第3話 スカウト
愛する人を理不尽に奪われ、激昂するロスタだが、彼もまた殺害されかけてしまう。そんな彼を見かねたユウロは魔女の力を解放する。反撃の機会を得た彼は、彼女を奪ったボーイ達を容赦無く撃ち殺した。
惨殺を終えた彼は、息絶えた彼女に別れを告げ、夜の街に消えていくのであった。
「さてと……とりあえず服はこれでいいか」
ヴァンジン市早朝。昨晩の殺人騒動の勢いが止まない街中。ロスタは道端で酔い潰れた男子大学生の服を剥ぎ取り我が物とした。街の隅で焚き火を起こし、血塗れになった服を焼却している。
『殺人の次は追い剥ぎか。罪を重ねておるのう、ロスタよ』
「いいだろあんなアル中。服代だっておいていってやったんだし、感謝してくれよな」
ロスタはその学生の下着に紙幣数枚を入れていた。
「にしても、これからどうするかだな。とりあえずほとぼりが冷めるまで逃げるか?」
『逃げるしかなかろう。せいぜい今のお前が街に出たところで牢獄行きじゃ』
「逃げるのはいいとして、問題は飯と住処だな……どうしたもんか」
ぱちぱちと音を立てる火。紅く染まった衣服を黒く燃やしていく。
『せいぜい生き延びてみせよ、ロスタ』
「簡単に言ってくれるじゃねえか……」
ロスタは頭を掻き、僅かに残る火に水をかけた。
夜間、街は普段通りの下品さを取り戻していく。
しかし、その残忍かつ非現実的な犯行からか街は僅かな緊張感に包まれている。道行く人々は、その事件の話題で持ち切りだ。
(まずい、サツが巡回してやがる!)
建物の影に隠れ様子を伺うロスタ。夜間ともなれば警備も厳重になっていく。
ロスタは裏路地や街灯の少ない道を抜ける。通りかかるスーツ姿の一般人や、如何わしい酒屋や風俗店のキャッチをくぐり抜けていく。
(あれは……!)
街の一角、人だかりが出来ている店がある。そこは紛れもなく、ロスタがかつて勤めていた風俗店だ。
「あれは……オーナー?」
『知り合いか?』
「うちの店のオーナーだよ。話した事はないけどな」
灰色のスーツを纏う男が店の前に立ち、何やら店の者に話をしている。口調からして不穏な様子だ。付近には警察官らしき者も立っている。
『見つかったようじゃのう』
「クソ……今月の給料まだだってのに!」
『嘆いても無駄じゃ。夜が明けるまで逃げるのが正解じゃろう』
「へいへい……。就職先見つけねえとな……!」
逃げ続けて約一時間。ロスタは息を切らし、ダストボックスの影に座り込む。
「クソ、いい加減休めるとこはねえのかよッ」
『ヒヒヒッ、後悔しておるか?』
「別に、あいつら殺った事ぁ後悔してねえよ。あんたの力無しでも、俺ならきっとそうした。けど……やっぱ不便だな。まともにコンビニも寄れねえってのは」
そうぼやいた途端、ロスタの目の前に一人の男が現れる。
「そこのお前」
夜に溶け込みそうな黒のスーツを身にまとい、眼鏡越しにロスタを見つめる。
「……誰?」
「俺は『ドライ』。お前がロスタだな」
「ドライ? あんたの名前?」
「そうだ。ロスタ、お前に話があるのだが」
「わかったぜ、俺をとっ捕まえに来たんだろ?」
ロスタは戦闘態勢を取り、堅苦しい風貌の男を睨みつける。
「そうはいかねえよ!」
「待て、話を聞け!」
ロスタの右腕が変貌する。火砲を模した、『血の魔女』の右腕だ。
「ぶっ飛ばしてやるよッ!」
「させん」
ドライは両腕を交差させ、その両指から金色の光を伸ばす。鞭のようにしなる光を、一瞬で街の看板に括り付ける。ドライの体が高速で飛び上がり、建物の屋上へと上り詰めた。
「なっ、あんた魔法使えんのかよ!」
全指から放たれる十本の光は、ロスタの異形の腕を何重にも締め付ける。その腕を強引に引き上げ固定する。
「話を聞けと言っているだろう」
「クソ、こんなところで……!」
「俺はお前をスカウトしに来た。丁度人材を募集していたところでね」
「そんなの……信じ、られるかよッ……!」
ロスタは馬鹿力を発揮して、引き上げられた腕を無理矢理コンクリートの地面に向ける。
「うおおああぁッ!!」
地面に向けて砲撃を放つ。締め付けていた光は全て引き千切れたが、その衝撃でロスタの肉体は大きく後方へと吹き飛んでいく。
彼はどうにか体勢を整えた。靴の裏を擦り付けながら数メートル後退し、ようやく停止する。
ドライは細い目を大きく見開いて、その様子を屋根の上から眺めていた。
ロスタが砲撃した場所には、まるで惨い殺人事件が起き、遺体を片付けた後のような血溜まりが出来ている。
「やはり魔女の力か……」
「へへ……やべえ、マジで死ぬかと思った……!」
目を吊り上げ、ニヤニヤと口を開いて笑うロスタ。狂気とも恐怖ともとれる眼差し。
「笑っていられる余裕などあるのか?」
「ねえよバァカ! こちとらまともに飯食ってねえしもうヘトヘトなんだよ!」
「なら、一旦休憩にしないか。落ち着いて話を聞け」
『どうかね、彼奴の話を聞くというのは』
ユウロに諭されたロスタ。深呼吸を数回行い、落ち着きを取り戻した。
「そ、そうだな。とりあえず降りてこいよおっさん」
「おっさんではない。まだ28だ」
ドライはそうぼやきつつ、鞭を駆使し着陸する。息を切らさず、乱れたスーツを直しながらロスタの元へと歩く。
一方、ロスタは疲弊が溜まったのかコンクリートの地面に仰向けになっている。腕の変貌で千切れた衣類が周囲に散らばっている。
「で、話って?」
ロスタは横たわりながらドライの話に耳を傾けた。
「ああ、単刀直入に言う。お前には暗殺集団に入ってもらう」
「……暗殺集団?」
ロスタは間の抜けた声を出す。
「そうだ。我々の業界ではヒーロー、と呼ばれている」
「ヒーローってあのヒーロー?」
「ヒーローは隠語だ。正確には社会に蔓延る悪人を抹殺する存在、暗殺を生業とする者だ」
ドライは腕を組み、建物に背を付けて話す。
「他の暗殺者と異なるのは、暗殺に魔法を用いる点。対象は主に魔法を用いる者達だ。最近はさほど無いが、魔女を暗殺する事もある」
「へえ。風俗より給料いい?」
「報酬はお前の仕事次第だ。怠慢するようなら消えてもらう」
「おー怖。で、俺にそのヒーローになれって?」
「そうだ。拒否権はあるが……お前が今断ったところで、就職先があるとは思えんがな」
「へへ、知ってんのかよ」
「ああ。魔女と契約した事も、お前が職場の人間を惨殺した事もな。せいぜい逃げたところで牢獄行きだ」
「それ、拒否権ねえじゃん……」
「契約だ、ロスタ。今後ヒーローとして活動する事を誓え」
両腕を広げるドライ。契約を認めろ、と言わんばかりにじわじわと距離を詰める。
「そうかよ……」
はあ、と溜息を付くロスタ。表情が見えない程に俯いている。
「じゃあ、最初のターゲットは」
砲門をドライに向ける。幾つもの赤い光が集まり、巨大な光となっていく。
「お前だ!」
一歩も動かないドライ。
向けられた砲門から、紅の弾が打ち出されようとした。
「あれ?」
だが、ロスタはいつの間にか、全身が光の鞭で拘束されていた。
「うおい!なんだよこれ、離せよ!」
「はあ、まだまだ油断は出来んな」
芋虫のように這い回り上を見上げるロスタ。ドライはその様子を溜息をついて眺めた。
「おい、なんで魔法使えてんだよ!」
「地面に向けて鞭を張っておいた。いざ攻撃されても縛れるようにな。全く、扱いの難しい奴だ」
「そういう事かー!クソ、話中に攻撃なんてよォ!」
悔しそうにうねり、ゴロゴロと地面に何度も回転。
もし彼が拘束されていなければ、きっとこの場で地団駄を踏んでいただろう。
「殺しかけたくせによく言う……」
そう言いつつも、ドライは下半身のみ光の鞭を外した。
「俺の魔法は【光鞭】。鞭による攻撃、敵の拘束、引っ掛けて移動……といったところか」
ブツブツと呟きながら、ロスタを人気のない道へと連れて行く。
「何処に連れてくつもりだ……!」
「今からお前をボスの元へ連れて行く。組織のトップだ、慎めよ」
「クソ、俺の人生……!」
「豚箱よりはマシだと思え、ほら行くぞ」
減らず口を叩くロスタを、同様に悪態をついて歩ませるドライ。
後に二人は良き相棒となる事を、まだ誰も知らない。
イカれた登場人物紹介③ドライ
長身!細身!スーツ!眼鏡!七三分け!
性癖に性癖をかき混ぜたような男だ!
ツンツンしてて愛想がない、仕事人間!
どうせデレるんだろとか思ったお前!大正解だ!