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祓妖のロス・ロボス  作者: ちゃぶ台
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第1話 ナツキ・マミヤ

■世界歴1908年2月28日(金)■


「はぁ……疲れたぁ」


ナツキ・マミヤが疲労困憊で帰宅したときにはすっかり日も落ちていました。

今日はナツキの通う帝国第一魔導学院の卒業試験の日だったのです。


「……ん?何だこりゃ?」


自室の明かりをつけると机の上に見慣れぬ赤い封筒が1つ。表には『召集』の2文字。裏面を見ても差出人の名は書かれていません。


「おーい、バアちゃん!この赤い封筒なんだ?」


「何のこと言ってんだい!そんなもん知らないよ!それよりアンタ、大声出すとご近所に迷惑だって何度言わせりゃ分かんだい、このバカ!」


ナツキが階下に向かって声を張ると、下からも負けず劣らずの大声が返ってきました。


「……バァちゃんも大概うるせえだろ……」


ナツキは部屋の扉を閉めると赤い封筒を開きもせずゴミ箱に投げ込みました。


「どうせまた喧嘩の果し状か何かだろ、くだらねえ」


そして、そのままその日は眠ってしまったのでした……


■世界歴1908年3月17日(火)■


今日は第一学院の第20回目の卒業式の日です。


ほら、見てください、ちょうど今そこの大通りを歩いている一団を!

ワイシャツにシワの1つもなく、自信に満ち溢れた満面の笑みで大通りを闊歩する姿、なんとも華がありますね。


ちなみに、帝国第一魔導学院と言えば、エ・ドゥ帝国最高のエリート養成機関なのですが、その歴史はまだ20年と比較的浅いものです。


ここ、エ・ドゥ帝国にキャリメア合衆国の巨大魔導艦「ミシシッピ」が来航したのを皮切りに、各地で開国運動が沸き起こったのが約40年前のことでした。


国内に300年ぶりの戦の世がやってくるなんて噂も立ちましたが、実際にはそのような内乱が起こることはありませんでした。


時の将軍、ノブヨシ・トクガワが驚くほどあっさり開国を決めると、間もなく将軍職を降り、政権を天帝に返上したからです。


その後ノブヨシ・トクガワは鎖国派の志士たちから売国奴と蔑まれながらも、新政府で最初の首相の座に就きました。


しかし、残念ながら開国から20年経った頃にとうとう彼は暗殺されてしまったわけですが、彼の狡猾な外交のおかけで今のエ・ドゥ帝国の近代化が成ったと言っても過言ではないでしょう。


キャメリア合衆国はじめ西洋の大国であるブリタン王国やフラン共和国の技術者・魔導師たちを、何かと口実を作ってはエ・ドゥに招き、様々な先進技術を国内に根付かせることに尽力しました。


……さてさて昔話が少し長くなりましたが、そんなエ・ドゥ近代化の原点にして富国強兵の象徴とも言えるのがここ帝国第一魔導学院、通称「第一学院」なわけです。


卒業生の平均所得は同世代の5倍を軽く超えると言われ、卒業後の就職率は創設以来驚きの100%!

入学した時点で安定した将来を約束されたようなもんですね。


「ふぁぁ……眠ぃぃ」


ん?……あらら、ナツキ・マミヤ……随分個性的な着こなし……というか着崩しですね。


「ナーツーキーくーん!」


おや?華奢な青年がナツキのもとに駆け寄ってきます。


「おぉ……今日のはまた……なんとも……」


ナツキに声をかけてきた青年は、ナツキの学ランの下からのぞくTシャツをまじまじと見つめています。そこにはデカデカと「祝」の文字が。


「ん?……あぁソウか……今日は一応卒業式だし、少しはちゃんとしたやつ着とけってバアちゃんに言われてな……」


 華奢な青年は「ソウ」。ナツキはソウの方をほんの一瞬見てそう呟くとまた眠たそうに前を向いて歩き出したのでした。


「いやいや……そもそもTシャツを着てるのがアウトだからね?」


「……そうかぁ?どうせボタン閉めるんだからわかんねえじゃん」


「ま…まぁ、それはそうなんだけど……ナツキ君は『校則』って知ってる?」


「お前なぁ…当たり前だろ……遅刻は3回で欠席1回、大雨・洪水・防風警報が全部出たら休校、とかすげぇ大事なことばっか書いてるだろ?そりゃぁもう読みまくったよ。自慢じゃねえが、誰よりも熟読したと言えるね。」


ナツキは真顔です。


「あぁ……それ自分にとって大事なところ……だよね?」


「当たり前だろ」


「うん………なんか、ごめん」


ソウはそれ以上つっこまず、ナツキの隣に立って歩き始めました。


ちなみに、第一学院を卒業するとその後は晴れて社会人デビューなわけですが、第一学院の学生たちは基本的に就職活動をしません。

卒業式の後、別の場で各省庁や企業が直接学生をスカウトしていきます。

スカウトは権力のある組織順、大雑把に言うと軍部(国防省)→その他政府機関→民間企業という感じです。


優秀な素材を国の資源として最高の環境で育成し、最後に収穫していく……構図だけ見ると農業や畜産業のようですね。


スカウト方式だと誰からも声のかからない学生もいるのでは?と疑問も上がりそうなところですが、この20年一度もそのようなことは起こっていませんよ。


何故かって?最初から裏である程度の話し合いが済んでいるからです。


それに、成績順位が最下位の学生でさえ世の一般的な学生と比べると遥かにハイスペックなのですから、必ずどこかからは声がかかるのです。


「まぁ……いいや。卒業式はなるようになるとして、気になるのはその後だよねぇ」


「気にしたところでもう話はついてんだから俺らにはどうしようもねえだろ……」


「それはそうなんだけど……」


「で、ソウは外務省希望だっけか?」


「うん、一応外務省が第1希望で第2希望を海軍にしたよ。ナツキ君は?」


「俺は、第1も第2も警察庁って書いて出したぞ?」


「え……希望の意味……」


「あぁ一応、第一希望は『キャリア組』第二希望は『ノンキャリ』ってちゃんと中身は分けて書いておいたけど……」


「いや……まさかホントにそんな書き方した訳じゃないよね……」


ソウは生暖かい目で隣の友人を見ています。しかし、ソウはナツキの過去を知る数少ない友人です。ナツキが警察官を志望する理由にもすぐにピンときたようです。


「ちなみに、そこまで警察官にこだわるのって……やっぱり昔の……?」


「ん?……あぁ……まぁな。とは言え、俺に真面目な役人が務まるかねぇ……」


ナツキが自嘲気味にふっと笑いました。


「縦社会とかもあんまり合わねえんだよな……」


これはナツキの性格的なものですね。


「ナツキ君ってそうなんだよね……致命的に協調性が無いというか、我が強いというか……だから無駄に先生たちに目を付けられるんだよね……」


「あ?……俺は別に何も悪いことしてねえだろ……」


「……えっと……教師への暴言の数々……」


ソウは制服の胸ポケットから手帳を取り出し、パラパラとページをめくりました。


「待て待て、それは毎回向こうが突っかかって来るからだろ」


「はいはい、僕にはちゃんと分かってるよ。ちなみに、先生が突っかかってきた原因はナツキ君の態度だからね?先生にタメ口の学生なんてナツキ君しかいないからね?……えっと……それから、学外での乱闘騒ぎ……」


「……それも、俺は絡まれただけだ」


「うんうん、分かってる分かってる。まだまだあるんだから、いちいち止まってたら学院につくまでに言い終わらないよ?あとは……詐欺、引ったくり、強姦未遂でしょ、それから……そうだ!この間の競技場爆破は記憶に新しいよね」


「それも、全部濡れ衣だったやつだ!」


ナツキの声が大通りに響きわたり、行き交う人が一斉に声の(ナツキ)に視線を向けました。


「おっす!ナツキ!朝から気合入ってんなぁ!」

「おはよう、マミヤくん!そんなに大声出してるとまた先生に怒られるわよ!」


 少し後ろを歩いていたクラスメートの一団もナツキたちに合流しました。


「気合なんか入ってねえよ、コイツが思い出したくもねえことを次から次へと……」


「まぁまぁ、無事に卒業できることになったんだし、今日で先生たちともお別れだと思えばどうってことないじゃん!」


「チッ……どうせお前みたいな優等生には俺の3年間の苦労なんて分かんねえよ!」


「試験の得点だけならそんなに変わんないのにね……」


ソウは心底不憫そうにナツキの肩をポンポンと叩きました。


「後にも先にも、ボーナスのはずの平常点で赤点ギリギリまで減点される不幸な学生はナツキ君だけだと思うよ?これは社会に出て、最初の飲み会で絶対に一番の笑いのネタになるって!OBウケすること間違いなし!」


「ちっ、うるせえ……」


そうして学院についた二人とクラスメートたちは並んで正門をくぐったのでした。

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