邪竜と向き合う
平原の一角を抉るほどの威力を秘めた一撃を目の当たりにし、他の種族たちが呆気にとられたようにして静まりかえる。しかし、それも一瞬のことだった。
「ひっ、ひぎゃああああ!? とにかく撃て撃て撃てぇ!?」
「お、恐れるんじゃないわ! あいつの首を取るために集結したんだから!」
「ピギーーーッ!?」
あちこちから悲鳴のような怒声が湧き上がる。
無理やりに闘志を沸き立たせた彼らによって、統率の欠片もない攻撃が再開された。翼を持つ種族は飛び上がり、直接黒竜を叩こうとする。
「だからダメだって……!」
シオンはそれらの攻撃を止めようと魔法を唱え始める。
しかし一歩遅かった。
『AAAAAAAAAA!』
「ぐぎゃっ!?」
彼らを止めるより先に、黒竜の熱光線が平原中に降り注いだ。
空を飛んでいた者たちはあっさり地に落ち、地表の者たちも悲鳴を上げて逃げ惑う。
「きゃああああ!?」
熱波が猛烈な風をともなって辺り一帯に襲いかかり、シオンの真正面に居たアルラウネ族らも吹き飛ばされてしまう。
もはや、誰も戦意を残していなかった。文字通りの恐慌状態である。
そんな彼らを目の当たりにして、ダリオは【はっ】と鼻で笑う。
【バカどもめ。引き際を弁えぬ族は早死にすると相場が決まっている】
黒竜がとうとう本格的に動き始める。
散歩でもするかのような悠然とした足取りで、平原へと踏み込んだ。
そうして最初に目に付いた獲物へ向かっていく。
アルラウネ族だ。
「くっ、ううう……」
「姫様……! しっかりしてください!」
シオンに話しかけた女性が、地面を這いずりながらもがく。
他の者たちはなんとか身を起こし、そんな彼女を助け起こそうとしていた。
熱風は植物に近い彼らに相当なダメージを与えたらしく、みな体のあちこちが焦げてしまっており、動きはひどく緩慢だ。
【ちょうどいい。あいつらに気を取られている隙に……って、おい。マジか】
ダリオが呆れたように言う。
狙いを済ました黒竜の喉の奥で光が凝縮されていく。
姫と呼ばれたアルラウネ族が必死に叫んだ。
「せ、せめてあなたたちだけでも逃げ――っ!?」
その台詞をかき消すようにしてひときわ強烈な熱光線が放たれて――。
「させない!」
そこにシオンは割り込んだ。
魔剣を抜いて立ちはだかり、剣身で光線を受け止める。
(お、重っ……!?)
それはひどく重い一撃だった。ダリオとの修行でもそれなりに殺意のこもった攻撃を対処させられていたが、あのときと威力で言えば大差がない。
弾かれた熱が剣を握る指を灼き、光線に押されてシオンの体は後ろに下がる。
防戦一方――に見せかけて、素早く魔法を解き放った。
「ごめん! 《ウィンドストーム》!」
『ッッッ……!?』
突風を起こす魔法である。黒竜は風に押し返されて、森の中へと倒れ込んだ。
ずしん、と重々しい轟音が平原を揺らし、逃げ惑っていた者たちが目をみはる。
シオンは一息ついて、背後のアルラウネ族らを振り返った。
「大丈夫ですか?」
「へ、え……?」
姫、と呼ばれていた女性が目を瞬かせる。
他の者たちも同様の反応だ。シオンが何故割り込んだのか、まるで理解できないと言いたげだった。
ダリオもまた揶揄するように言う。
【そいつらを囮に使えば、まだ楽に対処できたろうに。おまえは本当に、そういうヒーロームーブが好きだよなあ】
「仕方ないですよ。だって、そういうのが生きがいなんですから」
【そりゃそうか。なら好きにしろ。何にせよ、美女が生き延びたのは儲けものだ】
ダリオはからからと笑ってみせた。
露悪ぶってはいるものの、同じ立場ならきっと同じことをしただろうに。
そんな分かりきったことにはツッコミを入れず、シオンは赤くなった指先に回復魔法を施した。淡い光が手を包み込み、熱によってできた水疱が引いていく。
その間にアルラウネ族をちらりと振り返った。
「みなさんは今のうちに逃げてください」
「ど、どうして人間が……」
「戦意を失った方を見殺しにはできませんよ」
アルラウネの姫に、シオンは笑って告げる。
彼女らはもう戦争を続ける気をなくしていた。だからこの場はひとまず敵ではない。
シオンは頬をかいて苦笑する。
「それに……正気を取り戻したとき、目の前が血の海だなんてショックでしょ。弟子にはそんな思いはしてほしくありませんからね」
「弟子……? まさか、あなたがクロガネの力を取り戻させたの!?」
「いえ、あれはクロガネさんではなくてですね……」
おずおずと説明しようとした、そのときだった。
頭上に大きな影が差し、声が降り注いだ。
「あたしじゃないよ。あれはうちの子だ」
「クロガネさん!」
すぐ真上には新緑色のドラゴンが飛んでいた。シオンのすぐ側に着地して、背中からクロガネとレティシアが降りてくる。
新緑のドラゴンは低く唸り、シオンを睨め付ける。それと同時に頭の中で鳴り響いたのは、ヒスイの切羽詰まった声だった。
『シオン! ノノ様はご無事か!?』
「手加減したから大丈夫だと思います」
見れば、黒竜はゆっくりと森から起き上がりつつあった。攻撃を受けたというのにずいぶんと緩慢な動作だ。
(手加減はしたけど……それ込みで、歯牙にも掛けていないって感じだな)
多少やる獲物が出てきた、くらいの心持ちなのだろう。
そんな黒竜を見て、レティシアは目を丸くする。
「あのドラゴンが、本当にノノちゃんなんですか……?」
「うん。何があったかは知らないけどね
『……私のせいだ』
ヒスイは歯噛みし、肩を震わせる。彼女はこうなったあらましを簡単に説明した。
ノノの暴走のきっかけを作ってしまい、リュートや他の部下たちをかばって怪我を負ったものの、レティシアに治してもらったらしい。
『軽率な真似をしました。ノノ様には謝罪してもしきれん』
「なあに、不可抗力だ。誰も悪くない。気にするんじゃないよ」
それにクロガネは飄々と肩をすくめてから、黒竜へと視線を向ける。
じっとその姿を見つめた後に、彼女は小さくため息をこぼしてみせた。
「いつかあの子が父親のことを知ってショックを受けるだろうってのは……ずっと予想はしていたからね。仕方ないさ」
『御屋形様……』
「ま、この展開ばっかりは予想外だけどね」
おどけるようにそう言って、クロガネは目を釣り上げる。そうして大声で黒竜へと呼びかけた。
「こら、ノノ! 子供はヤンチャくらいがちょうどいいって言っても、これはいくらなんでも限度がある! 早く元に戻らないとおしりぺんぺんだよ!」
『…………』
しかし、黒竜は意にも介さない。クロガネに目をくれることもなく、喉の奥で唸るだけだ。
クロガネはかぶりを振って舌打ちする。
「ちっ……届かないか。なら仕方ない、できることをするまでだ! 他の者たちを安全な場所へ!」
『了解しました!』
「ガウッ!」
クロガネの呼びかけに応え、多くのドラゴンが里の方角から飛来する。
そればかりではなく魔狼族までもが森から飛び出してきて、平原のあちこちで倒れた他種族の戦士たちへと向かっていった。
彼らは動けない怪我人を背に乗せて、それ以外の者たちを黒竜とは逆の方角へと誘導しようとする。最初は戸惑っていた戦士たちだったが、ドラゴンや魔狼族に敵意がないと分かったのか、おずおずと従って動き始めた。
その光景を目の当たりにして、うずくまっていたアルラウネ族の姫が呆然と言う。
「どうして……私たちは、一度はあなたに弓を引いたのに」
「なに、簡単なことさ」
クロガネはそんな彼女の前にしゃがみこみ、手を差し伸べる。
「あたしはこの谷が荒れ地だったころから、ずっとここを見守ってきたんだ。ここに住まうおまえたち全員、あたしの可愛い子供みたいなもんだ。ちょっとした反抗期くらい許すよ」
「……申し訳ございませんでした」
アルラウネ族の姫は深々と頭を下げ、目の前の手を取った。
クロガネはニヤリと笑う。
「なあに、いいってことよ。この戦いも、引っ込みが付かなくなった結果だろ? 命は大事にしなよ。さ、あんたたちもなるべく離れな」
「は、はい!」
他のアルラウネ族が姫を連れ、ドラゴンや魔狼族らを追いかける。
彼らを見送ってから、クロガネはくるりとこちらを振り返った。
「シオン。今のままじゃ、あたしの言葉はあの子に届かない。だから……ちょっくら手伝ってもらってもかまわないかい?」
「もちろんです。それじゃ、レティシアは怪我人を――」
「はい、私もノノちゃんを止めます!」
「へ」
レティシアがぐっと拳を握って言い放ったものだから、シオンはぴしっと固まってしまう。
しかしすぐにハッとした叫んだ。
「いやいや!? 危ないって! 見えるでしょ、あの大きさ! おまけにビームまで撃つんだよ!?」
「平気です。こんなときのために戦えるよう、ずっと修行してきたんですから」
レティシアは平然と言ってのけるだけだった。
虚勢を張っているようには見えず、どこまでも本気である。
口ごもるシオンへ、ダリオは軽い調子で言ってのける。
【大丈夫だろう。汝が知らぬだけで、レティシアは相当成長したぞ】
(うぐっ……し、師匠が太鼓判を押すのなら……)
ダリオは基本適当だが、こういう場面の判断に誤りはない。
それが嫌というほどに分かるからこそ、シオンは折れざるを得なかった。がっくりと肩を落としてうなずく。
「分かった。師匠の推薦なら認めるよ」
「えっ、ダリオさんがどこかに……きゃっ!?」
レティシアが台詞を切って半歩下がる。
その次の瞬間、空より放たれた熱光線が彼女の立っていたはずの場所を焼き払った。
助けるよりも先に回避に出たので少し呆気に取られてしまう。
(ほんとに身のこなしができてるし……)
続きは明日更新します。二巻は8/6発売予定!




