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ノノのせい

続きは明日更新します。二巻は8/6発売!加筆修正もりもりしたので話が大きく変わっています。

 墓所に静かな風が吹き、ノノは胸の前でこぶしを握る。


(おとーさん……)


 父のビャクヤもまた、この地に流れてきた竜人族だった。

 里を追われた末に自棄になり、当初はクロガネとも反目していたが――彼らは結ばれ、ノノが生まれたと聞く。


「あの方の残されたものを、我らは生涯掛けて守らねばならない。だが……私は今でも思うんだ」


 ヒスイは苦々しげに顔をゆがめ、足下へと視線を落とす。


「あのとき、私たちにもっと力があったのなら……あの方が命を落とされることもなかっただろうに、と」

「……その話は二度とするなって、族長様がよく言ってるじゃないですか」


 部下たちはぎこちなく苦笑する。

 もう何度も彼らの中で繰り返された会話なのだろう。


(みんな、やっぱりおとーさんのことが大好きなんだ……)


 ノノは寂しいような、誇らしいような、そんな気持ちで胸がいっぱいになる。

 しかしそこから続く彼らの台詞は、虚を突かれるものだった。


「全員の力を合わせても、赤ん坊のノノ様は助けられなかったんですから。仕方ないですよ」

「クロガネ様がご自身の力すべてを明け渡して、ようやく心臓が動いたのをお忘れですか」

「えっ」


 ノノは小さく息を呑んだ。リュートもまた不思議そうに首をひねる。


(たしか、ノノ……生まれたときは、死にそうだったって……)


 だから、クロガネが魔法を使って助けたのだと聞いていた。

 母の力を渡された――そんなこと、ノノは知らない。

 己の手をじっと見つめる。先ほどまでリュートと繋いでいた指先がゆっくりと冷えていくのを感じた。その間にも、彼らの話は進んでいって――ヒスイは苦しげに首を振る。


「私だって御屋形様のご決断が間違っていたとは思わない。だが、その後起こった大戦争はどうだ。あれが起こったのは紛れもなく、我らの力が足りなかったせいだ」

「まあ……谷でのクロガネ様の影響力は当時絶大でしたからね。それがなくなればどうなるかなんて、みんな分かってましたよ」

「俺たちもビャクヤ様も、覚悟の上でした」

「そうだろうとも。だからあの方は先陣を切った。そして……命を落としたんだ」


 ヒスイは再びしゃがみこみ、墓石に額を付ける。


「ノノ様の成長を、誰より楽しみにされていたあなたが……どうしてあのとき、私なんかを庇われたのですか」


 それは空虚なつぶやきだった。

 何度も何度も繰り返されて、込めるべき感情を失って、すり切れてしまったようだった。

 ノノは彼女らの言葉を頭の中で繰り返す。組み立てる。


「まさ、か……」


 母が自分を救うために、力を失った。

 そのせいで竜人族の地位が落ち、大戦争が起こった。

 そしてノノや里の者たちを守るため、父が命を落とした。

 つまり、それが真実であるならば――。


「おとーさんが死んだのは、ノノがうまれた……せい……?」

「ち、違う!」

「っ……!」


 リュートが叫び、風の魔法が切れる。

 それと同時にヒスイらがこちらに気付いた。彼らは目を剥いて驚愕の声を上げる。


「リュート!? それにノノ様……!?」

「まさか、今の話を……!」


 みな、蒼白な顔をしている。

 それが如実に、ノノの心に浮かんだことが事実であると示していた。

 リュートはノノの肩をつかみ、揺さぶるようにしてなおも叫んだ。


「そんなわけないだろ、ノノ! おまえのせいなんかじゃない!」

「で、でも……」


 みなの視線から逃れるようにして、ノノは目を足下に落とす。

 自分の小さな手は震えていた。魔法もろくに使えない無力な手。その手が、大好きな母から、里のみなから大切なものを奪ったのだと気付いたとき――ノノは頭の中が真っ黒になった。


「ノノさえ生まれなければ……おかーさんは、おとーさんは……」

「いけません、ノノ様!」

「リュート!」


 みなの声が遠ざかり、かわりにノノの頭の中を轟音が埋め尽くした。

 それが竜の咆哮で――己の喉の奥から放たれていることを悟ったとき、ノノの意識はぷつんと途切れた。



 ◇



 ちょうどそのとき、シオンは里から少し離れた高山にいた。

 この辺りでは一番高い山であり、戦場に指定された平原のすぐ手前にある。里から平原に出るには、この山を迂回しなければならない。

 そしてそれゆえ、狙撃には絶好のポイントだった。


「行きます!」


 オーク族とゴーレム族らで形成された軍団は頭数こそ少ないものの、巨大な投石機を用いてを組み立てていた。のこのこと空を飛んで戦場に向かえば狙い撃ちにあっていただろう。彼らに気付いたシオンがクロガネに進言し、撃破を任されたのだ。


「ガルァアア!」


 シオンの頭上に、巨大な棍棒が振り下ろされる。

 棍棒を握るのは武装で身を固めたオーク族だ。いつぞや師匠に出会う前、山中で追い回されたゴブリンキングをはるかにしのぐ巨体を誇り、樹齢千年を下らないであろう丸太を軽々振り回せるほどの膂力を誇る。

 しかしその分、動きは大味だ。


「よっ、と」


 棍棒の一撃を軽く前に跳んで回避する。

 地面が深く抉れ、砂利が飛ぶ。それを背に受けたとき、すでにシオンは敵の懐に飛び込んで剣を抜いていた。がら空きの胴体に一閃をお見舞いする。


「グギャッ!?」


 厚い合金鎧はあっさりと砕け、断末魔が響く。

 オークは血飛沫をまき散らして倒れると、あとはぴくりとも動かなかった。


「やるなあ、シオン!」


 それを見て、竜人族らが声を上げる。彼らも敵を相手取っており、まだ数も多い。それでも今シオンが討ったのがリーダー格だったようで、ちらほらと逃げ出す者も見えた。

 背を向ける者はそのまま見逃し、向かってくる敵を討つ。

 彼らに弓を引き絞るゴブリンを斬り捨てながら、シオンは声を上げた。


「ありがとうございます! 皆さんもお気を付けて!」

「おう、おまえにばっかりいい格好させてられねえからな!」


 竜人族らも魔法や剣を用いて、敵の数を的確に減らしていく。

 そんな戦場にあっても師はのんきなものだった。軽い調子で話しかけてくる。


【そういえば、汝と出会ったときはゴブリンどもに殺されかけていたな】

「はい。あのときの雪辱を果たすことができました」

【いやあ、今のオークの方がはるかに格上だぞ。おまえがあっさり砕いた鎧も、オリハルコン製だったしな】

「えっ! あの世界でもっとも固いと言われるあのオリハルコンですか……!? そっかあ……あれがオリハルコンの手応えか。初めて斬りました!」

【お、おう。よかったな? だがオリハルコンは硬度でいえばまだまだだ。もっと硬い鉱物も存在するぞ】

「本当ですか!? 今度教えてください。斬り応えを確かめてみたいので」

【汝、爽やかに言っているが発言自体はヤバい奴そのものだからな?】


 ダリオは呆れたように言って笑う。

 すっかりいつもの調子が戻ったようにも見えるものの、からかいも少しぎこちない。

 先ほどクロガネに指摘されたことを、それなりに引きずっているようだ。


(まあ、その点は俺も同じだしな……)


 シオンもシオンでしっかり意識してはいた。

 しかしそれを蒸し返す勇気はなく、剣を振るって雑念を追い出すだけだった。

 そんなふうにして走り回っていると、あっという間にあたりは静かになる。どうやらかなりの数が逃げたらしい。竜人族らにもほとんど目立った怪我はない。


「ひとまずなんとかなりましたね」


 シオンはホッと胸をなで下ろしつつも、里の方角を見やる。

 里はまだ無事だ。だが、森のあちこちから狼煙が上がっていた。東の空には鳥のような影がいくつも見える。地響きのような足音が、こんな高所にいても聞こえてきた。

 まだ、一部隊を潰しただけ。本番はここからだった。

 シオンはぐるりと肩を回して竜人族らを振り返る。


「そろそろ里に戻りましょうか。俺、ちょっと帰りながら地上の様子を見てきます」

「ああ、分かった。俺たちは空を飛んで戻る」


 竜人族のひとりがうなずく。

 しかし、彼はすぐにニヤリとからかうような笑みを浮かべてみせた。


「しかしやる気のようだな、シオン。実際のところ、この戦争にちょっとワクワクしてるだろ?」

「ええっ!? そ、そんなわけないですよ……あはは」


 ぎこちなく笑うが、自分でも分かるほどその笑顔は引きつっていた。

 何しろこんな大勢の他種族と戦うなんて初めてなのだ。

 もちろん竜人族の里は死守する。それは胸に刻んでいるものの……彼が言うとおり、やっぱりちょっとワクワクした。

続きは明日更新します。二巻発売まで一週間切りました!よろしくお願いします!

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