第4話 奇跡の島のレイナ
■世界歴1908年3月14日(土)■
場所は少し変わってエ・ドゥ帝国の数百キロ沖合です。
そこにボニ島という島がありました。大昔から人の手も入らず、生物が独自の進化を遂げてきた海上の秘境です。
「おーい!マドカー!」
満天の星の下、砂浜に流れ着いた倒木の上に黒髪の女が腰を下ろしています。
女は不意に後ろから名前を呼ばれ、少し驚いた表情で振り返りました。
「あら、レイナ……いきなり後ろから声をかけられたら驚くわ」
女は走って来た銀髪の少女の頭をなでながら優しく諭しました。
「えへへ……ごめんごめん」
レイナと呼ばれた少女は気持ち良さそうに自分の頭をマドカの手にこすりつけて甘えていました。
「それで、どうしたのかしら?」
「あ!そうだった!あのね、父様が呼んでるの!」
レイナはどうやらマドカを呼び出しに来たようです。
「あら、こんな夜中に?それなら早く向かわなくちゃ」
二人は島の最奥に向かって並んで砂浜を歩き始めたのでした。
「マドカはどうしてこんな夜中に空を見ているの?」
レイナが不思議そうに訪ねます。
「これは、占星と言って星の動きで未来の吉兆を見ているのよ」
マドカは優しい声でこたえますが、顔は少し曇っているようです。
「へー……で、どうだったの?」
「そうね……まだ良いとも悪いとも……」
「ふーん、マドカにも分からないことがあるのね!」
「フフフ、当たり前じゃないの。むしろ分からないことばかりよ。魔法の技術にしてもそう……きっと私がいた国では、昔よりも遥かに進んでいるんでしょうね……」
砂浜を抜けて、二人は森の中へと足を踏み入れます。
「そういえばレイナ、魔法の訓練は続けてる?」
「うん!この前初めて3等級の炎魔法に成功したんだ!」
「あら、すごいじゃない!やっぱりレイナは素質があるわね」
再び頭を撫でられたレイナは、気持ち良さそうに目を細めています。
「でも……3等級以上はまだ危ないからだめって言わなかったかしら?」
「あ゛っ……いや、それは……その……ごめんなさい」
「フフッ……まぁ結果オーライって事にしておくわ。それにしても、本当にすごいわね」
マドカはレイナの銀髪を優しくなでました。
「えへへ……私もいつか、マドカみたいにたくさん魔法が使えるようになるんだ!」
レイナは嬉しそうに笑みを浮かべながらくすぐったそうにしています。
「うんうん、この調子ならきっとすぐになれるわ。だけど魔法は失敗すると危ないんだから、ちゃんと言うことを聞いて少しずつ等級を上げていかなきゃだめよ?」
「うん!」
レイナは大きく頷き返したのでした。
それからしばらく、二人は黙々と森を進んでいましたが不意にレイナが足を止めました。
「マドカは……自分の故郷が恋しくなったりしないの?」
「レイナ……どうしたの突然?」
「マドカは……私が生まれたのと同じくらい前からこの島にいるって父様が言ってたけど……もとの所に帰りたくはならない?帰っちゃったりしない?」
マドカは少し考える素振りを見せましたが、すぐにクスリと笑って見せました。
「うーん……帰りたくならない、といったら嘘になるかな。あっちには私の家族もいるからね。でも、帰る手段がないからなぁ」
「マドカなら、海の上を歩いたり、空を飛んだり出来ちゃいそう」
「フフッ、そうねぇ。少しなら出来なくもないわ」
「出来るんだ!?じゃぁいつかは……」
レイナは目を潤ませています。
「少しなら、って言ったでしょう?ここから私の国までは何百キロと離れているのよ?さすがに私の魔力じゃそんなに長距離の移動は出来ないわ」
マドカは優しく微笑みました。
「もちろん、泳いで帰れるような体力もないわよ?」
マドカの冗談にレイナも笑みを浮かべてみせました。
「でもいつか、もし私があっちに帰れるようになったら……」
「……なったら?」
「その時はレイナも一緒に連れて行ってあげるわね?」
「ほんとー!?約束だよ!?」
レイナは満面の笑みで飛び跳ねると、マドカに抱きついてくるくると回りました。
「フフフ、もちろんよ」
「うん!」
「それで、狼王様は何の御用かおっしゃってた?」
「うーん……よくわからないけど、最近よく地揺れが起るじゃない?そのことで話したいって!」
「たしかに、最近になって突然のことだものね……」
「うん、父様もこんなことは今まで無かったって言っていたわ」
「私の居たところでは、これは地震といってそれほど珍しいことではなかったけれど、島のみんなは慣れないわよね」
「うん……私も夜中に突然揺れると少し怖い……」
二人が森の奥まで進むと、向こうから大きな男が2人やって来ました。
「あ、ナジャとカジャだ!おーい!」
レイナは大男二人に向かって手を振りました。
「どうも、レイナさん。マドカさん、こちらです」
ナジャが先導し、カジャが後ろから続きます。
そしてしばらく歩くと大きな石造りの建物にたどり着きました。
「奥へどうぞ、すでに五王がお待ちです」
後ろからついてきていたカジャが言いました。
「うげ……あの人たちもいるのか……」
レイナは五王と聞いてあからさまにテンションが下がった様子です。
「あらあら……狼王様だけじゃないんですのね。地震だけにしては大袈裟な気もするけれど……まぁいいわ、直接聞いてみましょう」
マドカは少し大げさにそう言うと大きな木の扉に手をかけました。
「マ、マドカ!アタシはあっちで待ってるわね!」
レイナは言い終わるより早く隣の小屋の方へ体の向きを変えていました。
「レイナ、終わったら呼びに行くわね」
「うん!」
そしてレイナが小屋の中に入ったのを確認すると、マドカはゆっくりと扉を開いて建物の中へと向かったのでした。