6 『非日常』
前回とは対となるサブタイトルなので昨日に引き続きの投稿です。
学校から帰る足で、師匠の村に行きそのまま修行を開始する。
これがここ5年間のユリウスのルーティンであった。
義姉が部活の日は決まって修行をしていた。
師匠の村は存在しえない部族の村と言われ忌み嫌われている。
否、それは正確ではない。
忌み嫌われるというのは認識されて初めて意味をなす。
彼らはすでに忘れ去られた者たちだった。
存在しえない幽霊だった。
彼らは、一様に、日陰で誰にも知られず過ごしてきたそうだ。それを是とする人たちだった。
なら、そんな風に誰にも知られず、世間とは隔絶された空間で生きてきた彼らがなぜユリウスに絡んできたかというと、それはよくわからない。
一度聞いてみたのだけれど、『詮索するなら我らはお前の修行をつけん』、とすげなくあしらわれてしまった。
ユリウス以外には存在すら認識されていない。
それが師匠たちの一族だった。
通説では、魔法には基本的には才能か関係しないと言われている。
だが、彼らの魔法技能は皆一様に、高い。
それを見てきたユリウスは、魔法にも実は才能があるのではないかと密かに疑っている節もある。
彼らとユリウスの出会いは誘拐から始まった。
極めて奇特な出会いだった。
極めて不純な出会いだった。
彼らは紫色のフードを被っており彼らと出会ってから5年間、ユリウスは一度も彼らがフードを脱いだところを見たことがない。
深く被ったフードからチラリと少し見える顔にはヤケドでただれた様子もなければ、ブサイクだということもない。
むしろ、フードの奥が垣間見えたことがある限りでは、新緑の輝く大きな二重瞼に、しゅっとした鼻筋で美形といって差し支えのない様子に見えた。
それでも彼らは顔を、見せてはくれなかった。
それどころか、ユリウスの修行をつける条件に、彼らのことを他言しないことに加えて、フードの理由を詮索しないことも含まれていた。
彼らの村は、位置が常に変わっていくのだが(遊牧民のようなものだろうか?)、何故かユリウスには村の位置が感じられるものだった。
それは、魂の中にあるスキルを確かめる行為と極めて似ていた。
それについて思うところがないわけではなかったが、ユリウスは、理由を詮索しなかった。
彼にとって重要なのはヴィクトリアを護る能力が得られることだったからだ。
師匠は、その要求を満たしてくれる人だった。
彼は、あらゆることに精通しており、知識、魔法技能ともに音に聞く三英傑と同様以上のことができた。
何故か、全知全能についてもユリウス以上に詳しく知っていた。
そのスキルの実戦訓練すら指南してくれた。
ユリウスにとっては、強すぎる力の使い方を教えてくれる唯一の存在だった。
彼にとっては、それで十分だった。
今日も、師匠の村でユリウスは、スキルと魔術と実戦の訓練をする。
*
「とにかく、一週間はお義姉ちゃん、ユリウスのお食事は作らないからねっ!」
腰を手に当てたヴィクトリアが、説教を始めてから、かれこれ2,3時間。
一向にお説教が終わる気配はなかった。
義姉が部活の日は、師匠と修行をしているので、ユリウスはわりとクタクタである。
お腹も空いていて、早くこの裁きが終わることを祈るのだが、中々終わらない。
ヴィクトリアだって部活で疲れているはずなのだが、形のいい唇は一切淀みなくユリウスの説教を紡ぎ出している。
物音がしたのはそんな日常の一幕だった。
いつものように怒られて優しい罰を与えられてまたそれを繰り返す。
そうなるはずだった。
ばたんっ
家の扉が開け放たれその日常に異物が舞い込む。
二人がそちらを見ると、そこには白銀に輝く鎧を着た騎士、十数人が不動の姿勢で立っていた。剣の柄に右手を置き、左手で鞘を持ち、今にも斬りかかるらんとする物々しい様子に二人は動揺する。
両手の籠手には、カンブレラ王国の主神である海の守り神でもあるポセイドンの姿が精巧に彫られており、彼らがカンブレラ王国の正当な騎士であることを示していた。
二人だけの団欒を生み出す空間に異分子が混じる。純度の高い日常はそれだけで非日常と化す。
それは透明な水に落とした一滴の白い絵の具が、元の水全体を白に変えてしまうように。
あるいは、一匹の外来生物が、そこにある生態系を丸ごと変えてしまうように。
その空間は一瞬で、二人のものから数十人の騎士たちのものとなる。
「ユリウス・マクガン。貴様を国家反逆罪で起訴する。それに伴い、ヴィクトリア・トーレス、貴様も重要参考人として連行する。異論はないな」
ユリウスは驚愕の色を浮かべる。
そもそも、国家反逆罪と言われるような罪はしたことがなく思い至る節もなかった。
最近のユリウスは、少々学内で目立ち始めていることを除けば、至って善良な市民だった。
そのはずだった。
そこまで考えてユリウスははっとなる。
(いや、待てよ。もしかしてだが、王族であるライオスを倒したことが、国家反逆罪に該当するとかじゃねーよな?冗談じゃないぞ!僕から絡んだわけでもないのに。)
ユリウスは、焦っていた。プロの兵隊の集団、戦うことに関してはユリウス以上の年季が入った集団ではあったが、全知全能の能力をもつユリウスの敵ではない。
だが、騎士たちを倒せば、それこそ国家反逆の言い逃れができなくなる。
(どうする?
どうする?
こいつらを蹴散らしちまって亡命でもするか?僕の戦闘力ならどの国にも使い途があるはずだ。亡命させてくれる国も山ほどあるだろう。
だが、ここで反逆してしまっては、僕が反逆する危険もある奴だとみなされてしまうことにもなる。あまり、得策ではない。)
「罪状の中身は?僕は国家に反逆なんてしていないぞ⁉」
ユリウスは推測を確定させる質問を銀色の集団に投げかける。
「それは、罪人が知らなければならないことではないっ。貴様は黙って大人しく連行されろ!」
集団の中に独りだけ、赤いマントを着た、騎士の中でも位の高そうな騎士がユリウスの質問を遮断する。
(むちゃくちゃだ!)
カンブレラ王国は、王制ではあるが同時に法治国家でもあるはずの国だったはずだ。だが今回に関してはろくに説明がない。あり得ない事態に対して、ユリウスはとかく焦っていた。
隣にいる少女が一歩前に出るのに気付かないほどに。
いつも注視している少女が意識の外に置いてしまうほどに。
彼は動転していた。
「私の義弟は国家反逆罪なんてしません。お言葉ですが、その罪状は間違いではないですか?」
少しだけ声を震わせながらも、義弟を信じる強いアンバーの瞳で、自分よりも一回りも二回りも大きい大人を金髪の少女は、ねめつける。
先程まで叱っていた保護すべき義弟を、義姉として護るためにヴィクトリアは一人、鎧の集団と対峙する。
「嬢ちゃんはすっこんでな。」
だが、鎧を着た男たちは容赦なく華奢な身体のヴィクトリアに当て身を食らわせ、一瞬で意識を消失させる。
あっけなくやられてしまった。
騎士たちの強さは桁違いだった。
騎士学校の生徒とはいえ、彼等が遅れをとる道理はなかった。
その様子を、ヴィクトリアが攻撃される様子を、ユリウスはスローモーションのように見ていた。
修行の成果を出し切ることはできなかった。
現実に思考が追いつかなかった。
金髪の少女がこちらに突き飛ばされ、自分の目の前に返ってくる。それで、ユリウスはようやく目の前で起きたことが理解できた。
自分の目の前で大切な女の子が倒れた。
護ると誓った女の子が。
自分のことをかばって。
彼は輝く金髪が慣れ親しんだ冷たい床に広がるのを見て、憤怒の形相を呈する。
ユリウスは自分の頭に血がのぼるのを感じた。全身の血がふつふつと沸騰するように燃えたぎる。
怒りというものが自分の全身全てを、あますことなく支配していく。何か得体の知れないほどの感情が自分の魂にうねりを上げる。
いつもの冷静な瞳は既になかった。彼の瞳は電灯を反射し、紅く揺らぎ、燃えていた。
「くそがぁあああ。」
奇しくもそれは、ライオスの叫びと酷似していた。
彼は、自らの能力『全知全能』をもって、騎士に攻撃をする。
騎士の死屍累々とした姿が目の前に広がるはずだった。
それが道理のはずだった。
だが、次の瞬間、倒れたのは、ユリウスの方だった。
(力が発動しない⁉)
ユリウスの固有スキルは発動しなかった。教会でスキルが発現してから今までこんなことはなかった。 初めての経験にユリウスは戸惑う。
確かに固有スキルというものは、息をするように使えるほど単純なものではない。
自分の中の核となる自分の御霊に刻まれた、自分を定義づける願い、を意識しなければならない。
ただ、そこに、自分の魂に、スキルが紐づいていることは、十の時にスキルを与えられてからずっと、感じられていた。
スキルを感じるだけなら発動すること以上に簡単なのだ。
それこそ外に向けている五感を自分の内面に伸ばせば、容易に感じられる。
ちょうど、自分の手を見つめるような感覚と同じように、スキルというものは感じられるのだ。
ユリウスは、固有スキルが消えたのかと思い、念のため、自分の魂に目を向ける。
(…あるじゃねーか。消えているわけではないのに、なんで発動しないんだ。どうしてだ?今が自分の願いを叶える時だろ?大切な幼馴染を護るときだろ?そのために魂に刻まれたスキルだろ?)
だが、ユリウスの願い虚しく、スキルは発動しなかった。
スキルの発動とは、言ってしまえば、手に持っている銃の引き金を引くようなものだ。
確かに息をするように無意識にできるほど容易くはないが、意識すれば誰にでもできるものだ。
スキルが発現して使えないなどということは聞いたことがなかった。
そもそも、ユリウスは師匠のおかげでかなりスキルの発現がはやく、正確だった。
一般に騎士になるには一秒以下でスキルを発動させなければならないと言われる中で、ユリウスはスキルの発動にコンマ一秒もかからないまでになっていた。
そのユリウスがスキルを出現させられないはずがなかった。
だが、今は、どれだけ自分の魂に刻まれたトリガーを引こうとしても引けない。
いや、正確に言うならば
(トリガーは引けているけれど、弾が込められていない感じだ。どうしてだ?)
ユリウスは、自分が蓄えていたスキルに思いを馳せる。
全知全能とは、スキルを7つだけ蓄えられるのが主な能力だ。少なくともユリウスはそう解釈している。師匠にも大体そのように教えてもらっていた。
ユリウスは、現在『金剛』、『光速』、『催眠』など7つのスキルを蓄えているのだがそれが全て発動しない。
(考えられる可能性は2つ。
一つ目は僕の知らない発動条件があることだ。実際にその能力が発動されるのを見ることだけがスキルを蓄え発動させられる条件だったと思っていたがこれが違うという可能性だ。
師匠も知らない全知全能の発動条件があったことにもなる。だが、あの師匠が知らないなどということがあるだろうか?
もう一つはスキル封じの能力を騎士たちの誰かが持っていることだ。だが、そんなスキルは見たことがないし、師匠を除けばそんな芸当ができるやつがいるとは思えない。
くそっ、結局何も分からねー)
「ガハッ」
ユリウスが悩んで立ちすくんでいるのを見守るほど、歴戦の戦士たちは甘くなかった。
背後から容赦なく、心臓あたりに拳を与えられそのまま組伏せられる。
スキルが発現してから師匠以外に組伏せられるのはユリウスにとって初めてだった。
組伏せられたまま何もできないことは、ここ最近は師匠相手にすらなかった。
ユリウスは、スキル発現後、初めて何もできないまま敗北を喫した。
ライオス相手の時とは訳が違った。
わざと負けたのではない相手。
全力が届かない相手。
その背中を見つめ、倒れている金色の髪をなびかせる少女を見つめ、悔しさの中、負けてはいけない戦いでの敗北を静かに噛み締めるのだった。敗北の味は鉄と塩の味だった。
(敗北の味が苦いなんて嘘じゃねーか。)
ただ、スキルが発現しない無力な少年は血と涙を流し自分の無力さに打ちひしがれるのだった。
また、三日毎の更新となりますがよろしくお願いします