
部屋を出ていくドライ。その背後、彼は微笑んでいた。
「初仕事、ねえ」
ロスタの目が引き締める。それとは裏腹に、彼の口角はニヤリと引き上がっていた。
イカれた登場人物紹介④ボス
組織のトップだからボス、安直だ!
穏やかなお爺さんだけど発するオーラは凄まじい!
相手の位置を特定するというインチキじみた魔法を使えるぞ!
現代にあったらSNSを無双出来そうだね!