5 『日常』
ライオスに絡まれた翌日。
教室へ行くと、一人の男子を中心にして、人が集まっていた。
始業前の教室が騒がしいのはいつものことだったが、興奮の度合いが桁違いだった。教室に入った瞬間から大声の喧騒が聞こえた。
話している男の子は興奮のために大声で話しているし、周りに集まっていた人も皆一様におー、とか、さすがだな、とか、やべー、だとか頭の悪い言葉を使っていたので、ユリウスでなくとも彼等が何らかの話題で興奮しているのは容易に想像できただろう。
(しっかし、朝からよくあんなに騒げるよな。薬でもやってんじゃねーか?あいつらの頭はどうなっているんだよ。)
自分が低血圧で朝のテンションは比較的低いこともあって、ユリウスはわずらわしそうに、騒いでいる集団を見た。
(まぁ、僕には関係ないことか。おやすみ。)
しばらく、集団を見つめた後、ユリウスは朝の睡眠を開始するのだった。
*
「もうっ!危険なことがあったら、お義姉ちゃんに言いなさいって言っているじゃない!」
放課後、ユリウスはヴィクトリアにまた怒られていた。
(まさか、昨日のことか?昨日は口止めしたはずなのになんで知られているのっ!?)
「何その顔。もしかして、バレなきゃいいって思っていたでしょ!だめよ、そんなの!お義姉ちゃんには逐一何があったか報告しなさい!」
ユリウスの顔が分かりやすいのか、ヴィクトリアは追及の手を止めない。
少々過保護過ぎるヴィクトリアではあったが、ユリウスにとっては大切にされているようで嬉しかった。
「でも、なんで知っているの?」
昨日の精神制御は完璧だったはずだ。どうして、義姉ちゃんが知っているんだ?
「海匠のおばさんに教えてもらったのよ!ライオン髪の男の子に連れていかれた少年を見たって言っていたの!」
顧客情報を簡単にバラすおばさんが海匠の売上の低下を招いているとユリウスは今回の件で確信してしまった。
けれど、覆水盆に帰らず。
もはや、ユリウスにはどうしようもない。
全知全能の能力もこの時ばかりは無力である。
「で、でもそれが僕とライオスだとは限らないじゃない」
それでも蒼い理性の瞳を伏し目がちにしてユリウスは抵抗をしてみる。
「私は、ライオスの名前なんて一言も出していないわよ、どうしてライオスがいたってわかったのかしら?」
ヴィクトリアが大きな瞳を吊り目にしてユリウスを睨む。
語るに落ちるとはこのことである。
(もしかして、義姉ちゃんにはめられた?!)
「それにあのときの海匠には私のクラスメイトもいたのよ。ライオスとユリウスの戦いも見ていたらしくって、二人のことをしっかりと知っていたわ。言い逃れはできないわよ!」
どうやら、ヴィクトリアはユリウスを嵌めたというより、彼が正直に話してくれるかを試していたらしい。続くヴィクトリアの甲高く透き通るような声がそれを証明する。
「それよりもあなた、私をはぐらかそうとしたわね!お義姉ちゃん今日という今日は怒ったんだからね!あなたとは一週間口をきいてあけないし、ご飯も作ってあげないんだからね!」
ユリウスは絶望に暮れていた。
大好きな女の子からの最悪の宣告。
ただ、押し黙ってしまう。
ユリウスが黙ってしまうと、
「というか、クラスで話題になっていなかったの?確か海匠にいたっていうホンフェッツィン君の弟はあなたのクラスだったから騒ぎになっていると思ったのだけれど、もしかしてユリウス、友だちいないの?」
ヴィクトリアが純粋な心配の目を浮かべてユリウスを見つめる。
口をきかないといった直後に義弟の心配をしてしまうのはヴィクトリアの生来の性格の良さだろうか?
だが、この時ばかりはユリウスは、その性格の良さを恨んだ。
(言えない。騒ぎはあったけれど、話の内容は知らないなんて!?
そんなことを過保護のヴィクトリアに言えば、友だちが少ないのではないかと心配されて、「お義姉ちゃんがユリウスもクラスの仲間に加えてもらえるように頼んでみるね。」とか言いかねない。)
ユリウスは、義姉にも秘密にしている師匠との夜稽古もあり、日中は睡眠にあてたいのであまり多くの友だちを作って休みの時間に絡まれることは避けたかった。
だから、
「今日もサボっちゃったんだよね」
ユリウスは義姉にだけ向ける巫山戯た笑みと優しい嘘で、真実を包み隠す。ユリウスの苦労は、ユリウスだけが知っていればいいのだ。
ユリウスは、一生ダメな義弟として義姉を護るつもりだった。
「まったく!今日という今日は許さないからね!」
キーンコーンカーンコーン
ちょうどいいタイミングで騎士学校特有の、部活の始まりが近いことを報せる鐘が鳴った。
「義姉ちゃんは部活の時間でしょ?副部長が遅れたらダメでしょ?早く行きなよ!」
ユリウスは、チャイムを聞いて、この機を逃さまいとして、義姉から逃げるように去っていく。
「帰ったら説教なんだからねっ。覚えておきなさいよー!」
大声で叫ぶヴィクトリアを置き去りにして、ユリウスは急いで帰るのだった。
(今日が義姉ちゃんの部活の「魔術運動部」の日で良かったぜ。)
ユリウスは心の中でつぶやくのだった。