第6話 出撃!獣人連合軍
五王との会談のあと、マドカはレイナを連れて狼人族の領地へと引き返しました。
道中、レイナはしきりに会談の内容をマドカに尋ねましたがマドカがそれを話すことはありません。
そして、しばらく進むとあちこちからオオカミの遠吠えする声が聞こえるようになりました。
「今日の見張りはクーとルーと、それからスーか!」
レイナは遠吠えを聞くだけで声の主がわかるようです。
「いつも驚くけどすごいわね!どうやって聞き分けてるのかさっぱり分からないわ」
「うーん、小さい頃から普通に動物たちの言葉がわかるからあんまりすごいって実感がないんだけどなぁ……」
このやり取りもこれまで何度もしてきたものですが、やはりこういう瞬間にマドカは自分と島の民の違いを感じるのでした。
「マドカたちの祖先は猿なんだっけ?でも、ボルガ様たちとも見た目がずいぶんちがうよね」
「うーん……そうねぇ……わたしたちの祖先も猿というのは間違いないのだけど、途中で違う進化をしたみたいね」
「マドカの国にはアタシたちみたいな種族はいないんだもんね……アタシたちって一体何なんだろうね?」
レイナは不思議そうに呟きました。
「たしかに祖先は違うし私に動物の言葉は分からないけど、レイナとは分かりあえていると思ってるわよ?」
マドカはやさしく微笑みながらレイナの頭を撫でました。
「うん!私も、マドカのことは本当の母様みたいに思ってるよ!」
二人が仲良く夜の森を歩いていると、突然大地がグラグラと揺れ始めたのでした。
「キャッ!?」
つまずくレイナをマドカ受け止めます。
「大丈夫?」
「うん、やっぱり突然来るとびっくりするよぉ」
「そうね、それに今日のは少し長かったわね……」
「うん、でももう平気だよ!ありがとう!」
いつもなら数秒で収まる揺れが、今回はその倍近くつづきました。
今日の話を思い出してマドカに言葉にならない不安がよぎりますが、マドカは努めて笑顔を保ちました。
「あまりゆっくり散歩してるのも危ないわね、ちょっと急いで帰りましょうか」
「ちぇっ……はーい」
そして二人は足を早めて狼王の屋敷へと戻ったのでした。
■世界歴1910年3月16日(月)■
虎人族領の手前にある平原に虎人族を除いた4種族の精鋭が集まっています。
その数450、そしてマドカは狼王とともに中央のテントで四人の王の到着を待っていました。
「うひゃー……すごい数だね」
禽王イデナが、キレイな青い羽を畳みながらテントに入るなり言いました。
「五王の合議制になってからというもの、島で争い事などなかったからのう」
「ていうかこりゃいくらなんでも集め過ぎちゃったんじゃないか?これにジャドの軍が500も加わるんだろ?」
猿王、馬王も後に続いてやってきました。
「相手の力は未知……備えをしておくに越したことはないだろう」
すでに円卓に着座していた狼王が3人を出迎えるように立ち上がりました。
「ふむ……虎のが見当たらんが…現地集合じゃったかのぅ?」
ボルガがテント内を見渡し狼王に尋ねました。
「いや、ここで合流して『我が軍の武威を〜』とか言ってたよな??」
「なになに!?あのオッサンったらまさか先走っちゃったの!?単独行動とかありえないんですけど」
「事情は知らんが、時間が惜しい。一先ず我々だけで今後の作戦を決めておこう」
狼王にまとめられた三人が円卓についたちょうどその時、テントの外がガヤガヤと慌ただしく
なったのでした。
「ガハハ!あやつめ、寝坊でもしたかのう」
猿王は声を上げて笑いましたが、テントに入ってきたのは虎王ジャドではなく、もっと若い虎人族の青年でした。
「し、失礼します!」
青年の慌てように猿王の笑みも消えました。
「まずは落ち着け、虎人族の戦士。虎王ジャドはどうしたのだ」
狼王は落ち着いて青年に話を促します。
「は、はい!実は昨夜、我々の領内に謎の化け物が出現し、虎王様は本日参戦予定だった精鋭500を引き連れてその討伐に向かわれました」
青年の話からマドカと四王の脳裏に妖の文字が浮かびました。
「ちっ……そうであったか……で、討伐の状況は?」
「はい、地上に現れた化け物は大半討伐し終えておりますが、その出どころがヴァジュネ=ソヤ(大蛇の谷)だと分かるや、虎王様はすぐに谷に向かわれました。ですので、こちらには来られぬ旨伝えよ……とのことで私が使いにやって来た次第でございます」
虎人族の青年は片膝を付き頭を下げました。
「その妖……いや、化け物は強かったんかのぅ?」
ボルガが青年に尋ねました。
「私はほんの数匹見ただけですが……虎人族の戦士が二人がかりで互角程度かと……」
「えー……虎人2人分なんて勘弁してよね……」
禽王イデナはめんどくさそうに手をひらひらさせています。
「虎王の部隊の被害状況はどうかのう?」
「けが人がかなり出ていますが、今のところは数で押しています」
「お?……てことは、俺達いなくても片付いちゃう?」
馬王ハセロは余計な仕事が無くなりそうで一安心、といった様子でしたが、マドカが楽観ムードを断ち切りました。
「いえ、地上に出てきたのは妖の中でも最下級のものばかりと見るべきでしょう。おそらく、谷の奥のより上位の妖に住処を追われたのではないでしょうか」
「縄張り争い、ということか……虎の戦士よ、ジャドは現地に来いとも来るなとも言ってなかったのだな?」
「はい……せっかくお集まりいただいたのにこのように曖昧な伝言しかお届けできず恐縮です」
青年は心底申し訳なさそうにしています。
「そうか……」
狼王は黙って何かを考えているようです。
「ふーん、そういうことね。あのオッサンにしては珍しいじゃない」
「うわっ、ホント……こんなことあるんだ」
しかしイザナとハセロはむしろ少し楽しそうに笑みを浮かべています。
「狼王よ……こりゃ、「行く」ということで良いかのぅ?」
ボルガの問いにネロは静かに頷いて返しました。
「え?……えぇ!?いや、しかし我が王は一言も……」
青年は四人の王の態度に目をぱちくりさせています。
「お前さんも自分の王のことが分かっておらんのう。あの意地っ張りがそこまで状況を伝えさせて、その上で『来るな』と言わなんだということは、つまりあやつなりに相手の力量を見た上で『来てくれ』と言うておるのと同じことよ!」
ボルガが大声を上げて笑いました。
「虎の戦士よ、道案内は任せたぞ」
狼王ネロがテントを出て、可動式の櫓に登ると平原に集まった各種族の戦士たちは途端に静かになりました。
そしてネロは400を超える大軍を見回すと声を上げて出撃を宣言しました。
「皆、この度の出撃は訓練ではない!相手の数もその力量さえも不明だが、たしかに我らに害をなそうとする敵である!細かいことは道中伝えるが、躊躇は不要である。発見次第、五族安寧のために奴らを討伐せよ!」
狼人族の兵士が遠吠えで応えると、禽族・馬族・猿族も鬨の声を上げました。
そして過去に前例のない4種族の混成獣人軍は虎人族領に向かって進軍を開始したのでした。