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祝宴

 それからの日々はあっという間だった。

 里の雑務を引き受けながら、シオンはノノの修行に付き合った。

 そして、里にやってきて半月ほどが経過したある日のこと。


 里のふもとに広がる湖。朝日の照りつけるそのほとりに、多くの竜人族が集まっていた。

 木製のテーブルがいくつも並べられ、その上には大量の料理が鎮座する。隅に転がる酒樽にもたれかかり、赤ら顔で居眠りする者もいた。

 見るも分かりやすい宴の風景だ。


 しかし今、会場は静寂に包まれていた。

 全員が眠りについたわけではない。

 起きている者は大人も子供も口をつぐみ、宴席の中央を凝視していたのだ。

 そこにいるのはノノである。


「大地にたゆたう、力の渦よ……」


 真剣な表情で唱えるのは、基礎的な魔法の呪文。

 莫大な魔力を有するはずの竜人族ならば、省いたところで問題なく魔法が発動する。しかし、ノノは人間がするようにして一字一句丁寧に呪文を唱えきる。

 そうしてカッと目を開き、両手を前に突き出して――最後の言葉を口にした。


「ふ……《ふれあ》!」


 ぽふっ。

 ノノの両手からは炎が吹き出すはずだった。

 しかし実際に生まれたのは、風で吹き飛ばされるような薄い煙だけ。

 それを見守っていた竜人族らはそろってごくりと喉を鳴らしてから、割れんばかりの歓声を上げた。


「ノノ様! すごいです! ちゃんと魔法が発動したじゃないですか!」

「さすがは族長様の子だ……!」

「里の未来は明るいなあ!」

「えへへ、みんなありがとうなの。ししょーのおかげなの」


 みなから称賛の拍手を送られて、ノノはまんざらでもなさそうに頬をかく。

 それを見ていたリュートはふんっと鼻を鳴らしてチキンにかぶりついた。


「ノノのやつだっせー。炎の魔法なんて、俺だったら赤ちゃんのころに――いってえ!? なんだよかーちゃん!?」

「このバカ息子! ノノ様は一生懸命努力したんだよ! 笑っていい理由なんかあるわけないだろ!」


 そこに母親がゲンコツを食らわせて説教を始める。

 宴会場は一気に騒がしくなった。


「よくやったじゃないか、ノノ」

「あっ、おかーさん!」


 クロガネがゆっくりと歩み寄り、今し方晴れ舞台に立ったばかりの娘を抱き上げる。

 目を輝かせるノノの頭を撫でながら、彼女はふんわりと笑った。


「この前までと比べればすごい進歩だね。さすがはあたしとあいつの子だよ」

「うん! ノノがんばったの!」


 ノノはにっこりと笑う。両手をぎゅっと握りしめ、目を輝かせて言う。


「初めてうまくいったの。今度おとーさんにも見せてあげるの!」

「そりゃいい。あいつもきっと喜ぶよ」

「うおおお! 感動しました! ノノ様、おめでとうございます!」

「今夜は飲むぞ! 祝い酒だ!」


 他の竜人族はますます沸き立つ始末だった。


「ふうん……」


 リュートはそんなノノをじーっと見つめていた。

 そんな彼らを見回して、ヒスイは小さくため息をこぼしてみせる。


「ノノ様の成長がよろこばしいのは分かる。だがしかし、ひとつ言うとしたら……」


 そう言って、隣のシオンをちらりと見やる。


「今日の宴はシオンのために開いたんだ。みな、主役のことを忘れすぎではないか」

「いえいえ、おかまいなく」


 シオンはのほほんと笑うだけである。

 果物の絞り汁の入ったグラスを傾けながら、笑い合うクロガネとノノを見やる。

 ふたりとも心からの笑みを浮かべていて、見ているこっちまで幸せになれた。


「ノノちゃんの成果を発表できて、俺も嬉しいです」


 ここしばらく、ずっとノノの訓練に付き合ったのだ。

 魔法のイメージを固め、意識を集中させる。

 そうした基礎的なことを一緒に練習し、人間の使う呪文を教え込んだ。


 その結果、本当に一切魔法が使えないところから、ギリギリ発動するところまで成長したのだ。レティシアに比べれば遅々とした成長だが、成長は成長である。


「そうは言ってもな……」


 それでもヒスイは納得いかないようで、眉を寄せるばかりだった。

 シオンは苦笑するしかない。


「そもそも俺のため、っていうのも変な話ですよ。これってこの前の祝勝会みたいなものですよね?」


 この前シオンが追い払った牛頭族と、不定形生命体のスライム族、それに鳥の下半身と人間型の上半身を有する天翼族。

 それら三種族が連合軍を発足し、先日里を奇襲したのだ。

 牛頭族が地上から、天翼族が空から。そしてスライム族は水路から侵入した。

 しかもそれが警戒していたとはいえ夜中の襲撃だったため、里は一時的なパニックに陥ったのだ。


 シオンは肩を落としてうなだれる。


「それなら、俺が主役なんておこがましいですよ。あれも多分、このまえ俺が牛頭族を追い払ったせいですし」

「まあ、あれで貴様が悪目立ちしたのは否定しないが……」


 ヒスイは渋い顔をして額を押さえる。


「あいつらが五分と経たずに撤収したのは、まず間違いなく貴様の手柄だぞ?」

「そりゃ、原因を作ったのは俺ですし。迅速に鎮圧しますよ」


 シオンは手早く彼らを鎮めた。

 とはいえ総勢百を下らない大軍を根こそぎ葬り去ったわけではない。

 倒したのは三体だけ――彼らを率いる、それぞれの族長だった。


「この前、グルドってドラゴンを斬ったときのことを思い返したんです。よくよく考えてみれば、他のドラゴンたちがみんなあのグルドを気に掛けていました。で、それを踏まえて頭を探したんです」


 軍勢をよく見て、司令塔を各個撃破する。

 シオンは手早く方針を固め、大混乱に陥る里中を駆け回った。

 三体倒すと、ぴたっと襲撃が収まった。その他の兵士たちは引き際を心がけていたようで、頭がやられたとみるやすぐに逃げ出したのだ。


 捨て台詞のような『あれが噂の人間かあ……』や『あんなのどうすりゃいいんだよ!?』などというドン引き気味の声を残して。


「俺はただ戦っただけです。この里が無事なのはヒスイさんたちの避難誘導とか、防衛作戦のおかげですよ。だから、俺の功績なんてとんでもありません」

「そうは言っても、貴様の働きがあったのは事実だ。その働きに報いねば、我らとしても立つ瀬がない」

「それならおかまいなく。報酬はもういただいていますから」

「なに?」


 訝しそうに目をすがめるヒスイに、シオンはキラキラとした笑顔で言う。

 ぐっと拳を握れば、あのときの手応えが蘇るようだった。


「あれだけ大勢と戦うなんて初めてだったんです。だから、すごくいい経験になりました! 敵も地上と空と水路からとバラエティ豊かだったし……任せてくださって、本当にありがとうございました!」

「おまえ、やっぱり変な人間だな」


 呆れたようにぼやくヒスイである。


「くっくっく……それでこそ我が弟子!」


 そこにからからとした笑い声が響く。

 振り返れば、ダリオがにやけた顔で立っていた。手にしているのは酒がなみなみと注がれた杯である。それを舐めるように口を付けてから、空いた片手でびしっとシオンを示す。


「その戦いへの貪欲さ、褒めてやろう! 今後とも精進するがいいぞ!」

「師匠……今日はことさらご機嫌ですね。どれだけ飲まれたんですか」

「ははは! また性懲りもなく勝負を挑まれてな、返り討ちにしてやったわ」


 そう言って指し示す先には、ぐったりと転がる竜人族が何人もいた。

 彼らのそばには杯が転がっていた。死屍累々と呼ぶに相応しい光景だ。

 ダリオはぐいーっと杯を空にして、背負った小型樽から注ぎ入れる。


「いやはや酒宴はいいものだな。それがタダ酒ともあればなおさら美味い。なあ、そこのヒスイとかいう娘。一緒に飲まぬか。汝の美しさを讃えて、この我自ら酌をしてやってもよいのだぞ?」

「いや、遠慮する。これから警邏の任務があるゆえ」


 ヒスイはきっぱりと拒絶する。

 そのついで、そっと席を立ってダリオから距離を取ることも忘れなかった。


「それに、貴殿の半径五メートル以内に近付くなと、御屋形様から言われているのでな」

「堅いことを言うな。可愛がってやるぞー。我は汝のように、気の強い女がたいへん好みであるからな」

「師匠、完全にたちの悪い酔っ払いです。やめてください」

「やかましい! 先も言ったとおり、我は女が好きなのだ! 男なんぞはお呼びでない! ゆえに汝なんぞにはなびかん! 分かったかあ!」

「どういうキレ方なんですか……」


 なだめようと手を伸ばしたが、やけに力強く払われてしまった。

 どうしたものかと考えあぐねていると――。


「なあなあ、いいではないか。せいぜい優しくして、ってなあっ!?」


 じりじりとヒスイに迫るダリオだったが、不意に悲鳴を上げる。

 背後から忍び寄ったレティシアに、樽と杯を奪われたからだ。

 レティシアは毅然とした態度でダリオを睨む。


「ダメですよ、ダリオさん」

「な、何をする! レティシア!」

「何って、ダリオさんは飲み過ぎです」

「うっ……」


 ずいっと顔を近付けて凄むレティシア。

 その真顔っぷりにダリオもたじろぐばかりだった。

続きはまた明日更新します。

二巻は8/6発売!加筆修正したので半分くらい別の話になっております。

また、コミカライズもそろそろ告知ができるかも……!

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