1 『ユリウス・マクガン』
「おっ。全知全能の能力を発現したくせに、びりの奴じゃねーか。今日も授業の内容が分からなくてサボりかよ。」
ライオンのように髪を逆立てた、体格のいい青年が、取り巻きを三人連れて、木の下にできた木陰で寝ていた青年に声をかける。
「そういうことだよ、僕は落ち込ぼれだ。だから、あっちに行っちまいな。学年一位の秀才様が関わる相手じゃねーよ。」
声をかけられた方の青年は、自分がバカにされたのもどこ吹く風といった様子でこたえる。目を開けるのすらおっくうだという感じだ。
「てめぇ、バカにしてんのか?王家の血筋に歯向かえばどうなるかわかってんのかよ。この国にいられなくなるぞ。」
青年の人を小馬鹿にしたような物言いにライオン髪の男は語気を強める。
青年は、その言葉でようやく目をしっかりと開く。
青年の容姿は、特段の特徴はない。無造作に伸びた、青みがかった前髪、背は一七〇センチメル、ブサイクともイケメンともいえない中途半端な顔、唯一、瞳だけは、冷たく透き通る湖を連想させるもので、他の人よりも、綺麗なものだといえるかもしれないが、それを除けばどこにでもいる青年のいでたちだった。
服装も普通で、黒いチノパンに白色のワイシャツに、学校から配布される黒色の腕時計といった、騎士学校ガントリア校の規定通りのものだ。昼間となり、暑くなったのか、ワイシャツは肘まで捲られていた。そこから見える腕はよく鍛えられてはいた。だが、話しかけてきたライオン髪の青年とは比べようもないくらいに細い。
青年は、立ち上がり、ライオン髪の男の前に立つ。
「ほー、やんのか、てめぇごときが俺と決闘を。」
ライオン髪の青年は、目線を鋭くし、獰猛に笑う。
「すみませんでした。この国にはいたいので、いさせてください。」
やる気のない感じで、のっそりと青年は土下座をする。ゆるりとした口調で青年は謝罪の言葉を述べる。青年にプライドと呼べるものはなかった。
「くそっ。能力が最高だからってバカにしやがって。」
ライオン髪の男は、やる気のない土下座に、逆に馬鹿にされたような気がしたのか怒りを顕わにする。
「いやー、ライオスさん、そんなつもりはないですよ。ホントですよ。」
感情のこもらない--人によっては棒読みと、とらえるであろう--口調で青年はライオスと呼ばれるライオン髪の男にこたえる。
「よし、今決めた。今日の放課後決闘だ、覚悟しておけよ、ユリウス・マクガン」
「マジっすか。わかりました。では、今回はこれで失礼してください。」
どこまでも失礼な態度の青年に、ライオスと呼ばれた青年は、憤怒の形相を浮かべる。
だが、ユリウスはライオスの怒りは気にせずに、木陰に戻り授業をサボることを楽しむのだった。
*
「もうっ。何やってんのよ!ユリウスのバカ。」
授業が終わってすぐ、寝ているユリウスに向かって、金髪サイドテールの女性が、肩にかかった髪を揺らしながら怒鳴る。
「いやー、まさかだよね。ライオス君も落ちこぼれのことなんて放っておけばいいのに。」
ユリウスは、ライオスの時と同じように、怒鳴られるのを受け流す。
「『まさかだよね~。』じゃないの!ホントにどうするの?学校中に噂が広まっちゃっているよ。お姉ちゃんもライオス君に謝ろうか?」
「大丈夫だよ。ヴィクトリア姉ちゃんは、先に帰って美味しいご飯でも作っておいてよ。」
「でも、でもっ。ライオス君の拳は雷よりも早く、岩をも砕くってみんな言っているよ」
アンバーの綺麗な瞳がユリウスを見つめる。
「大丈夫。ヴィクトリア姉ちゃんが心配することは何もないよ。」
「ホントに?」
「うん、ホントだよ。」
少年時代と変わらない不器用な優しさのこもった笑みをヴィクトリアに向ける。
「うん、わかったわ。お姉ちゃんは弟を信じるわ。でも、もしも、何かあったら晩御飯は一週間抜きだからね。」
小さいほくろがついた白色の手で、ユリウスの手を握る。
「そりゃ大変だね。ひもじい思いをしないようにせいぜい頑張りますよ。」
ユリウスは肩をすくめた後、愛おし気にヴィクトリアの手を包み返す。