3 『晩御飯』
ユリウスが倒れ、ライオスとユリウスの決闘の場に、先生と、回復魔法の得意な有志の生徒が数人集まり、回復魔法のために、白い魔力を手に集めていると、
「ふわぁああ。あ、もう終わったんすか?じゃあ、帰らせてもらいますね。」
ユリウスはあくびをしながら、のっそりと起き上がる。『よく寝たなー』と言いながら伸びをし、一人、皆の心配とライオスの呆然とした表情をよそに帰宅を始めるのだった。
ユリウスは、この噂がすぐに広まってしまうのを知らない。
*
「ただいま。」
「おかえりー。」
ブロンドヘアの少女が、疲れた声を出したユリウスに声をかける。
「どうだったの?大丈夫だった?」
心配そうに金髪の少女、ヴィクトリアは、勝ち気な瞳を少しだけ歪めて、ユリウスを見つめる。
「大丈夫だよ。負けちゃったけどね。」
ユリウスは、自分がタコ殴りされたことは言わない。ヴィクトリアに心配をかけるのはいやだった。
「本当に?無理していない?」
「僕の身体を見てよ。大したことはされていないよ。傷一つないでしょ?」
「確かにそうだけど…」
「それより、おなかすいちゃったよ。今日はなに?」
ユリウスは、心配そうなヴィクトリアをみて、話題を変える。
「ハンバーグよ。」
ハンバーグは、ユリウスが好きな食べ物の一つだった。恐らく、困難に立ち向かったユリウスのために急遽作ってくれたのだろう。
(ヴィクトリアには心配させちまったみたいだな。また、絡まれないように、目立たないように生きないとな。ま、そのために今日もわざと負けたんだし大丈夫か。)
ユリウスは、ことここに至っては有り得ないことを、一人、願うのだった。
*
翌日、ユリウスが教室に行くと、
「ユリウス、てめぇライオスに勝つとはどういうことだよ?」
「いや、何を言っているんだ?僕は負けたぞ。」
話しかけてきた学友を、氷のように蒼い冷徹な目で見つめ返す。
だが、ユリウスは、内心では、焦っていた。話しかけてきた学友だけでなく、クラスメイト全員が好奇の目で彼のことを見ていたからだ。
これでは、わざと決闘で負けた意味がなくなってしまう。
彼は目立つのを極力避けたかった。
「いやいや、あれは、お前の勝ちみたいなもんだろ。あのライオスが相手にされてなかったじゃねぇか。やっぱ、スキルって大事なのな。」
羨望とも嫉妬ともとれぬ目を学友たちはユリウスに向ける。
「いや、あれは気絶していただけだ。」
「気絶していた奴はあくびなんてしねーよ。戦いの最中に寝るとか大した野郎だぜ。」
皆の頼れる兄貴である、級友のマックスが会話に割って入ってきて、ユリウスの肩に手を回してきた。それに加えて、手を回したのとは反対側の手でぐりぐりと、ユリウスの頭をつつく。
(…何故こうなったのだろうか?自分はただ、負けただけのはずなのに。)
ユリウスは一人悩む。
*
「もうっ!信じられない。昨日はタコ殴りにされて死人みたいに起き上がらなかったって聞いたよ。」
「えっと、それはその…で、でもこうやって僕はピンピンしているんだし、大丈夫でしょ?」
珍しく慌てたようにユリウスはヴィクトリアをなだめる。ヴィクトリアは、『晩御飯抜き』という、育ち盛りの青年には何よりもキツイ罰を、平気な顔でやってくる少女だった。
ユリウスもある程度の食事は作れるのだが、ヴィクトリアほど上手くは作れない。それを回避するため言い訳をする。
が、
「晩御飯、三日間抜きだからねっ。」
「…はい。」
抵抗虚しく、ヴィクトリアからの宣告を受ける。それでも、いつもは一週間の晩御飯抜きなのでユリウスの言い分も、多少は、認めていることがうかがえる。
*
「そういえば、週末に町のはずれで、世界初の地下鉄の完成を目指したセレモニーがあるらしいわよ。偶には一緒に見に行きましょうよ。」
ヴィクトリアのご立腹も治まったころ、彼女がユリウスに声をかけてきた。
「えー、面倒くさい。義姉ちゃんだけで行きなよ。」
「偶にはユリウスが尊敬してやまない姉に付き合ってくれてもいいじゃない。ね、行こう?リンゴ飴も買ってあげるからさ。」
ヴィクトリアは義弟の肩を叩きながら、さっきまでとは打って変わって、甘く囁く。
「いつの頃の好物の話をしているんだよ。はあ、まったく、仕方がないな。今回だけだからな。」
ため息をつきながらも、なんだかんだで、ユリウスはヴィクトリアの言うことを、聞いてしまう。そこに、学内最強を誇る雷帝の攻撃を、一つも通さなかった、鋼の守りはなかった。
*
この世界にはスキルというものがある。基本的には、教会と神父の祝福を受けることで発動するものだ。努力の要素が強い魔法と対比され、才能とも呼ばれているものだ。
だが、その実態については分かっていない。
今から凡そ一八五〇年前、聖歴が始まる頃、世の中は大暗黒時代であったと聖書には記されている。その時に、神様が僕らに与えた恩恵がステータスの向上とスキルである。
そうして、神のおかげで困難を乗り切ったヒト族は、現在に至ると言われている。
そういうことになっているが、実際は誰も知らない。ヒトは、五〇ちょうどになれば死ぬものだし、それ以前のことは書物にもほとんど記されていない。
スキル全知全能については特に分かっていない。オール・マスターと呼ばれるこの能力であるが、この当て字の部分については、意味がわかっていない。現在使われている言語(ユスタリウス語と日本語)にこの読み方を使う言語はないのだ。
一説によると、神様の言語ではないかとも言われている。
祝福をしてくれた神父様にも、後日、どういう能力かを聞いてみたら、『珍しい能力だし、明らかに凄い能力だ。だが、残念なことに、私はこのスキルを見たことがない。』とおっしゃっていた。
全知全能の実態は、文字が示すほどには、便利なものではない。
それでも、ユリウスはその能力が最強の能力であることが分かってしまっていた。条件などはあるものの、この能力の前では、何をされても傷つかず、どんな防御すら紙くずと化す。
ユリウスは、すでに国内最強だった。その自覚があった。国内だけでなく、人類最強と呼ばれる”三英雄”にすら負けない自信があった。
だが、この国で、ガリウス騎士学校で、最強となることは、近衛騎士にならなければならないことを意味していた。武力が国力を決める時代において、戦力となる者は、強制的に近衛騎士ないしは、最前線で戦う騎士とならなければならない。それは、ユリウスにも分かっていた。
だから、何故、ヴィクトリアと一緒にいたいだけの自分に最強の能力が発現してしまったのかは、ユリウスには分からなかった。
*
「うわぁ。凄い人たちね。」
セレモニーの会場にきた、ヴィクトリアの琥珀色の瞳が、輝くように開いていた。
既に会場には一〇〇〇人にも及ばんとする人がいた。
会場と言っても、屋根があるような立派なものではない。
穴を掘るための機材と、形式的なオープンテープがあるだけ。警備員が数十人いて、機材を見張っているのが微かな秩序を感じさせたが、逆に言えば秩序を感じさせるものはそれだけだった。会場は、基本的には、無法地帯といった様子だった。
そして、セレモニーに際して、漁夫の利を得ようと、露店も、臨時で開かれていた。焼きそばや、怪しい焼物、陶器、色々なお店が開かれていた。先日、姉弟の会話に出てきたリンゴ飴もその雑多な露店にはあった。
「義姉さん、そんなに地下鉄が楽しみなの?」
周りに人がいるからかユリウスは、堅い言葉を、使う。手にはリンゴ飴を持っており、むすっとした表情だった。
「だって、父さんたちの悲願だったじゃない。」
「何が父さんたちの悲願なものか、僕の親も、君の父も僕たちをおいて、臨時戦争に行ってしまったじゃないかっ。」
ヴィクトリアの言葉に苦虫を嚙み潰したような渋い顔で、ユリウスは、応じる。
「ダメよ、おじ様と、私の父のことを悪く言っては。けれど、私も、話題の選別が悪かったわね。ごめんなさいね。そのことは一端忘れて今日は、楽しくいきましょう。」
ヴィクトリアは、笑顔で義弟をたしなめる。
「確かに、そうだね。」
笑顔のヴィクトリアをみて、ユリウスは、自分の歪んだ心を胸にしまう。
*
「えー、このように大勢の方にお集まりいただき大変うれしく思います。今日は、時代の転換期といえましょう。これから、一〇年後には地下鉄が皆様の生活の一部になっていることと、思います。その一歩が今日、ここから始まるのです。」
市長の挨拶が終わり、口笛や拍手が巻き起こる。皆、世界初という言葉に興奮しているのだろうか?中々、歓声は止むことがない。それどころか、さらに人が増え、二人も人込みにもまれ始める。
「危ないから。」
市長の方をみながら、『護る』と誓った少女の手を、ユリウスは握る。
「あら、ユリウスも紳士になったわね。」
その気遣いを嬉しく思いながらも、ヴィクトリアはからかうようにユリウスの方をみる。
「元からだよ。」
ユリウスは、素っ気なく答えるのだった。
*
「くそっ、くそっ、くそっ。王族の俺を馬鹿にしやがって!その上、ヴィクトリアとデートをしやがって!」
ライオスは大理石でできた自室の壁を殴る。岩をも砕くというライオスの拳には、大理石も耐えられず、ガラスのように粉々に砕け散る。
ユリウスとの決闘の後、気晴らしで地下鉄工事のセレモニーに行って見れば、仲睦まじいユリウスとヴィクトリアを見てしまった。それが原因でライオスは荒れていた。
「糞が!」
あいつなんて、スキルだけが優秀な雑魚じゃねーか。なんで王族の俺様がバカにされなきゃならねーんだ!あの決闘のせいで、最近は雑魚まで俺に決闘を挑んできやがる。
…あいつだけはぜってーゆるさねぇ。
ライオスは自室で静かに吠えるのだった。