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竜の角

「いくらお酒が飲める年だとしても、お体に障ります。これ以上はいけません」

「な、何を言うか。我は英雄だぞ。酒なんぞ水と変わらん。だから早くそいつを――」

「それでもダメです。昨日だってお酒を飲んで、大暴れして壁を壊したじゃないですか。あとはジュースにすべきです。はい、どうぞ」

「うぐうっ……!」


 かわりにグラスを差し出され、ダリオはますます顔をゆがめる。

 これがシオンだったら力ずくで奪い返しただろうが、相手が女性なので無体ができないらしい。

 悩みに悩み抜いたあげく、ダリオは目に涙を溜めてシオンを振り返る。


「シオン! 師に加勢しろ! レティシアが我の酒を奪うのだあ!」

「いや、自業自得では?」

「くっ……弟子までも冷たい!」


 シオンがあっさり告げると、ダリオは大仰にのけぞってショックを表す。

 そのままヤケクソのようにレティシアからグラスを奪い、一気飲み。ぷはっと息を吐いてからびしっと宣言してみせる。


「こうなったらもういい! 我は帰るぞ!」

「きゃっ」


 強い風が吹いて、レティシアが驚いて顔を伏せる。

 そのたった一瞬だけでその場からダリオの姿はかき消えた。

 レティシアはきょろきょろと辺りを見回す。


「あ、あれ? ダリオさんはどこに……?」

「ああ、ちょっと酔いを覚ましてくるってさ」

「そうなんですか?」


 きょとんとするレティシアだが、すぐに不安そうにうなだれてしまう。


「私も少し言いすぎましたかね……? お気分を害されたんじゃないでしょうか」

「いやいや、あれはあれで楽しんでるから大丈夫だよ」

「本当におまえたちは変わったやつらだな」


 ヒスイはふっと表情をゆるめて片手を振る。


「さて、そろそろ私は仕事に戻るとする。酔っ払いの介抱もせねばな」

「あっ、それじゃあ私もお手伝いします!」


 こうしてレティシアたちが消え、シオンはひとり残される。

 酒席は大盛り上がりで、隅でぼんやりしているシオンに近付いてくるような者はいない。

 だからシオンは堂々と魔剣に話しかけるのだ。


「ほんとに今のは怒ってないでしょ、師匠」

【無論】


 ダリオはくつくつと笑って返してみせる。

 今のは魔剣の中に戻っただけだ。ダリオは上機嫌を隠そうともせずに続けた。


【この我から物を略奪するとは面白い。気弱なようでいて、たまにああいう芯の強いところを見せる……まさに我好みの女だ!】

「俺はふたりが仲良くなってくれて嬉しいですけどね、師匠。レティシアにそういう意味でちょっかい出すのだけはやめてくださいよ……?」

【くはは。どうしようかなあ。汝がうかうかしていたら、我に寝取られるやもしれんぞ】

「それだけは全力で阻止します」


 なぜ友情でとどめておいてくれないのか。

 重いため息をこぼしつつ、シオンは魔剣をとんとん叩く。


「それより師匠。外に出ていられる時間、かなり伸びましたね。前は一日三時間くらいでしたけど」

【うむ、今は四時間二十三分五秒ってところだな。我もレティシア同様、この地の気を取り込んだからな。そのせいだろう】

「なるほど……」


 この地に満ちる自然の魔力。

 それを体に巡らせることにより、力の使い方を肌で覚える。

 レティシアはその修行を続けることで、回復魔法以外の力を使えるようになった。

 シオンはぐっと拳に力を入れる。


「じゃあ、ノノちゃんも今やってるような修行を続ければ――」

【無理だ】


 それに、ダリオはすっぱりと断言してみせた。

 二の句を告げないシオンに、師は淡々と言葉を続ける。


【汝ならそろそろ分かったはずだろう。あの娘が力を揮えないのは、そうした問題ではない】

「……はい」


 シオンは小さくうなずく。

 レティシアが行ったのは基礎的な訓練方法だ。シオンもかつて同じようなことをした。それを模倣すればノノもきっと魔法が使えるようになる――そう思っていた。

 たしかに魔法が発動するようにはなった。ノノは明確に進歩した。


 だが、それだけだ。

 シオンはため息交じりに言葉をつむぐ。


「ノノちゃん、この里の誰より莫大な魔力を持っていますよね。というか、あれは下手したら師匠並です」


 ノノに初めて魔法を使ってもらったとき、シオンは驚きを通り越して絶句した。

 本当に魔法が使えなかったからではない。その小さな体から発されたのは、息が詰まるほどに濃厚な魔力だったのだ。身を守るべく、咄嗟に魔剣を抜きかけたくらいだった。


 だがしかし、それが顔を覗かせたのはほんの一瞬だけ。

 それ以降は滅多にその力の片鱗はうかがえなかった。


「あれは莫大な魔力を持て余してる……とは違います。なんていうかこう……そもそもあの力は、あの子には制御不能な代物なのでは」

【うむ、そこまでは理解できたか。まあ及第点だな】


 ダリオは肩をすくめるようにして言う。

 すると、そこで呆れたような声がかかった。


「なんだい、ひとりで深刻そうな顔をして」

「あっ、クロガネさん」


 小さな杯を片手に、クロガネがやってくる。

 先ほどまで腕に抱いていたノノは見当たらなかった。


「ノノちゃんは一緒じゃないんですか?」

「ああ、また練習するんだってさ。リュートと泉の方に向かったよ」

「ふたりだけで……? 大丈夫ですかね」

「なあに、あの子もあれで反省しているようだし、もう無茶はしないだろうさ。ノノの修行に付き合うって意気込んでいたよ」


 クロガネはくすくすと笑ってシオンの隣に腰を下ろす。

 そうしてあたりを少しうかがってから、眉根にしわを寄せて魔剣を睨んでみせた。


「ダリオはそこかい。まったく、千年前でも人間なんざとうにやめちまっていたっていうのに……弟子が欲しいからって魔剣に身をやつすかね、普通」

【ふはは、汝がそれを言うのか?】


 それにダリオは鷹揚に笑う。

 誰に声を聞かせるかは調整可能らしい。クロガネを揶揄するようにくつくつ笑いながら、誇るように言う。


【我は目的のためなら何でもするぞ。汝がその角を失ったようにな】

「……ふっ、相変わらず口の減らない女だね」


 クロガネは憎まれ口を叩きながらも口元に笑みを浮かべてみせた。

 シオンはそんな彼女の、根元から失われた角をついまじまじと見つめてしまう。


(そういえばクロガネさんの角……どうしてないんだろ)


 里には多くの竜人族がいる。中には角が一部欠けている者もいるが、彼女のように完全に失われてしまった例は見たことがない。

 その視線にクロガネが気付いた。

 ニヤリと悪戯っぽく笑ってシオンに顔を近付ける。


「なんだい、その顔は。角について聞きたいようだね」

「あっ、いえ! すみません! 話しにくいことでしたら無理にとは言いませんし……!」

「あはは、シオンなら別にかまわないよ。ダリオにもバレてるみたいだしね」


 クロガネは豪快に笑い飛ばす。

 そうして角の根元を撫でながら、ふっと相好を崩してみせた。


「この角はノノが生まれた日、あの子にあげちまったのさ」

「ノノちゃんに……?」

「ああ、ノノはもともと死産だったんだ」

「っ……」


 何でもないことのように放たれた言葉に、シオンは言葉を失った。


 今から六年前のこと。

 クロガネはノノを出産した。竜人族は子を卵で育てるか、胎の中で育てるかを選ぶことが出来るらしい。ようやく宿った子の生命力が弱いことを危惧し、彼女は胎生を選んだ。


 しかし数日にもわたって生み出された子は、産声のひとつも上げなかった。

 心臓の鼓動は今にも止まりそうなほど微弱で、残された時間はわずかだった。


「それであたしは賭けに出た。邪竜として恐れられた自分の力を、すべてあの子に明け渡したのさ」


 力の源である角を自ら折って、それを赤子に封じた。

 結果、赤子は息を吹き返し、今では風邪ひとつ引かない

 それを聞いてシオンは小さくうなずく。


「だから……ノノちゃんは魔法が使えないんですね。自分の魔力と、クロガネさんの魔力が混ざってしまっているから」

「だろうね。あの子には苦労を掛ける」


 クロガネの顔に少しばかり陰が落ちる。

 しかし、それは一瞬のことだった。すぐに彼女はさっぱりと笑う。


「でも、あたしは後悔していないよ。あいつとあたしの子だ。何を賭しても守らなきゃ」

「ノノちゃんは、そのことを……」

「当然、知らないよ。あの子がもう少し大きくなって、自分に自信が付いたなら……ちゃんと打ち明けるつもりさ。知らなきゃいけないことだからね」


 そう言い切ってから、クロガネはおどけるように肩をすくめる。


「シオンはダリオに憧れていたんだってねえ。悪いね、伝説の邪竜が今やこんな体たらくでさ」

「えっ、どうしてですか?」

「へ」


 きょとんと聞き返せば、クロガネもまた目を丸くした。

 そんな彼女に、シオンはにっこりと笑う。


「英雄ダリオと一対一で戦った伝説の邪竜……師匠と同じくらい憧れの存在でした。その思いに変わりはありません。今もあなたは、気高い竜です」

「シオン……ありがとう」


 クロガネは柔らかく微笑んだ。

続きは明日更新。

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