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祓妖のロス・ロボス  作者: ちゃぶ台
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第5話 大蛇の谷

「失礼します……」


マドカは大広間の扉を開いて中へと足を踏み入れました。


「マドカ殿、わざわざ呼び立ててすまんかったな」


薄暗い室内の大テーブルに5人の人影、上座に座る男性がマドカに声をかけました。


「いいえ、狼王様。ただ……五王の皆様が揃っていると聞いて些か驚いてはいますけど」


マドカは過去に二度、この部屋で五王と対面したことがありました。


一度目は15年前、海難事故に遭いこの島に漂着したとき……


その時は言葉も通じないよそ者のマドカが、たいそう警戒され危うく処刑されるところでした。


二度目はそれから5年後、マドカが初めてこの島で魔法を使ったとき……


まだ幼いレイナが崖から落ちて大怪我を負ったため、とっさに治癒の魔法を使いました。


しかし、この島の民たちにはそれがひどく恐ろしいものに写り……またまた危うく処刑されるところでした。


「ハハハ!これはすまん、しかし安心してほしい。今となってはマドカ殿を処刑になどせんさ!今回はマドカ殿に聞きたいことが2つほどあって、こんな夜中ではあるが呼び出してしまったのだ」


狼王が屈託なく笑うさまを見てマドカは少し肩から力が抜けました。


「ふぅ…それは安心しました。レイナからは最近の地震のことで、と聞いていましたけど……」


「うむ……マドカ殿の故郷では地震というのであったな。まずはそのことなのだが、私以外の四人にその地震とやらの仕組みを話してやってはもらえまいか?」


「ええ、それはもちろん構いませんが……」


マドカは狼王の依頼に応え、残りの四人に自身のかんたんな仕組みを話します。


プレートと呼ばれる巨大な岩盤のせめぎ合いによるものや火山の活動が原因のものなど、マドカの知るいくつかの地震パターンを話しましたが、それよりもその過程でこの大地が実は球体だと言うことを分かってもらうことに一番骨が折れたようです。


「ふむ……にわかには信じがたいが、一応それが正しいとしようかのぅ。で、お前さんに今回の地震の原因が分かるんか?」


難しい顔で腕組みしながら尋ねるのは、五王の中でも知恵者と言われる猿王のボルガです。


「いいえ、猿王様。ですが最近の比較的小さな揺れが前震だとすれば……この後に更に大きな揺れが起こる可能性もあるので皆に注意を促しておくのがよろしいかと」


マドカは地学の専門家ではないので、その原因までは分かりません。しかしマドカの故郷、エ・ドゥ帝国では過去に大規模な大地震が発生した事が幾度もありました。

そのため、どのような備えをすべきかといった防災教育は他の国よりしっかりと行われていたのがここで活きたようです。


「そうか……色々と問いただしてすまんかったのぅ。さっそくお前さんの言うように備えをさせよう」


猿王ボルガはそう言うと木の皮を薄く削って作ったノートに何かの文を書き始めました。


マドカはしばらくその様子を眺めていましたが、狼王の用事が2つあったことを思い出して尋ねました。


「狼王様、それで2つ目の用件といいますのは?」


「あぁ、そうだ。これを見てもらいたい」


狼王は小袋から小さな何かの塊を取り出しました。


マドカは少し前に進み出ると、覗き込むようにしてテーブルに置かれた塊を観察しました。


「これは!?………魔石」


マドカはすぐにその正体に気づきました。


「これがなにか知っておるのか?」


「ええ……これは魔石といって、かつて私が研究していたものですので……ですが、これほど純度の高そうなものは見たことがありません。一体どこから……?」


「ジャドの領地にある洞窟で偶然発見されたのだ」


狼王がそこまで話すと、隣から虎王ジャドが続けました。


「俺の一族の若いのが、興味本位で一粒口に入れたのだが、たちまちに凶暴になりおって、見境なく暴れだしたのだ」


「まぁ!魔石を口に!?それで、その人は今どうなったんです!?」


マドカはあまりのことについ大声を上げてしまいました。


「なるほど……やはり口に入れるには向かんモノらしいな。奴は仲間に牙を剥いたゆえ……掟に従い俺が直接手を下したわ」


虎王の声は少し震えているようでした。


「ジャド……マドカ殿、亡くなったのはジャドの息子だったのだ……」


「……そうでしたか……」


マドカのトーンが下がります。


「あんたが来る前にジャドから聞いた話じゃ、ジャドの息子は辺りを爆発させるほどの見たこともないような魔法を使ったそうだぜ?」


別の男が口を開きました。


「馬王様、それはおそらく魔石の中の魔力が暴発したものと思われます。これほど小さな魔石であっても使い方を誤れば大変なことになるのです」


かつて、大陸で偶然に魔石が発見され、幾人もの学者や魔術師たちが知恵を絞り、また多くの犠牲を払って実用化の方法を確立させたことが近代のエネルギー革命の起源でした。


便利なものほど裏を返せば危険なもの、というわけです。


「残念……キレイな石だから私も探させてコレクションに加えたかったんだけど」


今度は女性がバサバサと大きな羽音を立てながら呟きました。


「禽王様……それはやめておいたほうが良いと思います。魔石はとても繊細ですので……」


マドカは禽王が危険を冒さないよう釘をさします。


「それより、魔石の見つかった場所について教えていただきたいのですが……」


魔石は今では世界各地で発見されていますが、その規模の大小は別として、発見場所にはいくつかの共通した条件がありました。


「マドカ殿、この魔石なる石について、まだ我々が知らんなにか大事なことがあるのだな?」


「ええ……これまで世界中で見つかってきた魔石と同じであれば、ですが……」


「と言うと?」


「はい……まず、私がこの島にやってきて15年の間には確認できませんでしたが……この島に火山はありますか?」


「火山……とは地震の原因として話しておったものだな?」


「はい。地面から火や煙を吹き出す山、山でなくともそのような場所は在りませんか?」


「………」


五王は皆沈黙していますが、その表情からなにか思い当たる節があるのだろうとマドカは推察したようです。


「うむ………俺たちの祖先のそのまた祖先の頃から何も起こってはいないが、『ヴァジュネ=ソヤ』という場所がある」


虎王が静かに口を開きました。


「ヴァジュネ……ソヤ……ですか?今までそのような場所のことは1度も聞いたことがありませんでしたわ」


「ヴァジュネ=ソヤはお前に教わった人族の言葉で言うなら『大蛇の谷』とでもいったところか。俺の領地の中でもかなり外れにあるし、滅多に足を踏み入れることはないからな」


マドカは虎王の領地に入ったことはありませんでした。

 

「それで……その『大蛇の谷』というのはどんな場所なのですか?」


「……今はただの小高い丘と底の見えぬ地割れのような谷しかない。大昔の伝承ではかつてその谷の底には赤い炎をまとった大蛇が住まい、時に地上に顔を出しては森を焼いたというが……」


「大蛇については虎の話とは多少異なる部分もあるが……ワシらにも伝わっちょるのぅ」


猿王も話に入りました。


「大昔に島を荒らしとった火を吹く大蛇が、ある時地中深くに潜ったきり、そこで眠りについたそうじゃ。そしてその時に空いた大穴に水が溜まって湖となり、溢れた水が川となった…とのぅ」


マドカは二人の話を聞いて、それが火山の一種だろうと推察しました。


「虎王様、最近その大蛇の谷になにか変わりはありませんか?」


「ん……?言っただろ?あのようなところ、そうそう行くような機会はないのだ」


「そうですか……」


マドカの顔に不安の色が浮かびます。


「皆様……魔石について私の知っていることをお話します。まず、これは石のように見えて石ではありません」


五王たちがざわつきました。


「ほう……どこからどう見ても石にしか見えんが……」


「しかし……違うのです。私達の吸うこの空気の中にも、そして私達自身の身体の中にも『魔素』という目に見えない、もちろん匂いも形もないものがごく少量混じっています」


マドカは右手の人差し指の先に眩い光の玉を作り出しました。


突如明るくなった室内、五王は驚きに目を丸くしています。


「ほっほっ……何の前触れもなくポンポンと魔法を出されるとまだまだ驚いてしまうわい……」


猿王ボルガがボソリとつぶやきましたが、マドカは構わず話を続けました。


「魔法とは、魔力を使って超常的な現象を起こすものですが、大気中の魔素をうまく利用すれば、この通り」


マドカの指先から光の玉がいくつも出現し、ふわふわと室内を浮遊し始めました。


「おぉぉ……」


五王は目の前の超常現象に目を丸くしています。


「魔素は魔力を流すことで活性化し、魔法の力を増大させます。魔力とは私達が生まれつき持っている力……レイナ……狼王様のご息女などもかなり強い魔力をお持ちです」


五王は静かにマドカの話を聞いています。


マドカのもたらした魔法によって確かにボニ島の人々の生活レベルは格段に向上しました。


火打ち石がなくても着火のできる炎魔法、毛皮を素早く乾かす風魔法、かすり傷程度ならたちまちに癒やす光魔法などなど、魔法はこの十数年で確実に島民たちの生活の一部となっていました。


「……話を戻しますわ。魔石についてはまだまだ未知の部分が多いのですが、要するに魔素の結晶です。魔石の主な産出場所が火山の近辺に集中していることから、火山の超高温が生み出すエネルギーが魔素にとって何か圧力のようなものとなり、長い年月をかけてそれが結晶化したものではないかと考えられています。ですから、それを不用意に体内に取り込むようなことをすれば……」


凝縮された魔素がたちまちに暴走してしまう!というわけです。


「なるほどのぉ……お前さんの話が正しいなら『大蛇の谷』はやはりお主の言う火山とやらであろうのぅ……」


猿王が話を進めました。


「はい……そしてここ最近の地震の原因も、まさにその『大蛇の谷』である可能性が高いと思われます」


「……大昔からなーんにも無かったヴァジュネ=ソヤが再び活動を始めたってこと?」


「ええ……禽王様。谷は虎王様の領地にあるのでしたね?まずは念の為、すぐに民を別の場所に避難させたほうがよろしいかと。それから……」


マドカは五王の座るテーブルをゆっくりと見回しました。


「各部族で腕の立つ方を集めて部隊を編成してください」


マドカの声が室内に広がると、虎王ジャドがゆっくりと足を組み替えました。


「部隊だと?……ワケを、聞かせてもらおうか?」


他の王たちも、真剣な顔でマドカを見つめています。


「……はい。先ほど申し上げたとおり、魔石は火山の近くで見つかることが多いのですが、その際に必ずと言ってよいほど(あやかし)が出るのです……」


「マドカ殿……その『(あやかし)』とはいったい……」


狼王が五王を代表してマドカに尋ねました。


(あやかし)とは魔石に取り込まれたもの……虎王様のご子息もその初期段階にあったものと思われます。人に獣…鳥や虫、時には植物までもが魔石に取り込まれ、悪しき妖となってしまうことがあるのです。そして一度魔石に取り込まれたら二度と元に戻ることはありません……妖は己が身の滅ぶまで周囲を攻撃し続けるのです……」


五王はしばらく沈黙してそれぞれ考え事をしているようでした。


そして、馬王が口を開きました。


「それなら……今すぐ谷を封鎖して誰も立ち入らないようにすれば、誰も魔石に取り込まれることはないんじゃないか?」


虎王も禽王も、そして狼王も馬王の意見に頷きます。


「仰るとおり、谷に誰も入らなければこれ以上無用に妖を増やすことは避けられるのですが……」


「すでに先客がおる、という事よのぅ?どんくらいの数かのぅ?」


猿王が促します。


「ええ……おそらく。この魔石の見つかった洞窟と大蛇の谷はどこかで繋がっていると考えられます。洞窟の奥に生息する小動物や昆虫がすでに妖と化している可能性が高いのです。正確な数は分かりませんが、過去の例を見ると多いところでは100をゆうに超えます」


馬王たちからもそれ以上の反論はなく、室内は再び静寂に包まれました。


五王の目がマドカを見据えています。


「その……(あやかし)っちゅうのは強いんか?」


「はい、とても。これまでには嵐や津波と同じような自然災害級の被害も報告されています……」


そして皆がマドカの言葉とその表情から事態の重さを汲み取りました。


「まったく……妖って何なのよ?そんな気持ち悪いやつがこの島にいるなんてありえないんだけど……」


羽をバタつかせながら最初に立ち上がったのは禽王でした。


「んもー!仕方ないわね……禽王イデナの名において、禽族は兵士100名を出すと宣言するわ!」


そして鷹の紋章の入ったペンダントをテーブルの上に置きました。


「ふむ……このワシ、猿王ボルガもその名において、猿族の戦士100名を出そう」


ボルガもイデナに続きました。


「おいおい、おたくら……100人って正気かよ?悪いけどウチにはそんな数の兵隊はいないからな?馬王ハセロ、俺の名において騎兵を50出すよ……ほんとにこれで精一杯だからな?」


ハセロもため息混じりに兵の供出を宣言しました。


「うむ、島の平和を守ることこそ五王の努め。この私、狼王ネロもその名において200の戦士たちを出すと誓おう」


先の三王は200という数字に驚きで目を丸くしました。


そして皆の視線は最後の一人、虎王ジャドに向けられました。


「ふん……元より俺の領地の問題よ。虎王ジャド、500の虎兵で以て(あやかし)なる化け物共などひねり潰してくれるわ!悪いがお前たちの出る幕はないぞ」


「500……ってあんたなんでそんなに兵隊抱えてるのよ!まさか……」


禽王イザナがしれっと尋常ではない戦力を出すと言い出した虎王に驚き半分恐れ半分で問い詰めます。


「ふん……案ずるな、戦争など仕掛けるつもりはない。虎人族は生まれたときから皆が戦士、日々戦いの鍛錬を欠かさぬだけよ」


ジャドは静かに応えると静かに足を組み換え狼王ネロに視線を向けました。


「うむ……では集合は2日後の日の出、場所は虎人族領手前の平原ということで。ジャド、お前はどうする?」


「ふん、少し遠回りだが我らも平原に向かおう。我が軍の武威を見れば、他の者たちもいくらか安心するであろう」


「相分かった。なお、余計な混乱を生まぬため、(あやかし)なる化け物のことは当日まで他言無用で頼みたい」


テーブルの上には五王の紋章が並べられ、ここに獣人連合軍が結成されることになったのでした。

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