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墓所での密談

 里が大騒ぎになっていた、ちょうどそのころ。


「りゅ、リュートくん、待ってなの」

「はあ? まったく、相変わらずどんくさい奴だなあ」


 里の真裏に広がる大森林。

 そこを、ノノとリュートはふたりきりで歩いていた。

 リュートが軽い足取りで先を行くなか、ノノは木の根で転ばないように慎重に歩を進める。

 そんなノノのもとに、リュートはすぐに戻ってきた。ぶっきら棒に右手を差し出す。


「仕方ないなあ……ん」

「ん? なあに?」

「どんくさい上に鈍いとか……手、つないでやるって言ってんだよ。そしたら森の中でも危なくないだろ」


 ほんの少し頬を赤らめ、そっぽを向いてリュートは言う。


「う、うん。ありがとうなの、リュートくん」


 ノノはその手をおずおずと握った。

 ふたたびふたりは歩き出す。今度はリュートがノノの歩調に合わせてくれたので、ずいぶんのんびりだ。ノノはきょろきょろしながら辺りを見回す。


「それよりリュートくん、どこに行くの? 修行にいい場所があるって言ってたけど」

「ふふーん、聞いて驚くなよ」


 リュートは鼻を鳴らして悪戯っぽく笑う。


「ずばり、おまえのとーちゃんのところだ」

「へ」


 ノノは虚を突かれて目を丸くする。

 しかしすぐに彼が指した場所を察して声を上げてしまう。


「お墓!? あっちは子供だけで行っちゃいけないの。また怒られちゃうの!」

「心配すんなって。シオンのやつが大暴れしたおかげで、牛頭族なんかがこの辺りから撤退したらしい」


 リュートは平然と告げる。


 竜人族の墓は、森を少し進んだ先にある小高い丘に存在していた。里の者たちはみなそこで眠っている。しかし、近年はこのあたりの情勢が不穏なものとなり、子供だけで行くことは禁じられていた。


 ノノはそれを破ってひとりで出かけてしまい、先日の騒ぎに巻き込まれたのだ。

 怯えるノノに、リュートはニヤリと笑う。


「うちの姉ちゃんが言ってたぜ、最近は平和なもんだって。それにノノ、とーちゃんに魔法を見せてやりたいんだろ」

「うっ、そ、そうだけど……」

「だったら善は急げだ。それによ……」


 リュートは力強く断言したかと思えば、急に言葉を切ってしまう。

 少し歩調を速め、彼は首をかしげるノノを振り返ることもなく続けた。


「おまえ、このまえ俺のこと助けに来てくれただろ」

「うっ……でも、ノノはししょーの道案内をしただけだよ」

「それでも来てくれたんだろ。その……ありがとよ」


 足音にかき消されそうなほどの小さな声。

 それはたしかにノノの耳に届いた。


「だから、おまえを墓まで連れて行く。それが俺なりの、借りの返し方だ」

「リュートくん……う、うん。ありがとうなの」

「へっ、大船に乗ったつもりでいろよ。すでにもう魔法で対策済みだからな」

「魔法……? ひょっとしてこの風なの?」


 ノノはきょろきょろと辺りを見回す。

 森に入ったあたりから、ふたりのまわりを弱い風が取りまいていた。リュートは得意げに鼻を鳴らす。


「へへ、最近ずっと家にこもりっきりだっただろ? 新しい魔法を開発したんだ。風で音を消すんだ。こいつで今度こそシオンのやつに目に物見せてやるんだからな!」

「まだししょーのことをライバル視してるの?」


 ノノは苦笑を浮かべるしかない。


(でも、リュートくんが自分から魔法の練習するなんて珍しいの)


 リュートは子供らの中でもっとも早熟で、誰より早く様々な魔法を会得していた。だから練習となるとサボってばかりで、ヒスイも頭を悩ませていたのだ。

 それが自主的に魔法を編み出すようになるとは、ノノも驚きだった。

 そしてその変化をもたらしたのがシオンということも誇らしかった。


「ししょーはやっぱりすごい人なの」

「はっ、あいつなんかまだまだだ。絶対いつか倒すんだからな」


 ノノがはにかんで言うと、リュートは不敵に鼻を鳴らす。

 言いたいことを言ってスッキリしたらしい。照れくさそうにしながらも声の調子はいつものものに戻る。


「それに、すごいってのはおまえのとーちゃんみたいな竜に言うべきだろ」

「おとーさん? どうして?」

「うちの家族はみんな言ってるぞ。おまえのとーちゃんはすっげーでかくて、強くて、とにかくカッコいいドラゴンだったって」

「そっか……」


 ノノは小さくため息をこぼす。

 父は自分が生まれてすぐに亡くなった。だからノノにはほとんど記憶がない。

 寂しくないと言えば嘘にはなるが――。


(でも、里のみんながおとーさんのことを覚えてくれているの。それはうれしいな)


 みなの心の中に父は生きている。

 それに時折触れることができて、それがノノの寂しさを薄めてくれるのだ。


「うちのねーちゃんなんか、おまえのとーちゃんに大きな恩があるとか言ってたし……待てっ!」

「っ……」


 そこで突然、リュートが足を止めた。

 ノノも言われたとおりに立ち止まってしっかり口をつぐんだ。


 すでにふたりは墓所のそばまでやってきていた。身を隠す茂みの向こうには、石碑が建ち並んでいるのが見えた。

 そして、その奥にそびえるひときわ大きな墓石。ノノの父親の墓だ。


 そのそばに複数人の影が見えた。ふたりはゆっくりと顔を見合わせて身を低くする。墓をそっと窺って――リュートが意表を突かれたような声を上げた。


「なんだ、敵かと思ったらねーちゃんじゃんか」


 墓の側にいたのは、ヒスイと、彼女が連れた部下数名だった。

 敵かと思ったふたりはそこで同時に胸をなで下ろす。


「でも、ねーちゃんに見つかったらマズいよな……しばらくここに隠れてようぜ」

「う、うん。でもすごいの、リュートくんの魔法。こんなの近いのにバレないなんて」


 取りまく風はささやかなものだが、しっかりふたりの声を相殺しているらしい。

 こちらの声は届かない。しかし向こうの会話はしっかりと聞こえていた。

 ヒスイは墓の正面に膝をつき、頭を垂れていた。

 どうやら祈りを捧げているらしい。リュートがこっそりと「毎日お祈りしてるみたいだぜ」と

教えてくれた。


 そんな彼女に、部下のひとりがおずおずと声をかける。


「ヒスイ様、そろそろ時間です。参りましょう」

「ああ、付き合わせてしまってすまないな」

「いいえ、随行できて光栄です」


 部下らはかぶりを振って、ふと墓石に目を留める。

 そこで彼らの会話が途切れた。誰からともなくため息がこぼれ、ひとりが口を開く。


「もう七年になるんですね。ビャクヤ様が亡くなられて」

「そうだな。我らからしてみれば七年など瞬く間だが……重い七年だった」


 ヒスイもまたわずかに目を伏せた。

続きは明日更新。二巻発売の8/6までは毎日更新予定です。

そして前回の分ですがミスで修正前のが上げられていたようです。お知らせくださった方には感謝申し上げます。現在は修正しておりますので、よろしければご確認ください。

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