第2話 七星傑
第一学院は一学年が100名の3学年制です。
卒業式は100名の卒業生が、最終試験の成績の低い順に壇上に呼ばれることになっています。
呼ばれた順に卒業証書を受け取ると、壇上左右の端から順に整列して中央に向かって並び、最後に首席が中央で総代として挨拶をする流れです。
そして、中でも最後に名前の挙がる特に成績優秀な7名は当期の「七星傑」として讃えられ、主賓として出席する内閣総理大臣から特別な羽織と魔法金属製の武具を授与されるのが卒業式で一番の見せ場となっていました。
「ナツキ君、最終選考の手応えは?」
「さぁな……いつもくらいじゃないか?いや……競技場ぶっ壊しちまったし、最悪最下位もあり得るか……」
最終試験の結果は事前に発表されないため、生徒たちもこの場で初めて自分の最終成績を知ることになります。
「そっか、じゃあすぐ呼ばれるね!」
「……悪かったな……先に上がって待っててやるよ」
ナツキのこれまでの成績は下から2、3番目……それより上になった事はありませんでした。
ソウはさらりと失礼極まりないことを口にしますが、二人の仲ならこんなものはほんの挨拶みたいなものです。
「もうっ、キョウゴク君ったら!マミヤ君だって頑張ったんだからそんな言い方しちゃ可哀想じゃない!」
隣に座る女子生徒はソウの発言をすかさず指摘しますが、二人にはこんな程度なんてことはありません。
「委員長……そんなに庇われる方が惨めだよ?」
ソウがそう返すとナツキは示し合わせたかのように絶妙なタイミングで目頭を押さえてみせました。
「えっ!?あ、ご、ごめんなさい!そんなつもりじゃ……」
委員長は大慌てです。
「いやいや、冗談だって、マジで1ミリも気にしてねえから」
ナツキが嘘泣きをやめて笑顔を見せると周囲からもクスクスと笑いが漏れるのでした。
ソウとナツキはそんな話をしていたふざけていたのですが……すぐに二人の顔に困惑の色が浮かぶことになりました。
「シン・オオクボ」
「は、ひゃい!」
教頭が名前を呼ぶと、学生が裏返った声で返事をし、パイプ椅子を盛大に倒して立ち上がりました。
周りからクスクスと笑い声も漏れています。
「お!あいつ、3年間ずっとビリだった奴だな!無事に卒業できたのか!」
「3年間最下位の彼が卒業できるってことは……今年は皆大丈夫そうだね!」
「おう!あのポンコツなオオクボが……良かったな」
ナツキは壇上で証書を受け取るオオクボ氏に惜しみない拍手を送りました。
そして、オオクボ氏がステージの端に辿り着くより早く教頭は次の学生の名前を読み上げました。
「ミナミ・オチアイ」
「はい!」
99位の女子が緊張で引きつった顔のままナツキたちの横を通り過ぎステージへと向かいます。
「さて……そんじゃ、そろそろ俺の番かな。お先に~」
オオクボ氏とオチアイ氏が呼ばれた間隔からそろそろ自分だろう、ということでナツキは隣りのソウ声をかけるとグッと膝に力を入れて立ち上がりました。
「アヅマ・ナカノ」
「んぁ?」
「…は?はい!」
先に立ち上がったナツキと、後から慌てて立ち上がったナカノ氏の困惑の声が混ざりました。
「ちょ、ナツキ君!一旦座ろう」
戸惑いながらも壇上へと向かうナカノ氏を目で追うことしかできないナツキにソウが横から小声で声をかけました。
ナツキがふと我に返って周りを見渡すと、周りの視線が不自然に立ち尽くしている自分に注がれていることに気づいたようです。
「お……おう」
ソウに袖を引かれ、ナツキは再びもとの席に腰を下ろしました。
「ナツキ……」
「おいおい、大丈夫か…」
ナツキの周りに座るクラスメートたちも心配そうにナツキに声を掛けています。
そしてその間にも続々と別の学生の名前が読み上げられていきます。
「……おい、ソウ。こりゃ一体どうなってんだ?」
「うーん……僕もよく分からないけど、可能性としては3つだよね?まず、教頭が名前を呼び忘れた」
「いやいや、普通『忘れる』なんてあり得るか?」
「ま、無いよね。だとすると理由があって呼ばなかったことになるんだけど、そこで2つ目。ナツキ君の順位が上がったか、3つ目、実は卒業できないのか……」
教頭が読み上げる学生たちの名前に耳を傾けながら、二人はしばらく沈黙しました。
順位は80番台から70番台へと移り、さらに60番台あたりの生徒が呼ばれるようになりました。
「流石に俺の成績でこいつらより上ってことはねえだろ……マジか……こりゃ帰ったらバアちゃんとオヤジたちにどやされるな」
最初は100人の卒業生がきれいに並んで座っていたステージ下も、かなり空席が目立つようになってきました。
今残っている生徒たちはナツキ以外、皆が成績50番台以上です。
どこからともなく、ナツキのことをヒソヒソと話す声が聞こえてきます。
「あいつだろ?先生たちに目を付けられてた不良って」
「あぁ。ロクな噂聞かないよな」
「目があっただけで殴られたやつがいるって聞いたことあるぜ?」
「他校の女子が乱暴されたって話も聞いたことあるぞ?」
「なんでそんな奴が退学になってないんだよ、第一学院の面汚しじゃないか」
「でも、たしかあいつって90番台だろ?まだ呼ばれてないのか?」
「『まだ呼ばれてない』んじゃなくて『もう呼ばれない』んじゃないか?」
「ぷっ……それってつまり落第したってことかよ?」
ナツキもよく知らない他のクラスの生徒たちのようですね。
「おい、やめろよお前ら」
「ナツキ君はそんなことしてないわよ!」
ナツキのクラスメートが他クラスの生徒に食ってかかっています。
「いいよいいよ、言わせとけ」
自分のことでつまらない諍いが起こるのは不本意ですよね。
「でも……やっぱり何かおかしいな。例年落第する生徒はそもそも卒業式には出席してなかったと思うんだけど……」
ソウは顎に手を当てて何やら考えています。
「あのハゲ(学長)……俺を最後まで呼ばずに一人残して晒し物にするつもりだな……」
「いやいや……いくらなんでも教育者がそんなこと……」
ソウはそこまで返すと言葉に詰まってしまいました。
「あのハゲだぞ……無くはねえだろ?」
「……うん」
そしてしばらくしばらく沈黙が続きましたが
「クソっ……卒業できると思わせての急転直下……悔しいが最後に一本取られたか」
ナツキはニコリと笑ってみせました。
「そんなの許せるかよ!」
「そんなのひどいわ!」
クラスメートたちから不満の声が上がります。
「……ナツキ君、どうするつもり?まさか……」
最後にソウが不安そうにナツキの顔を覗き込みます。
「心配すんな、こんなことで暴れたりしねえよ。帰りにあのハゲの車を少し凹ますくらいで勘弁しといてやるさ!」
その間にも名前を呼ばれた生徒は次々とステージに上がっていきます。
20番台に入った頃には楽器を持った生徒たちがステージの真横に並び始めました。間もなく在校生の奏でるファンファーレに乗せて、今年の七星傑がその名を呼ばれます。
「サクラ・シンマチ」
そして、いよいよ学年10位の学生がその名前を呼ばれました。
「さて、いっそイビキでもかきながら寝ててやるか」
ナツキはそう言うとふてぶてしく腕を組んで瞼を閉じました。
「ムサシ・コスギ」
9位……
「ダイ・アサカ」
8位……
そして見事に息のあったタイミングでファンファーレが講堂に響きました。
「七星の七!アカツキ・ヤガミ!」
7位……在校生、来賓から盛大な拍手が起こりました。
「えっ……ハハハ、なんだそういうことか。ナツキ君、起きてる?」
ソウが突然つぶやきました。
「………」
これが狸寝入りなことくらい彼にはすぐに分かります。
「そっか……ま、ゆっくり寝れるといいね」
くすりと微笑むと、ソウは再び視線を壇上に戻したのでした。
「アカツキ・ヤガミ。貴公が帝国第一魔導学院のすべての課程を修了したことをここに証する」
学長が証書を読み上げます。そして主賓としてやってきた内閣総理大臣マサヨシ・ダテが秘書とともに拍手に包まれながら登壇し、秘書から深紅の羽織を受け取るとそれを両手で広げて見せました。
「七星は選びぬかれた第一学院生の中でも特に優秀な七名にのみ与えられる名誉ある称号である!アカツキ・ヤガミ君、おめでとう!君の優秀な成績を讃え、このミスリルの魔杖を授与する。これからもその能力を御国のために惜しみなく使うことを期待している!」
会場から割れんばかりの拍手喝采が起こります。
ダテ首相に羽織を掛けられたヤガミ氏はちょうど在校生たちに背を向ける格好、その背中には白と金の刺繍で大百足と「Ⅶ」の数字が刻まれていました。
そしてヤガミ氏は在校生たちに向かって振り返ると、満面の笑みでミスリルの魔杖を高々と掲げてみせたのでした。
在校生、特に初めて卒業式に参加する1年生たちは興奮を隠しきれない様子でまだざわついています。
「次……え゛っ!?」
教頭の取り乱す声がマイクを通して講堂に広がります。
しかしファンファーレは予定通り流れ始めています。
「次、七星の六!……ナ、ナツキ・マミヤ」
講堂全体が一瞬どよめきました。
「ナツキ君!」
そうが横肘で隣のナツキを小突きます。もちろんナツキは寝てなどいませんでしたが、状況理解が追いついていないのでしょう。
「ナツキ・マミヤ!」
再び教頭がナツキの名前を読み上げます。
「はぁ!?」
フリーズから回復したナツキの第一声にさらに講堂がざわつきます。
「ほらほら、早く行ってきなって!」
ソウが華奢な体つきに見合わないほどの腕力でナツキの腕を引き上げます。
「おいおい……こんなの何かの間違いだろ?」
ナツキはまだ自分の名がこんな場面で呼ばれたことを完全には飲み込めていないようです。
「はいはい、とりあえず行った行った!」
「っ、くそっ!!」
背中を押されたナツキはそのまま壇上に向かいました。
中央の階段を上がるまでに、ステージ横に並ぶ同級生たちと何度も目が合います。皆が自分以上に今の状況に驚き、目を丸くしているのを見るたびに、ナツキは少しずつ冷静さを取り戻していくのでした。
そして、壇上に上がるとまず学長から卒業証書を手渡されます。
「ナツキ・マミヤ。貴公が帝国第一魔導学院のすべての課程を修了したことをここに証する」
先程のヤガミ氏のときとは大違い、まるで軍の司令書でも読み上げるように無機質な棒読みです。
「おのれ悪童……認めん……わしは認めんぞ……」
証書を手渡す、二人が最接近するタイミングで学長がナツキを睨みつけながらつぶやきました。
ちゃんとマイクをオフにしているあたり、教頭とは格が違いますね。
「ほぉ~、その様子じゃアンタにも不本意な結果らしいな」
ナツキはいたずらっぽく笑みを浮かべるとそのまま証書を受け取りました。
そして隣に立つダテ首相に呼ばれました。
「ナツキ・マミヤ君、おめでとう!自分が呼ばれたことが意外かな?」
「ええ……まぁ」
「ハハハ!では説明しよう。君の扱いについては文部省でも意見が割れたんだ。だが、最終的に素点については上位5名と遜色ないことからも、君の能力は高く、それを活かすことが我が国の国益になると判断された!よって君を七星の六とし、この深紅の羽織を授与するものとする。今後の活躍に期待している!」
ナツキは為されるがまま、渡された羽織に袖を通しました。
背中には「Ⅵ」の数字と古来よりこの国の神獣である白狼が描かれています。
「おぉぉぉ……」
後ろで後輩たちから声が上がります。
そして続けて手渡されたのは希少なオリハルコン製の手甲でした。
「君の場合、ミスリルだと破壊してしまうかもしれんからな!さぁ、早く振り返って後輩たちに先輩の勇姿を見せてあげなさい」
ダテ首相が大声で笑います。
「は……はぁ……」
ナツキはヤガミ氏と同じように振り返り、手甲をはめた腕を高く突き上げてみせました。
オリハルコンの神々しい輝きに在校生たちは呼吸も忘れて見入っています。
そして、すでに壇上に並んでいたナツキのクラスメートたちから拍手が起こると、徐々にその範囲は広がり、やがて講堂全体を包んだのでした。