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宣戦布告

 そこにダリオのくつくつとした笑い声が響く。


【くくく、我は端から気付いていたぞ。あの娘からは色濃く汝の匂いがしたからな】

「はっ。あんたはあたしを笑うかい、ダリオ」

【まさか!】


 ダリオは快活に否定する。


【あの凶竜がここまでまぁるく変わったのだ! 称えこそしても、嘲笑には値せぬ!】

「ほんと、相変わらずのようだねえ……」


 やれやれとばかりに肩をすくめるクロガネだ。


「まあでも、話して気が楽になった。聞いてくれてありがとよ、シオン」

「いえ。でもクロガネさん、そんな大事なことをよそ者に話してもいいんですか?」

「なあに、里の大人ならみーんな知ってる話だよ。なあ、テイル」

「はいはい、なんですか族長」


 突然話しかけられて、そばを通りかかった竜人族の女性が首をひねる。

 リュートやヒスイらの母親である。彼女はクロガネから話を聞いて、豪快に笑う。


「あはは、我らの族長様も珍しくお酒が回っているようだ。そんな昔話をするなんてね」

「ふふ、たまにはいいだろうさ」


 クロガネは手酌で酒を注ぎ、ぐいっと飲み干した。

 ふたりともにこやかな様子で、シオンは目を丸くする。


「でも……反対された方はいらっしゃらなかったんですか?」


 強大な力で里を、ひいては谷をまとめていたクロガネ。

 彼女がその力を手放せばどうなるか――。


(ひょっとして、数年前に起こったっていう戦争もそれがきっかけなんじゃ……)


 クロガネが力を失った結果、他種族に付け込まれる結果となったのでは。

 彼女に守られていた谷の民としては、そんな事態は避けたいところだろう。

 だがしかし、竜人族の女性はさっぱりと笑うだけだ。


「まさか。むしろ、みんなで躊躇する族長様の背中を押したくらいだよ」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。この里にいるのは全員、他の里から追い出されたはぐれ者でねえ……」


 竜人族の女性は遠い目をして空を見上げる。

 領土を奪われた者、いわれのない罪で追放された者――そうした者たちが流浪の末にたどり着いたのが、かつて名を馳せた邪竜が治めるこの地だった。


「行き場のない私たちに、族長様は居場所を与えてくれたんだ。そんな族長様が、何に代えても守りたい物ができたのなら……今度は私たちがお守りする番だ。そうだろう?」

「まったく、どいつもこいつもバカばっかりだよ。とっとと見捨てて逃げりゃいいのに」

「あはは、まったくです! 長く生きたせいですかね、私らはずる賢さってのをすっかり忘れてしまいまして」


 悪態を吐きつつも、クロガネの顔に浮かんでいるのは満面の笑みだ。竜人族の女性も豪快に笑う。通りがかった者たちも、何の話をしているのか察したのだろう。誰も口を挟むことはなかったが、みな軽くうなずいたり、口元に笑みを浮かべたりして去って行く。

 シオンは頬をゆるめて笑う。


「いいところですね、この里は……うん?」


 そこでふと、なまぬるい風が吹いた。

 シオンはハッとして叫ぶ。


「クロガネさん! 危ない!」

「っ……!」


 シオンが身を乗り出すと同時、クロガネがわずかに身を引く。

 空を裁つような音が宴席を切り裂いた。一拍遅れて悲鳴がそこかしこから上がる。


「族長様! 大丈夫ですか!」

「ああ……ありがとよ、シオン」

「いえ、寸前で気付けてよかったです」


 シオンはかぶりを振って、握りしめた矢を見下ろす。

 クロガネを狙った一矢をすんでのところで止めたのだ。それを手渡せば、クロガネは眉をつり上げて笑う。矢には一枚の布きれがくくりつけられていた。


「こいつは矢文か、なかなか洒落てるねえ。どれどれ……」


 クロガネは手早く布をほどく。

 他の竜人族らも事態を把握したのか、強張った面持ちでこちらに集まってきた。


 果たしてクロガネが布きれを広げると、そこにはびっしりと不思議な文字が刻まれていた。どれもこれも筆跡が異なるし、そもそも文字の種類も場所によって異なるようにも見えた。中には足跡のようなものまである。

 おそらく、他種族の文字なのだろう。


 シオンには解読不能だが、なんとなく言わんとすることは読み取れた。

 この谷に住まう他種族、その頭による血判状らしい。


「……一斉蜂起、ってことですかね」

「どうやらそのようだね」


 クロガネは呆れたように布きれを丸め、手近な者へと渡した。

 竜人族らも一気に酔いが覚めたようだ。血判状を囲んで顔を見合わせる。


「うわっ、これ谷のほとんどの種族じゃないですか」

「さすがに魔狼族は含まれていないみたいだが……よくもまあここまで団結できたもんだな。天敵同士もいるじゃないか」

「それだけ向こうも焦ってるってことだろうね」


 クロガネは杯にもう一度酒を注ぐ。

 それをゆっくりと、舐めるように飲みながら続けた。


「権威失墜したはずの竜人族が突然盛り返し始めたんだ。ここで挫いておかないと、下剋上のチャンスは奴らに二度とやってこない。結託するのが正道ってもんだろう」


 そこで言葉を切って、クロガネは空にした杯をシオンに向ける。

 ニヤリと笑って問うことには――。


「どうだい、シオン。今回も頼まれてくれるかい」

「はい。ここまで来たら徹底的にお付き合いします」


 シオンは二つ返事でうなずいた。

 事態が動いたのは、自分がこの里に来たせいだ。

 その上、シオンはそう遠くないうちにここを去る。その前に、引っかき回した責任を取る必要があった。つまるところ、谷の平定だ。

 決意を固めつつも、シオンは目を輝かせて質問を返す。


「ちなみに……それってどんな種族がいるんですかね。この前は牛頭族とスライム族、天翼族は戦ったので、できたら個性的な戦法を採る種族とかと戦ってみたいです。あと単純に強い相手!」

「あはは、戦争への意気込みとしちゃ上等だ。あとで教えてやるよ」


 からからと笑うクロガネをよそに、他の竜人族らは苦笑を交わす。


「もうこいつひとりでいいんじゃないかな……」

「なあ……俺らがいる意味よ」

「バカを言うんじゃないよ。こいつは里に売られた喧嘩じゃないか」


 クロガネは杯の酒を飲み干して口元をぬぐう。

 一息ついてから彼女は勢いよく立ち上がって片腕を天へと突き上げた。


「あたしら竜人族が出なくてどうするっていうんだ! シオンだけにいい格好させてられないだろ! あたしらも出るよ! みんな準備を急ぎな! 日時は今日の午後だ!」

「っ、分かりました! 族長様!」

「急いで他の者たちにも伝令を飛ばします! ヒスイ様にも!」


 竜人族らは手早く敬礼して散っていく。

 そんな彼らを見送ってクロガネは景気を付けるようにして肩を回す。


「さーて最終決戦だ。腕が鳴るねえ、シオン」

「はい。でも、正面突破の戦争なんですね。てっきり奇襲してくるのかと」

「どの種族が先に仕掛けるかで揉めたんだろうよ。おまえがうちにいることは谷中に知れ渡っているだろうしね、そんな貧乏くじ誰も引きたかないだろ?」

「なるほど……ちなみに場所は?」

「ここを東に行った先にある平原だね」


 クロガネが指さした方角に、シオンは目をつむって耳を澄ます。

 ここから遙か先、里を取りまく森の向こうから数多くの足音や羽音が聞こえていた。しかもそれらは陣を敷いて、その場にじっととどまっている。


「もう待機していますね。足音から推測するに、数は三千を下りません」

「戦える者をかき集めたって感じかね。仕方ない、ノノにも迎えを寄越すか」


 クロガネは辺りを見回し、手近な竜人族を捕まえる。

 その隙に、シオンは魔剣にこっそりと話しかけた。


「師匠はどうします? 出てきて暴れます?」

【んー……やめておこう】


 ダリオはぶっきら棒に言う。


【どうせ相手は雑魚どもばかりだろう。我が出るほどのものでもない。活動限界も近いし、我はここで見物しておこう】

「ですよねー……」


 師が喜々として参戦する戦場など、絶対ろくでもないものに決まっていた。

 半笑いで腰を上げたところで、遠くからクロガネの呼ぶ声がする。


「おーい、シオン。こっちに来てくれよ、とりあえず敵の詳細を教えるよ」

「あっ、はい。今行きます!」


 シオンは気楽に返事をしてそちらに向かう。

 敵の数は、先日この里を襲ったドラゴン軍団を優にしのぐ。しかしこれまでの経験上、シオンは冷静に計算していた。


(俺ならなんとかできる。さくっと終わらせて、みんなを安心させなきゃな)


 そんな決意を胸に一大決戦へと乗り出した。

 しかしシオンの目論見はもろくも崩れ去ることとなる。


 それから一時間後――かつて世界中を脅かした邪竜が復活したのだ。

続きは明日更新します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「ダリオはまだ怨嗟のうめき声を上げていて」に繋がる部分が抜け落ちてしまってはいませんか? 直前のダリオの描写が冒頭の「ダリオは快活に否定する」なので繋がりません。
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