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邪竜降臨

 竜人族らは目配せして、からりと笑う。


「誤魔化さなくてもいいっての。それくらいの方が頼もしいぜ」

「そうだな。おまえがいりゃ、どうにかなる気がするよ」

「俺たちだけじゃ深刻になりすぎてただろうしな、っと」


 軽いかけ声とともに彼らの体から光が溢れ、一気に膨張する。

 次の瞬間、そこには竜の姿があった。見上げんばかりに巨大な彼らは軽く地を蹴り浮遊して、地表のシオンを見下ろして目を細めて笑う。


『よそ者の手を借りるなんて、ちょっと前まで考えられなかったもんだが……悪くないもんだな』

『これが終わったら宴会の仕切り直しだ。また付き合えよ、シオン』

「はい、もちろんです!」


 シオンが手を振ると、彼らはまっすぐ里へと飛び立っていった。

 それを見送ってシオンも発つことにした。


「よし、俺も――っ!?」


 そこで、踏み出しかけた足を止める。

 森の中から、この世のものとも思えないような咆哮が轟いたのだ。それは音というにはあまりに苛烈な衝撃だった。咄嗟に耳を押さえたからよかったものの、下手をすれば鼓膜が破れていただろう。

 そしてそれが収まるより先に――。


【AアA……AAAAAAA!】


 森の木々をなぎ倒し、一匹の黒竜が現れた。

 それは山のように巨大であり、一部の隈なく漆黒だった。角は複雑怪奇な曲線を描き、鱗の一枚一枚が磨き抜かれた名刀のように鈍く輝く。闇夜を思わせる瞳は、何も見ていないようだった。


「あ、あれは……!?」

【ほう?】


 ダリオが興味深そうな声を上げると同時、黒竜はさらに吼える。


『AAAAAAAAA!』

『ぐっ!?』


 黒竜の大顎門の奥で光が瞬き、瞬時に爆ぜて何本もの熱光線となって空を貫く。

 その一本が、今しがた飛び立った竜たちをかすめてしまったのだ。翼を切り裂かれた彼らはみな、あえなく地表へと落ちていく。


「みなさん!?」


 シオンは山の斜面を駆け下りて、彼らの元までまっすぐ駆け出した。舞い散る砂埃を切り裂いて進めば、地表に横たわる竜たちがすぐに見つかった。熱線と墜落のダメージは相当なものになったようだが、命に別状はないようでひとまずシオンはほっとする。


『ぐっ、うう……』

「大丈夫ですか!? 今、治療を――」

『ま、待て!』


 回復魔法を使おうとしたシオンへ、彼らのひとりが首を懸命に持ち上げる。血の雫を滴らせながらも、彼の瞳には強い意志が読み取れた。


『俺たちのことはいい! おまえは急いであの竜を止めてくれ!』

「っ……分かりました!」


 シオンは迷うことなく、またも走り出す。

 そうする間にも、黒竜は咆哮を続けていた。黒竜が吼えるたびに地が揺れ、空に暗雲が広がり渦を巻く。ひどく生ぬるい風が、黒竜のいる地点から吹きすさぶ。

 足を止めないままに振り返り、シオンはその怪物を眺める。


 あれはどう見ても――かつて本で読んだままの邪竜の姿だ。


「師匠。まさかと思いますけど、あれって……」

【ノノだな。しかも分かりやすーく暴走している】


 嫌な予感を、ダリオがあっさりと肯定した。

 咆哮とともに放たれる魔力は、ここ最近彼女の練習に付き合う度に感じていたものとほとんど同質のものだったからだ。『ほとんど』というのがみそで、あのときに比べて魔力はひどく澄み切っていた。

 先ほどの彼らもそれを察したのだろう。だからシオンに対処を頼んだのだ。


「何かあったんでしょうか……って、動き出した!?」


 黒竜が咆哮を止めて周囲を見回す。

 黒い瞳を里の方角に向けると、やがてのっそりと動き始めた。


 仲間の竜を傷付けても、ノノは一切反応を示さなかった。

 彼女本来の自我は消えているか、薄れてしまっているか。そのどちらかである可能性が高い。

 それが里へと向かえば大惨事は免れない。


 そう考えてシオンは肝を冷やすのだが――ノノが目指したのは里とは真逆の方角だった。


「あれ……? ノノちゃん、どこに向かってるんだろ」

【うむ、帰巣本能から里に行くだろうと思っていたがな】

「ひょっとして……」


 シオンはごくりと喉を鳴らす。

 彼女が目指しているのは東の方角だ。


「あっちって例の戦場予定地じゃ……」

【なるほど。殺気におびき寄せられたか、ってどこへ行く】


 ダリオの台詞をみなまで聞くことなく、シオンは走り出した。

 黒竜の後を追うのではなく、迂回してその正面を目指す。

 里に向かうよりも、それははるかにマズい状況だ。足を止めずに師へと叫ぶ。


「どこって決まってます! 止めるんですよ! あっちはもう敵まみれなんですから!」


 すでに敵対種族の布陣は完了している。

 そんな場所にノノが現れれば、きっと彼らは攻撃を仕掛けるだろう。

 だからシオンは焦るのだが、ダリオの反応は対照的だった。心底理解できないとばかりに唸ってみせる。


【何故ノノを止める必要があるのだ?】

「なんでって……ノノちゃんが危ないからですよ!」

【バカを言え、今のあいつなら有象無象の戦士など敵ではない】

「そうは言っても危険です! 何かあってからじゃ遅いじゃないすか!」

【心配性め。まあ、好きにしろ。ただし、ひとつ言っておくが……】


 そこでダリオは言葉を切る。

 笑いを堪えきれないと言いたげに、震える声で続けることには――。


【あれは、我が倒した全盛期の邪竜……あいつよりはるかに強いぞ】

「っ……!」


 視界を埋め尽くしていた木々がぱっと途切れた。

 森を抜けたのだ。その先に広がっていたのは見渡す限りの平原だった。

 ゆけどもゆけども緑が続き、小さな花を付けた野草が風に揺られる。のどかな風景にはしかし、物々しい光景が同時に広がっていた。


「う、撃ちなさい!」


 シオンの飛び出した真正面には、アルラウネ族が陣を固めていた。

 自我を持ち、自由に動くことのできる植物の種族である。

 シルエットは人間に近いが、体のあちこちから草花を生やしている。


 それが一斉に、シオンの背後にそびえ立つ黒竜へと狙撃を始めたのだ。

 彼らの武器は弓矢ではなく、体から放たれる幾多の種子だ。霧の粒子のように細かなそれが、空を切り裂いて黒竜へと叩き付けられる。


【ッ……!】


 黒竜がかすかに声を上げる。

 しかしダメージを受けているようには見えなかった。種子の流れ弾を受けて、森の木々が破裂するほどの威力だというのに、黒竜の鱗には傷ひとつ付けることが叶わない。

 かっと見開かれた双眸からは煩わしさしか読み取れなかった。


「こ、こうなったら仕方ねえ! 俺たちも続け!」

「おう!」


 挙げ句の果てに、広場に集まっていた他の種族らも攻撃を開始する。

 ゴブリン族、ゴーレム族、獄兎族、獣人族……その他、シオンも初めて見るような種族がいた。

 彼らは力を合わせ、火矢や魔法の狙撃をあちこちから飛ばして黒竜を狙い撃った。

 あっという間に、その巨体は爆煙の向こうに消えてしまう。


(ま、まずい……!)


 シオンは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。


「よし! もう一度っ……!?」

「《フレア》!」


 アルラウネ族がまた種子の弾丸を飛ばす。

 それをシオンは手早く唱えた火炎魔法を放ち、宙空で焼き払った。

 ハッとした彼らのもとまで走り、必死に呼びかける。


「待ってください! どうか攻撃をやめてください!」

「っ……あなた、例の人間ね」


 アルラウネ族の女性が、顔をゆがめてシオンを睨む。

 その目は敵意に満ちていたが、それを上回るほどの恐怖で揺れていた。


「クロガネが力を失ったというのは嘘だったの!? あれはどう見ても昔のクロガネだわ!」

「俺も詳しいことは分かりません! ひとまず待ってください! 他の種族も止めないと……っ!」


 そこで咆哮が天地を貫き、爆煙を吹き飛ばした。

 衝撃波が平原全体に襲いかかる。体の軽い者たちは吹き飛ばされ、弾かれた武具が風に乗って宙を舞った。誰ひとりとして、攻撃を続行できた者はいなかった。

 黒竜がゆっくりと首をもたげる。


『GRAAA……』


 低く唸り、舐めるようにして平原を見渡す。

 あれだけの総攻撃を受けても、その体にはやはり傷ひとつ付いていなかった。

 鋼のような鱗は曇りひとつなく、灰色の雲が太陽を覆い隠してもなお輝き続ける。

 その目が限界まで見開かれる。裂けそうなほどに口が開く。空気が張り詰め、そして――。


『G……GAAAAAAAAAA!』

「ぎゃああああっ!?」


 空を睨んで啼き、その尾を振るった。

 その一撃は平原の右方を守っていたゴーレム族らをぶっ飛ばした。身の丈十メートルを下らない小山のような図体が、いくつも軽々と宙を舞って遙か彼方へと消えていく。

続きは明日更新します。発売まで一週間切りました!

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